5-3 王家の力と揺らぐ信頼
この日の午後、私達は民の前で『浄化の力』を示すため、城の外の広場へ向かうことになった。
「エリナ、今日はまずそなたが民の前で浄化の力を示してほしい。王家の力がしっかりと受け継がれていることを、民に伝えられるだろう」
と父上が穏やかに言った。
「はい、父上。まだまだ未熟ですが、王家の一員としてできる限りの力を尽くします」
私は深く頷き、王女としての責務を全うする覚悟を決めた。
城の礼拝堂を出て広場に向かう道すがら、レイフォードが私の護衛として寄り添ってくれていた。彼がいることで心がほっとし、少しずつ緊張も解けていくのを感じる。
「エリナ様、緊張しておられませんか?」
レイフォードが私を心配そうに見つめた。
「ありがとう、レイフォード。でも、あなたがそばにいてくれるから大丈夫よ」
私は微笑んで彼に答えると、彼はどこか照れくさそうに応えた。
「なんと、ありがた〜きお言葉! どんなことがあっても、このレイフォードが必ずお守りいたしますよ!」
広場に到着すると、すでに大勢の民が集まっていた。その視線には期待と不安が入り混じっていて、少しでも彼らの心を和らげたいと強く思った。私は父上の隣に立ち、心を落ち着ける。
「それでは、エリナ。まずはそなたの力を」
父上が促してくれた。私は静かに息を整え、
ーー浄化の陽ーー
浄化の魔法を発動させた。淡く温かな輝きが広場に広がり、少しずつ民衆の表情が和らいでいくのが見える。周りから「ルミナスの聖女様だ!」と歓声が上がり、民の笑顔に安堵する。けれど、これででどこまで民の不安を和らげられるのか、内心では不安もあった。
そんな私に気づいたのか、父上が静かに頷いてくれる。そして、次の瞬間――
ーー浄化の陽ーー
父上が浄化の魔法を発動させた。その光は私のものとは比べ物にならないほど強大で、まるで目の前に小さな太陽が現れたかのようだった。その光の中には浄化の力だけでなく、安らぎと威厳が溶け込んでいる。民衆はその神々しい輝きに目を奪われ、不安が一気に消え去るのが感じられた。
「ルミナスの聖王様!」
民から一際大きな歓声が上がった。父上の浄化の光を浴びながら、私は一人の国民としてこの国の王を誇りに思った。私がこの光に追いつくにはまだ遠い道のりがあることを感じつつも、いつかその日を迎えると心に誓う。
しかしその時、黒いローブに身を包んだ一人の男がおもむろに現れ、民衆の中に立った。
「素晴らしい光ですね、ルミナスの聖王。そして聖女様」
その声に私は身を強ばらせた。
「私はゼノルスと申します。この世界を救済することが私の使命です」
ゼノルスは薄く微笑み、周囲の民に向かって話し始めた。
「しかし、皆さんよくお考えください。なぜ今、太陽が赤く、大きくなっているのか。その理由をご存じでしょうか?」
彼の声には、聞く者を惹きつけ、心の奥に直接響くような力がある。その言葉が民たちの心に深く浸透していくのを感じた。
「それは、ルミナス王家が太陽の力を奪い、太陽の女神ソルがお怒りになっているからなのです」
ゼノルスの言葉に、民たちに動揺が走る。
「王家が太陽の力を奪っている?」
民たちは不安と疑念の視線を私たちに向けた。
「先ほど拝見した浄化の魔法、あまりに美しい奇跡と言えます。しかし、それは奪った太陽の力で為されているものなのです。ルミナス王家は国を支配するために太陽の力を吸い取り、その力を独占している……それこそが、太陽の異変の原因に他なりません」
ゼノルスの冷たく響く言葉が民衆の中に不安の種を蒔き、その場にざわめきが広がった。私が何か言おうとしたその時、父上が静かに前に出て、威厳ある声で告げた。
「ゼノルスと言ったか。我が力は太陽を奪うものなどではない。この国を照らし守るためのものだ。民よ、惑わされるな!」
その言葉に、民たちの目には再び光が宿った。 ゼノルスはまるでこの浄化の力を忌み嫌うかのように鋭い眼差しで父上を一瞥し、素早く姿を消した。
私たちはひとまずルミナス城に戻ったが、不安な噂を耳にした。王宮に出入りする者たちの間で、『ソルディアス教団』という名前が囁かれているというのだ。先ほどのゼノルスは、その教団の指導者であり、国内での活動が活発になっているという話だった。
私は得体の知れない不安が胸の奥でじわりと広がるのを感じた。太陽の女神ソルを崇拝するルミナス王国は、これまで国王が浄化の魔法をソルの奇跡として示すことで、民衆の信頼を獲得してきた。しかし、この浄化の魔法が、ソルの力を奪って行われ、ソルの怒りを買っている、などという噂が信じられてしまったら……それはこの国の分裂を招きかねない。
ルゼント・シアラン公爵。私は、この国の魔法省の大臣であり、母方の伯父でもあるルゼント公爵に、その話を持ち出してみたところ、彼もまた深刻な表情で頷いた。
「ソルディアス教団は、ソルを崇拝しているのは我々と同じだが、だからこそ、ルミナス王家を敵視している可能性がある」
ルゼントは重々しい口調で言った。
「そして、指導者のゼノルスが民衆に植え付けた疑念は、ただの噂話で終わらないかもしれぬ。彼には人々の心を操る魔法が備わっているようだ」
「心を操る魔法……。そんな力が本当に存在するのですか?」
私は驚きを隠せなかった。魔法に対する深い知識をもつルゼントは、ゼノルスがただの教団の指導者ではなく、強大な魔法を操り、巧妙に人々の心を操る力を持つことに気づいていたようだ。
「そうだ、エリナ。彼の言葉には、人の心の中に恐れや疑念を植え付け、それを増幅させる力がある。これは大変危険なものだ。民がその影響を受ければ、王家の力を信じなくなるかもしれない」
ルゼントの言葉に、私は一層の危機感を覚えた。ゼノルスがこのまま教団の影響力を広げれば、いずれ内乱が起きる日が来るかもしれない。
「伯父様、私たちがこの状況にどう立ち向かうべきか、何か方法はありますか?」
私は、今すぐに対策を講じなければならないと強く思った。
「私は手荒な手段は好みませんが、こうなっては国を守るため、指導者のゼノルスを排除するしかないでしょう。明日にでも、クロノア、レイフォードに指示を出しましょう」
しかし、この時、事態は私たちの想定を遥かに超えて、悪化していた。
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