7-2 新たな英雄と楽しい食事
戦いを終え、イグナリス王国へと凱旋すると、街全体が僕たちを待っていたかのような熱気に包まれていた。王宮に到着するなり、イグナリス王は僕の功績を大いに称え、さらに周囲からも次々と称賛の言葉が浴びせられる。
『シンが指揮した軍団からは一人の犠牲者も出さず、教団を撃退した』
という話が瞬く間に広がり、どうやら今、国中で僕が新たな英雄として語られているらしい。
驚いたのは、『グラヴィスやクロノアにも並ぶ次世代の英雄が現れたのでは?』とまで囁かれていることだ。派手な魔法が尊ばれるこの国で、地味な念話の魔法しか使えない僕が、まさかこんな形で認められる日が来るとは。
街中を歩けば、かつて僕のことを『念話しか使えない地味シン』と茶化していた同級生が、見かけるなり
「シ、シンさん、こ、こんにちは! 今日は、おぴがらもよく……」
と背筋を伸ばして変な挨拶してくるし、いつも僕をからかっていたギルドのマスターも
「お前の才能を、俺は最初から信じてたぜ!」
なんて、都合よく手のひらを返してくる。こんな扱いは初めてで、誇らしいを通り越して何だかくすぐったい。
そんな称賛の余韻に浸りながら、僕たちは、ささやかではあるけれど仲間内で戦いの成功を祝うために、イグナリス王国で行きつけの隠れ家的食堂へ集まった。温かなランタンの灯りが照らす空間で、新しく仲間に加わったアリアとアリスも一緒に、打ち解けた時間を過ごせられたら、と思う。
最初にエリナが申し訳なさそうに口を開いた。
「申し訳ありません。私の不注意から、皆さんに大変なご迷惑をおかけすることになってしまいました……」
僕はすぐに軽い調子で返した。
「気にしないで。エリナのせいじゃないし、いずれにしても戦いは避けられなかった。それに、最後は君の魔法のおかげで勝てたんだから」
僕の力をみんなに示すこともできたし……と心の中で付け加える。エリナは驚いた表情を見せた後、少しほっとした様子で頷いた。
アリアも笑いながらエリナを励ます。
「そうや、エリナは立派に戦ったんやしな。迷惑かけたんやったら、あたしら姉妹やで。何せ、ご迷惑の張本人やし!」
それは全くその通りだったりするのだが、アリアの過去を全く引きずらない前向きすぎる姿勢には僕もつい笑ってしまった。まあ、悪いのは彼女たちではなく、教団の方だ。
「皆さんの優しさが心に沁みます。いずれ、必ずこのご恩に報いたいと思います……」
エリナは真摯な表情でそう言いながら、この店の名物の一つ、カロー丼を一口、口に運んだ。途端に、彼女の表情が一変した。
「はわわ!? めっちゃオ・イ・シ〜!」
エリナは両頬を手で押さえ、とろけそうな幸福顔でワカメのようにゆらゆら揺らぎ始めた。この料理も僕の前世の記憶を元にしたレシピを店主に伝えて、作ってもらったもので、甘辛いタレで焼き上げた肉を、ご飯に似た穀物の上に乗せ、とろける半熟卵を添えたものである。いわゆる、ご当地B級グルメ的な丼物だ。
「ああ、この体に染み入る懐かしい味付け、そして、オードブル、メインディッシュ、主食が一口で全部楽しめるような満足感、幸せすぎますよ〜!」
この店のB級グルメを食べると、エリナの普段の王族としての品位はどこへやら、彼女はいつも普通の少女のように無邪気にはしゃいでしまうようだ。場の緊張感は完全に解け、皆が笑い始めた。
「確かに美味しいけど、王族の人がこんなん食べるのは珍しいんやないかなぁ」
アリアが笑いながら言う。
「せやな、この姫さん、変わってる……」
アリスも呟きながら料理を口に運び、
「これうまっ……」
小さく呟いた。
「こりゃあいいな。俺もこの店気に入ってんだ。もうずっとここで食べていたいぜ」
エネルもテーブル越しに笑いながら皆を見渡した。
「ところで、アリア、アリス。君たちのノエル家って、イグナリス王国の家系だよね?」
すっかり場も温まったところで、ふと思い出した僕は、アリアとアリスの出自について尋ねてみた。アリア・ノエルと、アリス・ノエル。彼女たちの正式な名前だ。ノエル家の名前は僕も聞いたことがある。
「そうやよ。イグナリスの西方の出身やから、ちょっと西の訛りが強いやろ?」
アリアが笑いながら答える。
「ルミナス王国とは反対側なのに、どうして君たちは教団に?」
僕が気軽に聞いてしまったその質問で、アリアの表情がやや引き締められた。
「それを説明するには、ちゃんと話しとかんとあかんな。ノエル家と、アリスについて……」
彼女は深呼吸をしてから、静かに話し始めた。
温玉が乗った豚丼のイメージです。牛丼でもいいけど。
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