4-4 一瞬の未来
上空で聞こえるのは、兵士たちが次々と斬り伏せられる音ばかりだ。しかし、焦っても仕方がない。僕は自分に言い聞かせ、未来を見続ける。
クロノアの姿が幻のように揺らぐと同時に、彼女の前に立つ者は次々と倒れ、その後クロノアは華麗に舞うように切り結び、またその姿が幻のように揺らぐ。その間隔は不規則だが、僕はその一連の動きの中に規則のようなものを見出した。
『……彼女の時間操作魔法には、発動にわずかなタイムラグがある』
クロノアの姿が揺らぐ瞬間――あれが、魔法の発動時だとしたら、彼女が時間を遅らせた後、次の発動までに数秒の時間差がある。そのわずかな時間の間も、彼女は身体能力のみで十分に無双していると言えるのだが、この隙こそが唯一の突破口だろう。
彼女はこのタイミングを読まれないように、敢えて魔法発動時間を不規則に変えているようにも思える。だが、フォレスティアの予知能力なら、このタイミングが見えるはず。
僕は感情を抑え込み、未来を見続け、ただその一瞬を待ち望む。そして、ついにそれは訪れた。
『エネル! 3秒後に急降下し、クロノアに全力で魔法を叩き込んでくれ!』
これこそが僕たちに与えられた唯一かつ、最後の勝機。
同時にオルト騎士団長にも念話で依頼を出した。
『おう、俺の残りの力、全て叩き込む!』
エネルは正確に3秒後、魔力を逆噴射して一気に急降下すると、無数の魔力の弾を放った。弾は空気を震わせ、クロノアに飛んでいく。
クロノアは、まさに時間操作の魔法を解除した瞬間だった。再発動は僅かに間に合わない。彼女は目を見開き、迫り来る魔力の弾を剣で防ごうと身構える。いくつかの弾をかわし、他のいくつかは剣で弾き返す――驚くべき身体能力で。しかし、エネルの放った弾のひとつが、ついに彼女の身体を捉えた。
「ぐっ…!」
エネルの魔力弾の一つひとつが、骨を砕くほどの威力を持っている。さすがのクロノアもその一撃に身体が揺らぎ、膝をついた。そして初めて、彼女の動きが完全に止まった。
――ここだ!
先に僕が念話で伝えた通り、オルト騎士団長の指示で魔導士たちが一斉に束縛結界を展開し、クロノアを取り囲む。多重の結界が張り巡らされ、彼女の動きを封じ込めた。
静寂が戻る中、僕はようやく深い息をつき、震える手を抑えながら勝利の実感を噛みしめた。今、彼女が時間を操作しようとも、この結界の中では身動きが取れないはずだ。
僕たちは地上に降り立ち、クロノアの前に立った。彼女は膝をついたま、行動を封じられ、かつての絶対的な威圧感は消え失せていたが、その眼差しはまだ鋭さを残している。
「……この私が、ここまで追い詰められるとは……見事だ」
彼女の声には悔しさと潔さが混ざっていた。その高潔な姿勢はわずかに僕の胸に響いた。
「クロノア、悪いが今ここで、その命をもらう」
オルト騎士団長が剣を構えて進み出た。この状況をすぐにでも、終わらせたい、その一心だろう。
「待ってください! クロノアを殺さないで!」
張り詰めた声と共に、そこに現れたのはエリナだった。
「エリナ、来てはいけないと言ったのに!」
「戦いはもう終わったのでしょう?」
エリナは恐れることなく、静かにクロノア歩み寄った。クロノアが彼女の名を呟く。
「エリナ・シア……」
「クロノア……彼女はソルディアス教団に操られているのです。全ては彼女ではなく、教団の罪です」
エリナは手のひらに柔らかな光を宿らせる。それは、彼女の浄化の魔法――
ーー浄化の陽ーー
その光が優しくクロノアを包み込んでいく。
「この魔法が効果を発揮するには長い時間が必要です。どうか、もう少しこの結界の維持をお願いします」
エリナの放つ優しい光に一瞬心奪われながらも、僕たちは気を引き締め、クロノアの動きを慎重に見守り続けた。
「エリナ・シア。私はあなたを止めなければならない。この異変を止めるために」
クロノアの問いかけに、エリナは優しく答えた。
「クロノア、私には、そのようなことをする目的がありません。そして、そのようなことができる力も持ち合わせていません。それはあなたが一番知っているでしょう?」
既に、先ほの悪夢のような戦いよりも長い時間が経過しており、エリナの光はゆっくりとクロノアの心に浸透していた。
「確かに、私はあなたが赤ん坊だった頃から知っている。時々私の理解の及ばない、おかしなことを言い出す時はあったが、いつでも、誰にでも優しい、姫だった」
クロノアの冷たい表情が徐々にほぐれてきていた。
「クロノア、あなたは私と、ルミナス王国を守るため、勇敢に戦ってくれました。しかし、ソルディアス教団の指導者、ゼノルスは人を操り、自分の言葉を真実と思い込ませる力を持ちます。あなたは自分で気づくこともなく、ゼノルスに操られてしまったのです」
クロノアの顔に、悲しみと苦悩が現れ始めた。
「私は……教団に操られていたのか……一体、何ということをしてしまったんだ」
その声には深い後悔が滲んでいた。かつての誇り高き騎士としての意識を取り戻した彼女は、かつての主、エリナを見つめた。
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