5-4 包囲された王家
その日の深夜、異様な物音で目が覚めた。窓の外から赤い光が差し込み、まるで空が燃え上がっているかのようだ。
「エリナ・シア様、一大事です!」
クロノアが慌てた様子で駆けつけてきた。
「ソルディアス教団による襲撃です。そして……」
クロノアは少し躊躇したあと、苦しそうな声で続けた。
「民衆の暴動も……始まっています」
思わず前世の口癖で、『はわわ……』と言いそうになったが、思い止まる。
ゼノルスの扇動により、王宮はフードを被った無数の人々に包囲されていた。その中にはソルディアス教団の団員らしき者たちと、恐怖と怒りに駆られた民衆たちの姿があった。民衆たちは松明を手に持ち、その明かりが城を赤く染めている。
「さあ、時は満ちました! 今こそ、女神ソルを蝕むルミナス王家に鉄槌を下す時です!」
ゼノルスが宣言すると、人々は怒りに燃える眼差しで叫び声を上げた。
「俺たちをずっと騙し続けていたんだ!」
「聖王なんかじゃない、ルミナスの魔王だ!」
その時、教団員の中から大柄な男が地面から巨大な岩を浮かび上がらせ、城の門に向かって投げつけた。轟音と共に門が崩れ落ち、それを合図に教団員や暴徒たちが城内へと侵入してくる。王国の兵士たちが必死に食い止めようとしているが、数が多すぎて押し返すのは困難だった。
「エリナ・シア様、命に代えてもお守りします。こちらへ」
クロノアが私を促し、共に太陽の祭壇の部屋の前に向かう。そこには父上と母上の姿もあった。
「なんということだ……まさか短期間でこれほどの数を集めるとは」
父上が険しい表情で外の様子を見つめる。
周囲に押し寄せる教団員と暴徒の数はおそらく数千。深夜の奇襲だったため、城の防備も整わぬままだ。
「エリナ、大丈夫よ。正義がこちらにある以上、女神ソルは私たちを見捨てないわ」
母上が静かに私に微笑んでくれる。だがそれは気休めでしかないと本心では思ってしまう。前世で無神論者を決め込んでいた私は、実はそれほど信心深くない。ダメな聖女だ。
ソルディアス教団の中には強力な魔法を操る者たちもいて、王宮の衛兵たちだけでは完全に防ぎきれない。教団員たちがもう目と鼻の先まで迫っていた。
「お任せください。何人たりともここを通しません!」
クロノアが剣を構え、立ちはだかった。
ーー私だけの時間ーー
クロノアが時間操作の魔法を発動すると、神がかった速さでその場の教団員を打ち倒し、暴徒たちを気絶させる。瞬きの間に広場は静まり返り、さすが無敗の騎士と呼ばれるだけの力量を見せつけた。
「さすがは噂に名高いクロノアさんですね」
その声と共に現れたのはゼノルス本人だった。彼の隣には漆黒のフードを被った女性らしき人物が立っている。彼女の影は大きく広がり、ゼノルスを護るように包み込んでいる。
「ついに目的地に到達しました。そして、王族の皆さんもお揃いですね。これで、災いの元凶であるあなた方を排除し、太陽の祭壇を我が手に収めることができる」
ゼノルスは満足げに宣言する。
「太陽の祭壇は、平和を祈り続ける神聖な場所。決して、お前などに渡すものか!」
父上が毅然とした声で返した。
「私がすぐに、奴を排除します!」
ーー私だけの時間ーー
クロノアが再び時間操作の魔法を発動し、ゼノルスに向かって一気に間合いを詰めた。しかし、ゼノルスを包む影に触れた瞬間、クロノアの魔法は強制的に解除され、さらに、彼女の動きはそこでピタリと止まってしまった。
ーー完全指揮ーー
「何故だ、体が、動かない……」
「無敗の騎士、クロノアさん。あなたの名はよく存じ上げております。そこで提案ですが、あなたを私たちの仲間、そして、高位司祭であるソルディバインの一人として迎え入れたいと思っているのです」
ゼノルスが冷ややかな笑みを浮かべながら言った。
「ばかばかしい。貴様の仲間になるつもりなどない」
クロノアは呆れたように言い放つ。
「ばかばかしい? そうでしょうか? あなたも薄々感じているのではないですか? ルミナス王家が持つ浄化の力は、まるで太陽そのもののようです。そして、その力を使うたびに、太陽の異変が進んでいる」
「戯言を言うな!」
クロノアは言い返すものの、ほんの一瞬、戸惑いの色が浮かんだ。
「おや、クロノアさん、可哀想ですね。あなたも騙されているのですよ。なぜなら、太陽の祭壇とは、まさに王家が太陽の力を奪うための装置なのです。その証拠に、王家以外の者は誰もこの場所に入れない」
「それは、ここがソルに祈りを捧げるための神聖な場所だからだ」
父上がまっすぐな目で答える。
「では、その祈りの見返りに、王家は何を得ているのでしょう?」
ゼノルスのその問いに、父上は言葉を詰まらせた。
「それは……」
父上の沈黙が、クロノアの心に小さな疑念の芽を生み出した。
「エリアス王、なぜ黙るのです?」
とクロノアが問うと、その一瞬の疑心を見逃さなかったゼノルスが、さらに言葉を重ねた。
ーー偽りの真実ーー
「答えられないのは、私の言葉が真実である証拠です」
ゼノルスの魔法が、クロノアのわずかな疑念を何百倍にも増幅し、あたかも自分の言葉が真実であるかのように錯覚させる。クロノアの目から徐々に光が失われていく。
「さあ、もう十分でしょう」
ゼノルスは満足げに微笑みながら、クロノアの体の自由を解放した。
「さあ、今こそ共に立ち上がり、あなたとこの国の人々を欺いてきた王家を打ち倒すのです」
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