4-1 クロノア・レヴァンティス
クロノアは単騎で僕たちの前に現れた。対するのは、オルト騎士団長率いるおよそ500名のイグナリス王国精鋭兵団。この数の差を前にしても、クロノアには全く怯む様子がない。
クロノア・レヴァンティス――かつてはルミナス王国の最強の騎士として名を馳せ、エリナを守護していた。だが今は、ソルディアス教団の高位司祭、ソルディバインとして、僕たちの敵として立ちはだかっている。彼女の金の装飾をもつ漆黒の鎧は冷たい光を放ち、無機質ながらも威厳に満ち、同時に不気味な美しさを漂わせていた。長く艶やかな黒髪が風にたなびき、背中に揺れるマントが黒い炎のように広がっている。
精鋭兵団の兵士たちは皆、剣士や魔法使いとして磨き上げられた実力を持っているはずだが、目の前に立つクロノアの威圧感の前には、彼らの存在もかすんで見えてしまう。彼女は、戦場全体を支配する、圧倒的な存在感を備えていた。
「ほう、これが私への歓迎というわけか」
彼女は無感情な目で僕たちを見据えて言った。オルト騎士団長がこれに答える。
「クロノア殿、単独でお越しか。この数では不服ですかな?」
「ああ、足手纏いは不要だからな。それに、私1人の方が早く動ける」
そう言いつつ、クロノアは冷たい視線で周りを見渡した。
「数は、そうだな、物足りないな。エネルがそこに混じっているのは理解に苦しむところだが」
不意に名前を出されたエネルの額から汗が落ちる。
「まあいい、エリナはどこにいる?」
そのクロノアの声は冷徹で鋭く、戦場に緊張を走らせた。まるで感情が凍りついているような冷たい声だ。
「エリナはここにはいない。僕たちは、君を止めるためにここに来たんだ」
僕は自分の声が震えていないことを確認しながら答えた。クロノアの威圧感は、ただ一言を交わすだけで全身に冷たい汗を浮かばせる。
「つまり、ここで私とやり合おうというのか……いいだろう。安心しろ、恐怖はすぐに終わる」
クロノアはそう言い放つと、ゆっくりと腰に差した剣を抜いた。その動きはとても緩やかだったが、その刹那、恐ろしく鋭利な何かが迫ってくる感覚があった。これは、フォレスティアの予知能力――これまでの人生で一度も感じたことのない、感じたくもない強烈な悪寒。5秒後、クロノアの剣が僕に突き刺さり、確実に命が奪われる。その背筋が凍りつくイメージに、全身が硬直しそうになる。
『エネル、今すぐ後方へ回避して!』
辛うじて、念話で指示を飛ばすことができた。それを受け、エネルは僕を抱えながら魔力の波動を放出し、反動で一斉に跳躍した。
まさにその瞬間、クロノアの姿が蜃気楼のように揺らぎ、剣が煌いた。そして、その一瞬の間に100人以上の兵士が切り伏せられたように血を吹いた。彼女が剣を振った動きさえ視認できない、おそらくあまりにも速い、速すぎる攻撃。兵士たちが次々に地面に倒れる音が、遅れて耳に届いた。あの血飛沫の中を抜けてきたはずのクロノアは、不思議なことに一滴の返り血も浴びていない。
「なるほど、勘はいいようだな」
クロノアは僕とエネルに向けて、冷ややかに微笑んだ。その笑みが、より戦場を凍り付かせる。つい先程まで僕たちがいた場所の兵士たちは、既に血溜まりの中に倒れていた。
彼女は、やばい。やばすぎる。その恐ろしさは僕の想像を遥かに上回っていた。
「怯むな、仕留めよ!」
オルト騎士団長の号令が飛ぶ。勇敢な剣士たちがクロノアに向かっていき、魔術師たちは集団の束縛結界の準備を始める。今度のクロノアの動きは僕の目でも確認できた。その剣裁きは華麗で、舞うように複数の相手としばらく切り結ぶ。そして、クロノアは再び幻影のように揺らめき、まるで空間そのものが歪んだかのように、僕との距離を縮めた。同時に、彼女と剣を合わせていた剣士たち、束縛結界の準備をしていた魔道士たちは、先ほどと同じように皆血を流して地に倒れた。
「既に3分の1くらいは減らしたか。エリナの居場所を吐かせるには、まあ、2、3人残しておけばいいだろう」
「くそ……!」
僕は歯を食いしばり、恐怖と無力感に耐えていた。だが、ここにエリナを連れてこなかったのは正解だった。もし彼女がここにいれば、クロノアの剣は一瞬で彼女に届いていたはずだ。
ーー魔気弾ーー
エネルは苛立ちを押し殺し、魔力の弾を次々と放出して攻撃を仕掛けた。しかし、クロノアはまるで何の造作もないように、その攻撃をかわしていく。
「ちっ、当たる気がしねぇ!」
エネルの焦りが声に出ている。彼女のあまりに速く、精密な動きの前では、どんな攻撃も意味をなさない。
「このままじゃ、全員やられる……」
僕の思考は混乱し、焦燥感が心を圧し始めた。クロノアに対抗するための策を必死に考え、未来予知のシミュレーションをを繰り返し続けたが、彼女の動きが速すぎて、どうやっても有効な攻撃につながらない。時間を操るという彼女に、どうやって対抗すればいい?
目の前で次々と命が失われていく光景に、絶望が、じわじわと心を支配していく。僕は心に問い続ける『考えろ、考えろ……』答えはまだ見つからない。
クロノアの無敗な強さが表現できていたら幸いです。
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