5-2 王女の日常
シンが注文してくれたあの料理、間違いなく『お好み焼き』の味だった。まさかこの世界でお好み焼きに出会えるなんて、奇跡だ。懐かしさが込み上げ、思わず前世の両親と、この世界の両親を思い出してしまい、気づけば涙が溢れていた。四人とも大好きだった。そして、もう二度と会うことはできない。それにしても、あれは美味しかった。これからはあのお店に通い詰めるしかない。
私は、前世の記憶を持っている。前世では日本という国にいて、高校に通っていた。そそっかしくて、いつも『はわわわ』とパニックになっていて、クラスのみんなもそんな私をよく呆れた顔で見ていた。
でも、事故であっけなく命を失い、今ではこの世界の王女として生きている。はじめは、少し戸惑いつつも、この新しい生活を楽しんでいた。
さて、これはまだ半月ほど前の私の話。
目を覚ませば、窓から柔らかな光が差し込み、見下ろせば広大な城の庭園が広がっている。この国の平和な朝の景色は、私にとって特別なものだ。ここでの生活はもう長くなるが、鏡に映る青と白のローブを纏った王女の姿に、未だに不思議な感覚を覚える。前世の学校でよく失敗してオロオロしていたことが嘘のようだ。今は、私のために多くの人が動いてくれて、まるでお伽話の世界に飛び込んだかのような日々だ。
それに、この国の人々は私を「ルミナスの聖女」と呼び、特別な存在として大切にしてくれる。それは、私がルミナス王家に代々伝わる浄化の魔法を使えるからだ。それも、歴代最年少となる三歳でその力を発現させたことで、周囲の期待はさらに膨れ上がった。
だが、それは私に才能があるのではなく、前世で十七年間生きた記憶のせいだ。この世界の言葉は前世のものとは異なるが、知識の習得方法は義務教育のお陰で身についている。だから、計算や学習も得意だし、魔法を理解するのも早かった。それでも、期待に応えることがここでの私の役目だと感じている。
朝食の席へ向かうと、父と母がすでに席について私を待っていた。
「おはよう、エリナ」
エリアス・ラーン・ルミナス。
父上であり、『ルミナスの聖王』とも呼ばれるこの国の王が、穏やかな笑みを浮かべて私を迎えてくれる。朝の光が銀色がかった髪に反射して、眩しくみえる。
「おはようございます、父上、母上」
私も微笑みを返す。前世では、父上、母上なんて言葉づかい、したこともなかったと心の中で少し苦笑してしまう。
そんな中、父上の表情がふと真剣なものに変わった。
「エリナ、気がかりな例の問題についてだが……」
「……太陽の異常、ですね?」
私は答える。このところ太陽が赤く大きくなり、気温も上昇し、作物への影響も出てきている。民もとても不安に思っていると報告があり、王宮でも話題になっているが、原因はまだ不明だった。
「そうだ、エリナ。不安に思っている民のために、今日も浄化の魔法を示そうと思う」
王家に代々継承される浄化の魔法を民に見せることで、民は一時の安心を得られる。
「分かりました父上。私にできることがあれば……」
と答えながらも、浄化の魔法が問題の根本解決になるわけではないと思う。この魔法は、魔法による呪いを消し去ることはできるが、太陽の異常に効果があるとは思えない。
そもそも、魔法による呪いなんて、そう滅多に起きることではなく、この魔法が実際に役に立ったことはこれまでに数えるぼどしかなかった。父上が民に度々浄化の魔法を見せるのも、いわゆる、政治的パフォーマンスでしかない。
本当は前世で使っていた色々な道具のような、もっと日常的で便利な魔法が使えたらいいのにと思う。掃除や料理に使えたり、スマホやパソコンみたいなものが。そんな魔法があれば、もっと人々に役立てる気がする。でも、さすがにそんなことは父上や母上の前では言えない。
浮かない顔をしている私の内心を察したのか、母上が静かに微笑んでくれた。
「エリナ、大丈夫よ。あなたがここにいるだけで、皆にとって希望になるのだから」
アメリア・シア・ルミナス。ルミナス王の妻であり国の女王。ちなみに、豆知識として、王族のミドルネームは母方の家から受け継ぐのが慣わし。母上は、王家に伝わる浄化の魔法は使えないけれど、光の粒子を実体化する魔法が使える。『光の槍』の魔法は、私が母から受け継いだものだ。
母上が言われるように、私の存在が少しでもこの国の平和の支えになっているのなら、それでもいいのかもしれない。けれど心の片隅では、納得できていない部分がある。王家の血筋とパフォーマンスで国を束ねるという方法は、本当に正解なのだろうか……
朝食の後、私は庭園に向かった。ルミナス王国の庭園は、四季折々の花が咲き誇り、どこまでも広がっている。前世の日本、特に都会では、こんな広大な庭は見たことがなかった。小さな庭でもあるだけましな方で、花を少しだけ育てるのがやっと……それでも、心が落ち着く大切な場所だった。
庭の向こうから、鋭い掛け声が聞こえてくる。見ると、クロノアとレイフォードが訓練をしているのが見えた。彼らは私たち王家を守る騎士であり、心強い存在だ。ああ見えて、クロノアは『無敗の騎士』と呼ばれるくらいに強く、レイフォードは剣術と知略の両方に秀でていて『電光の軍師』の呼び名を持っている。
「エリナ様、おっはようございま〜す!」
レイフォードが私に気づいて、元気に手を振る。とても優秀なのに、彼の天然で無邪気な一面は、王宮で多くの人に愛されている。
「おはよう、レイフォード、クロノア。今日も訓練お疲れさま」
私は微笑んで答える。
「おはようございます、エリナ・シア様」
その隣でクロノアが礼儀正しく一礼する。クロノアの礼儀正しさや冷静な態度には、いつも背筋が伸びる思いがするが、厳かなその姿は、この国の守りの象徴のように感じられる。
「エリナ様! 今日はクロノアに負けないように、ものすご〜く、頑張って訓練しましたよ!」
レイフォードはいつものように明るく元気に答えるが、その視線がちらちらとクロノアの方へ向かっていて、妙に意識しているのが見て取れる。
「レイフォード、いつもありがとう。あなたの努力が、この国を支えているわ」
私の言葉に、レイフォードは少し照れながらも「エリナ様のためなら、どんなことでも!」とポーズをつくる。そんな彼の横で、クロノアが少し呆れたように小さくため息をつく。
「レイフォード、無理をしてまで私に張り合わなくてもいい。君はそのままで十分に優秀だ」
クロノアがそう言うと、レイフォードの顔が赤くなり、視線がさらに定まらなくなった。
「で、でも、君に比べたら……その、エリナ様を守るために、僕も、君と、もっと、頑張らないとって、思うんだ!」
レイフォードは、クロノアと話す時だけは、しどろもどろになりがちだ。彼がクロノアの前で少し緊張している理由が、彼の心に特別な感情があるからだということは、私にも分かっている。クロノアに対して、ただの仲間以上の気持ちを抱いているレイフォードの不器用さが、私は微笑ましかった。
クロノアは少しレイフォードを見つめた後、
「……まあ、努力することは悪くない」
とだけ答えた。その冷静な言葉に、レイフォードがさらにしどろもどろになっていた。
そんなレイフォードは、いざ戦いとなれば、電光石火の速さで敵を撃ち倒し、書類仕事も並外れたスピードでこなす優秀な人材である。その才能と誠実な性格のおかげで、王宮の誰もが彼を頼りにしている。
クロノアとレイフォード。ルミナスの双璧とも呼ばれている2人がいる限り、この国は安心だといつも思う。
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