6-1 罠にかかったエリナ
そして今、私はイグナリス城の一室で、窓の外に広がる景色をぼんやりと眺めている。眼下に広がる平和な町並みと、澄み渡る青空。しかし、その景色に心が癒されることはない。頭に浮かぶのは、滅びたルミナス王国と、守れなかった人々の姿ばかり。私は、彼らの犠牲の上に存在している。ゼノルスによって汚された王国の誇りは、本来なら私が取り戻すべきものだ。それなのに、今はイグナリス王国に身を寄せ、守られるばかりで、果たして私はその責務を果たせるのだろうか。
「私……本当に、何もできないの?」
気がつくと、心の内に溜まっていた言葉がこぼれ落ちていた。シンはいつも私を守ってくれるし、エネルは戦いに備えて訓練を重ねている。それなのに、私はただ隠れているだけ。
ーーあの時、もっと力があれば……
浮かぶのは自責ばかりだ。今の私にできることは何だろうか?
その時、私の思考を断ち切ったのは、部屋に響いた小さなノックの音だった。
「エリナ様……」
イグナリス城の従者が入ってきて、丁寧に頭を下げる。
「シン様が外でお待ちです」
「シンが……?」
私はその言葉に、わずかな期待を抱いた。もしかして、私に何かできることがあるのだろうか?それとも、新たな作戦が始まるのだろうか? 私はすぐに立ち上がり、期待を胸に扉へと向かった。
「わかりました。すぐに参ります」
従者に導かれ、城の外へ出ると、心地よい日差しが私を包んだ。鳥のさえずり、風に揺れる草花。穏やかで優しい景色が広がっている。だが、なぜかその静けさが、私の心に不安を呼び起こした。その瞬間――背後から何者かに強く捕まれた。
「……!?」
驚きの声を上げる間もなかった。これは罠だったのだ。瞬時に理解したが、もう遅かった。
……誰か、助けて……
すぐに口をふさがれ、声が出せなくなる。意識が遠くなる。愚かな自分に嫌悪すら抱く。私はそのまま、どこかに連れ去られた。
◇ ◇ ◇
エリナが誘拐されたことに気づいたのは、彼女の姿が消えたしばらく後だった。最初は従者たちが探し回っていたが、どうにも見つからず、ただならぬ状況だと知った瞬間、僕の胸に冷たい恐怖が広がった。
「まさか、教団が……」
その可能性に気づくや否や、すぐに念話の魔法を使ってエリナの気配を探った。深い集中の中で、遠くから微かな意識の波が感じられる。エリナの存在は確かに捉えたが、彼女は気を失っているのか、応答はない。ただ、その位置は明確だった。そこには、多くの人間の気配、そして圧倒的な魔力の存在が感じ取れた。
ーー新たなソルディバイン!?
エリナの危機を察知した僕は、すぐにイグナリス王に報告に向かった。二度目となる謁見の場での面会。イグナリス王は変わらず荘厳で、威厳を漂わせた姿で玉座に座り、オルト騎士団長が静かに控えている。僕は簡潔に状況を説明し、エリナを救うための協力を願い出た。
イグナリス王が口を開く。
「ふむ……派手に活躍しておるそなたの願い、看過することはできんな」
僕を見据える王の鋭い目が、事態の深刻さを一瞬で理解したことを物語っていた。そして、続けて告げる。
「状況は把握した。今回もイグナリス王国の精鋭部隊を派遣しよう。しかし、ひとつ条件がある」
「条件……ですか?」
イグナリス王は僕を真っ直ぐ見ながらこう言った。
「うむ、君自身がこの部隊を指揮することだ」
予想外の提案に、思わず戸惑いが表情に現れてしまう。
「僕が、指揮を……」
すると王は、確固たる口調で言葉を継いだ。
「そなたのこれまでの派手な活躍、すでに耳にしている。あのクロノアを仕留めたのも君の功績だと」
その言葉に、騎士団長のオルトも少し身を正して静かに口を開く。
「シン殿。正直、あの戦いで、もしあなたの指示がなければ、我が軍は全滅していたでしょう。多くの命が救われたのは、間違いなくあなたのおかげです」
イグナリス王が頷き、再び僕に視線を向ける。
「それに、ユニマグナス家は代々、名だたる軍師を輩出してきた家系。君にはその血が流れている。必ずや、この任務を果たせると信じている。シン、エリナ姫を救い出せ。精鋭部隊の指揮を君に任せる」
その言葉が僕の胸に深く響き、重責の覚悟が次第に固まっていくのを感じた。ユニマグナス家の血筋、そして自分が積んできた経験。この場面でこそ、そのすべてを賭ける時だ。
「ありがとうございます。必ず、エリナ姫を救い出してみせます」
こうして、僕はイグナリス王国の精鋭部隊を率い、再び教団との決戦に臨むことになった。
6章では、ついにシンの能力が発揮されます。
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