5-5 日常との別れ
「そうか。今、私の使命を理解した。ルミナス王家を倒し、この世界を元に戻す……」
クロノアは無情な眼差しで父上と母上に剣を向けた。その視線は冷たい闇に覆われているかのようで、かつて私を守ってくれた彼女の面影は残されていなかった。
「あのクロノアが……操られている……なんということだ!」
さすがの父上も動揺を隠しきれない。
「このような時こそ、我が王家の浄化の魔法を使わねばならぬ! 太陽の祭壇が使えれば良かったが、夜では仕方ない」
ーー浄化の陽ーー
まばゆい光が空中に現れ、周囲に温かな輝きを広げる。その光は、小さな太陽のように場内を包み込み、希望と癒しの力を放っていた。それは、これまでに私が見たことがないほど力強く、大きな浄化の魔法だった。しかし、その効果が浸透するにはまだ時間が必要だ。
「アメリア、この光が届くまで、何とか持ちこたえてくれ」
父上は母上に対し、真剣な表情で言った。
「わかりました」
母上が毅然として一歩前に出、魔法を発動する。
ーー光の盾ーー
その瞬間、大きく美しい光の盾が二人の前に現れ、どんな攻撃も弾き返そうとするかのように力強く立ちはだかった。これが父上と母上の、本気の力。
だが、それは無敗の騎士の前には無意味だった。
ーー私だけの時間ーー
クロノアが魔法を発動し、時間の流れを歪める。彼女は容易に光の盾を回り込み、私が叫ぶよりも早く、クロノアの剣が振り下ろされる。
「父上! 母上!」
目の前の絶望的な光景ーー父上と母上が崩れ落ちる姿ーーその信じがたい現実が突きつけられ、喉の奥から声にならない悲鳴が嗚咽となって込み上げる。
「さすがクロノアさん。素晴らしいお手際ですね。それでは残っている姫君も、よろしく頼みますよ」
ゼノルスは満足そうに笑みを浮かべながら、太陽の祭壇へと足を踏み入れた。彼の目は恍惚とした光に染まっている。
「エリナ姫、覚悟を」
そして、クロノアが冷たい視線で私を見据えた。私に突きつけられる冷徹な刃ーーあの暖かく真っ直ぐな眼差しを向けてくれていた彼女がーー今、私の中にあるのは恐怖より、悲しみだった。
「クロノア……」
震える声で彼女の名を呟いたその時だった。
「クロノア……なのか? なんてことを……」
電光の軍師、レイフォードがその場に駆けつけた。彼は床に倒れた父と母、そして冷酷な眼差しを浮かべるクロノアを見て、愕然とした表情を浮かべる。彼の声は震えていた。
「クロノア、目を覚まして! 僕の知っている君は、決してこんなことを望まないはずだ!」
レイフォードの懸命な叫びにも、クロノアの瞳は再び光を宿すことはなかった。
「レイフォードか。私の邪魔をするなら、排除するしかない」
冷酷な声が響き渡り、クロノアは無表情のままレイフォードに剣を向けた。かつて共に王家を守ると誓い合い、命を懸けて背中を預け合った仲間同士が今剣を交える。
ーー電光石火ーー
レイフォードは魔法を発動し、刹那の加速で、クロノアに接近する。胸には、かつての彼女に戻ってほしいと願う切なる想いを抱えて。
ーー私だけの時間ーー
しかし、クロノアも無慈悲に時間操作の魔法を発動し、レイフォードの前に立ちはだかる。歪められた時間の中、二人の剣が悲痛な音を立ててぶつかり合った。直後、クロノアは、冷徹に、正確に、レイフォードを蹴り飛ばした。
「レイフォード、お前の『電光石火』は身体の加速に過ぎない。私の魔法は、早く動けるだけでなく、周囲の時間の流れを遅くする。これは、君の魔法の完全な上位互換だ。最初から君に勝ち目などない」
クロノアは、かつての仲間に無情に告げる。
「さあ、エリナ姫。これで終わりにします」
ーー私だけの時間ーー
クロノアが再び魔法を発動し、ゆっくりと私に向かって歩み寄り、躊躇なく、私を貫くための冷たい刃を繰り出す。だが、その刃が貫いたのは私ではなく、私を庇うように立ちはだかったレイフォードだった。
「なっ!?」
驚いたクロノアが思わず魔法を解除すると、時間が通常の流れに戻った。クロノアの剣が深々と刺さり、血に染まったレイフォードは、微かに笑みを浮かべてクロノアを見つめ、
「どうだい、クロノア……『下位互換』の僕の魔法も……なかなかのものだろう?」
と、かすれた声で呟く。その目には、最後の最後までクロノアを信じたいという想いが滲んでいた。
「僕は……いつも君に憧れていた。君に少しでも近づきたいと思い……その一心で……ここまで来れたんだ」
クロノアの瞳が、わずかに揺らいだように見えたが、その瞬間はすぐに消えた。
「僕は……いつだって、王家のために命を捧げる覚悟でいた。エリナ様を守って死ねるなら、それは本望だ。そして、その時傍に君がいてくれるなら……これほど嬉しいことはない。……こんな形でさえなければーー」
ふらつきながらも、レイフォードは最後の力を振り絞り、私に微笑みを向けた。
「エリナ様……どうか……今すぐ……お逃げください」
ーー電光石火ーー
レイフォードは、深く刺さった剣の痛みに耐えながら、クロノアを抱きしめた。そのまま、発動した高速移動の魔法でクロノアと共に窓を突き破り、二人は城の外へと消え去っていった。
「レイフォード!」
涙で視界が滲む。胸が張り裂けるような喪失感と絶望。だが、ここで立ちすぐんでいることは許されない。ゼノルスが満足げに太陽の祭壇に目を向け、私の存在など気にも留めていない今が、レイフォードが残してくれた最後のチャンス。私は残る勇気を振り絞ってその場から離れ、王家の者しか知らない抜け道を使い、城から逃げ出した。
両親も、仲間も、聖女様と慕ってくれた民衆も、全てをを失い、私はただ一人、イグナリス王国への逃亡の道を歩き始めた。
5章過去のエリナ編でした。
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