8-1 決戦開始
ついに、ソルディアス教団がイグナリス王国へと進軍を始めたとの報告が入った。僕の念話による事前調査で確認された教団員の数は、なんと約三千。これまでにない大群だ。
先の戦いでの功績から、イグナリス王は僕に全幅の信頼を寄せてくれ、今回はニ千の精鋭部隊を預けてくれた。これはイグナリス王国の精鋭のほぼ全数にあたるが、残念ながら数の上では教団に及んでいない。しかし、新しい英雄とまで噂されている僕が指揮するのなら、この程度の数の差はひっくり返せる自信がある……この時の僕は少し調子に乗っていたかもしれない。
「頼んだぞ、シン。イグナリス王国の未来が君の手にかかっている。今回も派手に頼むぞ」
僕は王に深く一礼し、軍を率いてルミナス王国との国境地帯へと急いだ。教団との決戦は、この地で避けられぬものとなる。
ズゥゥン、ズゥゥン……
数時間後、遠くから重く響き渡る地鳴りのような音が徐々に近づいてきた。山脈を越え、教団員たちが一糸乱れぬ列を組んで進んでくる様子が見えた。その足並みは異様なほどに揃っており、まるで同じ意識を持つ巨大な生物のようにさえ思える。彼らが地面を踏みしめるたび、大地が震えるような圧力が感じられる。
ソルディアス教団の軍団は、イグナリスの国境まで進軍すると、一時歩みを止めた。
「私たちは、太陽の女神ソルの啓示を受け、彼女を救うために集った有志、ソルディアス!」
大地が静まり返る中、遠くから響いてくる声。あの声はゼノルスだろうか? 彼の姿はまだぼんやりとしてよく見えないが、声だけは驚くほど鮮明に、そして力強く聞こえてくる。
「ルミナス王国は、太陽を蝕む元凶。ルミナス王家の血を引く者を引き渡せば、我々は戦うつもりはありません。皆さん、どうか太陽を救うために力を貸してください!」
僕たちの隣に立つエリナが、固く複雑な表情で彼らを見つめていた。ゼノルス・セクトール……彼女の祖国と大切なもの全てを奪った宿敵。彼の言葉が、再び彼女の中に激しい怒りと悲しみを呼び起こしているに違いない。
そして、ゼノルスの声には、ただの脅しや挑発以上の力があり、声だけで相手の心を操るような恐ろしい魔法が込められている。その言葉の一つ一つが、僕の心にさえもささやかな疑念を呼び起こしてくる。
「奴の声に耳を貸すな! あいつの言葉は人を操る魔法だ!」
エネルが鋭く一括し、仲間の兵士たちの心を奮い立たせる。エネルの言葉で皆が我に返り、危うく引き込まれかけた教団の魔法から立ち直ることができた。
僕はエネルに感謝しつつ、冷静に作戦を立てる。長期戦になれば、ゼノルスの魔法に引きずられ、次第にこちらの士気が崩れていくことになるだろう。ここは迅速に決着をつける必要がある。
そこで、エネルが僕の決意を察したのか、遥か彼方に立つゼノルスに向かって魔力の弾を放った。それは教団員たちが展開する強力な結界によって弾かれてしまったが、その一撃はこの戦いの火蓋を切った。
ーー念話接続ーーフォレスティア !
ーー念話接続ーークロノア !
僕はいつものように、フォレスティアとクロノアの力を借りるため、遠く離れた彼女たちとの念話を繋げる。フォレスティアの予知能力と、クロノアの時間操作を駆使すれば、僕の指揮下にある仲間達はどんな軍勢にも劣らない。
だが、今回はそれだけではない。新たな戦術が僕の頭に浮かんでいた。
ーー念話接続ーーアリア!
僕はその場にいるアリアにも念話で接続した。念話経由で送られた魔法を、別の仲間に転送するという先の戦いで得たアイデアを応用する。アリアの魔法は、他者の力を一時的に10倍程度に強化するという強力なものだが、同時には1人しか強化できないという制約もある。しかし、僕が全体の戦況を見渡し、最も効果的な相手を強化するようにアリアの増幅魔法の転送先を切り替えれば、まるで全軍の力が10倍に強化されたかのような攻撃力を得られるはずだ。これで、教団の数的優位を凌ぐことができる。
僕は静かに目を閉じ、フォレスティアとクロノア、そしてアリアとの繋がりを強く感じた。この戦いにおいて、僕たちは一つになる。
『さあ、始めよう』
教団との決戦が始まった。まず、フォレスティアの予知能力で数秒先の未来を見通し、僕は念話を使って敵味方を把握し、戦場全体を俯瞰する。クロノアの時間操作により、ゆっくり流れる時間中で、僕は最適な結果を出す試行を繰り返し、多くの仲間に的確な指示を出す。また、教団員たちの魔法攻撃が放たれるタイミングを正確に読み取る。
『アリア、強化魔法をお願い!』
『まかしとき!』
ーー増幅の福音ーー
僕はアリアの魔法を前衛の結界術師に転送する。強化された防御結界は、教団員たちが放つ火や雷の魔法をすべて跳ね返した。どんな強力な魔法も、強化された結界は破れない。
『結界を維持して、後衛は攻撃準備!』
今度は後衛の魔法使いにアリアの魔法の転送先を切り替える。アリアの強化魔法によって、火の魔法が広範囲にわたって灼熱の炎を巻き起こす。冷気の魔法は一瞬で広範囲を凍てつかせ、敵の動きを封じ込める。だが、この強大な魔法を繰り出しているのはソルディバインではない。仲間の魔法使いの1人だ。アリアの強化の効果に、術者たち自身が一番驚いていることだろう。
『次はアリス!準備はいいか?』
アリスが頷くと、僕は転送先をアリスに切り替える。
ーー拒絶放電ーー
まだ記憶に新しい彼女の電撃魔法が圧倒的な破壊力を発揮する。強化された電撃は、触れるものを瞬く間に粉砕し、燃え上がらせる。巨大な雷の柱が戦場を貫き、教団員たちはたまらず後退していく。
『そして、エリナ、光の槍を!』
『はい、行きます!』
ーー光の槍ーー
これまで威力に力不足感のあった光の魔法も、アリアの強化で岩すら貫く威力に変わる。光の槍が教団の前線を薙ぎ払い、一瞬で大きな突破口を開ける。
『エネル、頼む!』
『俺の番だな!』
ーー魔気波ーー
そして、元々威力の高かったエネルの魔力波は、アリアの強化でとてつもない威力に変貌する。まるで濁流のようにあらゆるものを押し流すエネルの攻撃は、命中しなくても、巻き起こる衝撃波だけで敵はなす術もなく吹き飛んでいく。
……これなら……勝てる!
戦局は僕たちが優位だった。フォレスティアの予知、クロノアの時間操作、アリアの強化、エネルやアリス、エリナの連携が絶妙に噛み合い、僕たちは数に勝る教団員たちを圧倒していた。
しかし、その時、指導者ゼノルス・セクトールがついにその姿を現した。
どう考えてもシン最強です。
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