6-3 アリアとアリス
アリアは、二十歳くらいの長身の女性。メガネをかけ、長い黒髪を後ろでひとつに束ねている。彼女の服装は、黒を基調としたシンプルなローブをまとい、その上に軽い銀の胸当てを装着している。装飾的な要素はなく、実用性が重視された服装で、魔導士というよりは、どこか学者然とした印象を放っている。
一方で、アリスは僕らよりも若そうに見える少女で、銀髪をショートカットにしており、あどけなさが残る顔立ちだ。服装は姉アリアと対照的に、黒を基調としながらも女の子らしいひらひらとしたデザインが特徴的なドレスを着ている。ドレスの袖や裾には軽やかなフリルがあしらわれ、小さな肩当てを付けた軽装の鎧がアクセントとなっている。彼女の目は無感情で冷たさを感じる。
「アリアは他者の魔法を増幅できる。アリスは電気と磁気を操る。2人のコンビネーションは強力だ、気を抜くな」
エネルが緊迫感を持って説明する。
電磁気力を操る能力ということは、超電磁砲を撃ったりもするのだろうか……
アリアの方は、エネルの言う通り、絶えずアリスに魔力を注いでいる。アリスの電撃がただならぬ破壊力を持つのは、アリアの増幅魔法があってこそだろう。
アリスが軽く手を振っただけで、強烈な電撃が空を切り裂き、僕たちの周囲を薙ぎ払う。その速度は、クロノアの時間操作をもってしても目で追うことは不可能に近い。しかし、フォレスティアの予知があれば、着弾点をあらかじめ察知できるため、避けられる余地はある。
僕は未来視でアリスの攻撃のタイミングを読み、魔導士たちに多重の防御結界を展開させた。アリスの強力な雷撃も、多重結界であれば何とか防ぐことができる。
「なんでや? 全然当たらへんやん」
アリスが苛立ちを抑えきれずに呟くと、アリアが冷静に妹に声をかけた。
「何やよう分からん力が働いてるのは確かやな。気を抜かずに集中し、アリス」
アリアの言葉からは冷静さが感じられる。僕は彼女たちがまだ本気を出していないことを感じ取っていた。
「大丈夫。うちの魔法、これだけちゃうし」
アリスの言葉とともに、彼女が放った強力な磁力によって、周囲の金属が一気に引き寄せられた。イグナリス軍の兵士たちが持つ剣や盾までもが、容赦なく彼女のもとへと引き寄せられてしまう。
「兵士たちは全員後退! 魔法使いの防御結界の後ろに下がるんだ!」
武器を奪われた兵士たちを前線に残すわけにはいかない。僕はすぐに指示を出し、兵士たちを後方へ退避させた。しかし、これで戦力の半数が実質戦えなくなり、戦況は一気に不利へと傾く。
その間にアリスは集めた金属で巨大な盾を作り出し、自分の周囲をしっかりと守り固めていた。こちらからの魔法攻撃も、浮遊する金属の壁に遮られ、まるで彼女に届かない。
「なら、これはどうだ!」
エネルが渾身の魔気波を放つが、金属の壁の一部を砕いただけで攻撃は届かない。
「裏切り者のエネルか。まあ威力は悪くないけど、うちらはソルディバインの一員や」
アリスが冷たい口調で呟く。
「そうやな。力の差は歴然や。もうちょいくらい遊べるとええな」
アリアが楽しそうに答えながら、アリスにさらに力を注ぐと、アリスの電撃はより強力なものとなり、空気を震わせ襲い来る。周囲の建物が次々と崩れ、街全体が破壊されていく。
「これじゃ街が……!」
僕は焦りを感じながら、未来視を続けた。しかし、何度試行してもあの金属の厚い盾の前に攻撃魔法は通じない。この状況を打開するには、状態異常系の魔法が必要だと直感で感じる。
『この中で、状態異常の魔法が使える者はいないのか?』
僕は全体に尋ねる。しかし、返ってきたのはどこか自信に満ちた声だった。
『シン様、我が精鋭軍にそのような地味な魔法を使う者はおりません!』
僕はその言葉に肩を落とした。そうだ、この国では派手な魔法が高貴とされ、状態異常魔法のような地味なものは軽視されている、そういう国だった……
……次の手をどうする?
その時、アリスが苛立ったように呟いた。
「ああ、やっぱりさっきから全然当たらへん。面倒になってきた。もう、終わりにしたるわ」
すると、アリスの前に固定されていた、100本を超える剣が一斉に空中でこちらに向かって剣先を揃えた。そのまま、雷のように降り注ぐ強力な電撃と同時に、それらの剣が銃弾のような速度でこちらに放たれる。
ーーこれはまずい!
飛んでくる剣の数は、防御結界を張れる魔導士の人数を遥かに超えていた。さらに、未来予知と時間操作を組み合わせたとしても、これだけの剣の速度と数を回避するのは、かなり難しい状況だ。まさにゲームで言うところの、弾幕シューティング。四方八方から迫りくる圧倒的な数の攻撃が僕たちに襲いかかってきている。
仕方ない、先読みを最大限に使って被害を最小限に抑えるしかない……
僕は決意し、何度も未来視を試みながら指示を出した。高火力の電撃に対しては魔導士に防御結界を展開させ、剣に対しては、各自が可能な限り身体能力を駆使して回避するように指示を送る。致命傷となるような攻撃を受ける未来が見えた仲間にだけ、詳細な回避指示を出す。全員の動きを正確に把握し、未来の攻撃を見越しつつ、仲間の命をつなぐための作業が続く。
しかし、その時、頭のふらつきを覚え、クロノアとの念話接続が不安定になり、時間操作の魔法が途切れた。思わず「しまった…」と口走るが、反応が遅れた瞬間、数本の剣がこちらに迫ってくる。
その時だ。
「シン、伏せろ!」
エネルが僕のすぐそばに駆け寄り、僕に向かっていた剣の雨が、エネルの放つ力で粉々に砕け散り、間一髪のところで僕は難を逃れた。
戦術中心の戦闘であっても、戦力の高い仲間の存在はとても貴重だ。あまりに当たり前すぎて、見落としていたことを、改めて実感させられた。
「シン、大丈夫か?」
エネルが肩越しに声をかけてくる。その表情は険しい。僕の鼻から血が流れていた。クロノアの時間操作によって、僕の時間の流れは10倍となり、既に体感的には長い時間が経過している。その中で、数百名のメンバー全員の未来の試行を繰り返し、全員に適切な指示を出し続ける。これは相当な負担だった。
……この戦い方はそう長くは続けられない。
「なんとか…ありがとう。だが、他のみんなは?」
「俺は問題ねえよ。剣ぐらいなら粉砕できる。他の奴らも、なんとか持ちこたえたみてぇだ」
僕は安堵した。幸いにも、誰一人として致命傷は負っていなかったが、さすがに無傷では済まなかったようだ。
僕の頭に蘇ってきたのは、クロノアとの戦いの時の絶望的な緊張感。ソルディバインという存在が、いかに恐ろしく、手強い敵なのかを再認識させられた。
ーー二人がかりで私と良い勝負になるくらいの奴ら……
クロノアの言葉が脳裏をよぎり、背筋が冷たくなる。そう、目の前にいるのはあの彼女でさえ、認めている相手ということだ。
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