8-3 影の脅威
被害状況はお互いまだ五分といったところだが、ゼノルスとネフティスが前線に出てきてから、戦況は明らかにこちらの不利に傾き始めていた。
向こうが一斉射撃を使うなら、こちらは途切れない極限の連続射撃で応戦するしかない。僕はクロノアの時間操作でゆっくり流れる時間の中、アリアの強化魔法の転送先を限界速度で切り替えつつ指示を出し、仲間たちが強化された高火力の魔法を絶え間なく繰り出せるようにした。
僕の念話と、フォレスティアの予知、クロノアの時間操作、そしてアリアの強化魔法がなければ成立しない、全員の力を総動員した連携攻撃――それが僕たちの今の最大の武器だ。
増幅された巨大な火の玉、氷塊、電撃が、一秒間に何十発も打ち出され、広範囲を破壊する。
これには流石にネフティスの影も対応が追いつかず、防ぐ範囲はゼノルスの周囲のみに絞られた。周囲の教団員たちは次々に弾き飛ばされ、圧倒する。
ゼノルスは相変わらず笑みを浮かべていたが、その眉間には皺が寄っていた。
「極めて恐ろしい戦術ですね。私が言うのも何ですが、このような集団戦は全く見たことがない。畏敬の念さえ抱きます」
ゼノルスはゆっくりと言葉を紡ぐ。
「シン君、あなたを私たちの仲間に迎え入れられなかったことを、今、心底後悔しています」
その横でネフティスが冷静に告げた。
「ゼノルス様、魔力の流れが外部から供給されているようです。おそらく、彼の力は自前のものだけではありません。あのクロノアの魔力にも似た痕跡が感じられます」
ゼノルスは微笑みを浮かべたまま頷くと、低く呟いた。
「なるほど、ならば……いったん守りは捨て、その力を断ち切るとしましょう」
その言葉と共に、ネフティスはゼノルスの前に盾として展開していた自身の影を解き放ち、周囲に広げ始めた。その影は黒いドームのように戦場全体に広がり、まるで夜の闇が広がっていくかのように、僕たちを包囲していく。
『チャンスは今だ!』
ゼノルスの守りが初めて消えたこの瞬間が、僕たちの最大のチャンスだ。僕は念話で仲間たちに指示を飛ばし、全ての攻撃をゼノルスに集中させた。だが――。
ーー完全指揮ーー
ゼノルスはまるで何事もないかのように、数百名の教団員たちの魔法結界を束ね、さらには教団員そのものの体を操り、盾のように使い攻撃を凌いだ。
「くそっ……!」
そこで、フォレスティアの予知が脳裏をよぎる。このままでは、僕たちは絶望的な状況に追い込まれる――だが、先ほどの極限的な連続攻撃による疲労で頭が回らず、次の策が浮かばない。
……そして、最悪の事態が訪れた。
ネフティスの影が完全に戦場を覆い尽くした瞬間、僕とフォレスティア、クロノアとの念話接続がぷつりと途切れた。
「これはまずい……!」
ネフティスの影は、魔法を無効化する。影に遮られ、外部との念話接続も遮断されてしまった。外界との繋がりを断たれた途端、僕は大きな孤立感に襲われる。
「シン、これ、大丈夫か!? どうする!?」
エネルの焦りが声に滲む。闇に包まれた戦場の外はまったく見えないが、それ以外に体調の異変などは感じなかった。少なくとも、僕以外は。
「未来が……読めない。時間も操れない……」
その事実を口にした瞬間、戦場の支配権がごっそりと奪われた感覚がした。僕の戦術の根幹は、フォレスティアの予知とクロノアの時間操作に完全に依存していた。今の僕には、未来を予測して適切な指示を出すことも、短時間で多くの仲間に指示を出すこともできない。
アリアの強化魔法を切り替えるタイミングも合わなくなり、敵の魔法を受けきれなくなっている。
「これが……ネフティスの力……」
これまでの僕の戦術は、離れた仲間との連携に支えられていた。だが今、ネフティスの影によってそれらは断たれ、これだけの軍勢を率いているのに、孤立無援の状態に追い込まれたようにすら感じる。
『シン、どうすんだよ!? 指示をくれ!』
『シン様、我々はどう動けばいいでしょうか!?』
仲間たちの声が焦燥に満ちて念話に溢れかえる。しかし、今の僕には何の答えも見つけられない。
『……』
彼らの期待は徐々に失望へと変わっていき、それが念話の残響のように僕に伝わってくる。僕は思い知った――これまでの僕の能力は、僕自身の力ではなかった。フォレスティア、クロノア、アリア、彼らの力を駆使していただけで、借り物の力に過ぎなかったということを。そして今、僕は、ただの無力な人間でしかなかった。
同じように、僕の指揮下では、仲間たちも僕に依存していた。僕なしでは、彼らも自由に判断し、動くことができなくなっていた。皆が僕にすがろうとするが、僕はその期待を背負いきれず、押し潰されかけていた。
ゼノルスが目を見開き、満足げに微笑む。その冷酷な瞳が、戦況を完全に支配していることを物語っていた。
「ここまでうまくいくとは思いませんでしたが、やはり計画通りに進むと気持ちがいいものですね。さあ、次に彼女を仕留めれば、もはや抵抗する気持ちさえ失われることでしょう」
ゼノルスの手がゆっくりと持ち上がり、教団員たちの魔法がその手に集まっていく。その狙いは、アリア――彼女を失えば、僕たちは完全に無力化する。
「アリアァ! 今すぐ逃げてぇ!」
指示でも策でもなく、ただそれは僕の心の底からの願望でしかなかった。彼女の盾にすらなれない己の無力さは、僕に体裁など顧みないあまりに悲痛な叫び声を上げさせた。
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