3-4 イグナリス王国
イグナリス王国の中心街は、華やかな魔法と力強い武の調和が織りなす活気あふれる場所だ。その象徴ともいえる魔法塔がそびえ立つ中央通りでは、戦士や魔導士たちの力強いパフォーマンスが取り入れられたセールストークが、行き交う人々の目を楽しませている。市場では、魔法製品や武具が活発に売買され、どこを見ても賑わいが絶えない。派手な魔法仕掛けが施された剣や、煌びやかで目を引く鎧が高値で取引される一方で、シンプルな武具や実用的な魔法道具は目立たない。ここイグナリスでは、魔法も武器も『派手さ』が一番の価値基準なのだ。
「すごい……こんな元気な街、初めて見ました。まるでお祭りみたい!」
エリナが目を輝かせて言う。太陽の女神ソルへの敬虔な信仰を重んじる厳格なルミナス王国で育った彼女にとって、自由で華やかなこの雰囲気は新鮮に映るのだろう。
「今日はお祭りじゃないよ。ここはいつもこんな感じさ」
僕は少し得意げに答えた。
「俺の出身のグラディオン帝国じゃ、国力を強化するもの以外に力を入れるってことがねえからな。こういう楽しさは、正直羨ましいぜ」
エネルも少し感心したように呟く。
露店が立ち並ぶ一角に足を踏み入れると、香ばしい匂いと色鮮やかな商品が視界に飛び込んでくる。炎の魔法で焼かれているパン、カラフルなドリンクなどが並んでいる。
「シン、この果物、冷たくて美味しそう!」
エリナが指さしたのは、氷の魔法で冷やされている果物だった。
「試してみる?」
僕は果物を買って彼女に手渡した。
エリナは一口かじり、「美味しい!」と声を上げる。その無邪気な笑顔に、僕も自然と笑みがこぼれた。しかし、その平穏なやり取りは、突然の出来事で中断された。
「痛てっ!」
何かが僕の頭にぶつかった。見ると、それは小さなフリスビーのおもちゃだった。
「お兄ちゃん、ごめんなさい!」
まだ七、八歳くらいの子どもたちが駆け寄り、申し訳なさそうに頭を下げる。
「シン、俺の魔気弾は余裕で避けるくせに、こんなおもちゃには当たるのかよ」
エネルが不思議そうに首をかしげる。
「今はフォレスティアと念話で繋がってないからね。普段の僕はこんなもんだよ」
苦笑しながら答える。
フリスビーを拾い上げ、子供達に返そうとすると、エリナがしゃがみ込み、子どもたちの目線に合わせた。
「遊ぶときは周りをよく見ないと危ないよ。でも、ちゃんと謝れたのはすごく偉いね」
エリナの優しい声に、子どもたちは素直に頷きながら声を上げた。
「お姉ちゃん、すごく綺麗!」
「どこかのお姫様みたい!」
素直な子どもたちの言葉に、エリナは一瞬目を丸くしたが、すぐに優しく答えた。
「ありがとう。でも、私はどこにでもいるごく普通の人よ」
エリナの言葉に、僕は思わず苦笑する。残念ながらどう見ても彼女は『どこにでもいる人』に見えないし、その説明は逆に怪しい。
「そうだ、お詫びにいいものをあげるよ!」
子どもたちは何かを思いついたように顔を見合わせると、僕たちの手を引いていった。向かった先は細い路地裏。そこには、紙や布で華やかに飾られた小さな屋台がいくつも並んでいた。
「これ、僕たちが作ったお店なんだ!」
粘土で形作られた果物やお菓子、木片で作られた小さな剣やおもちゃが並ぶ手作りの「市場」。その細かい作り込みに思わず見入ってしまう。
「すごいね。これ、全部君たちが作ったの?」
エリナが感嘆の声を漏らすと、子どもたちは得意げに頷いた。
「お兄ちゃんたち、特別に一個ずつ選んでいいよ!」
そう言われ、僕たちはそれぞれ好きなものを選ぶことにした。
僕は粘土で作られた小さな本を手に取った。それには精巧に文字が彫られていて、その完成度に驚いた。
「すごいね、よくこんなに細かく作れたね」
僕が心から感心すると、子どもたちは嬉しそうに笑った。
エネルは木で作られた剣を手に取り、ふざけて構える。
「これは伝説の名剣じゃねえか! これなら、どんな敵でも一撃だな!」
子どもたちは笑いながら「それ、ただの飾りだから!」と元気よく突っ込んだ。
エリナは粘土で作られた花の模様のバッジを選んだ。その形はどこか桜の花に似ていた。
「これ、とても気に入ったわ。とても懐かしい感じがします」
僕たちは小さな買い物を終え、子どもたちにお礼を言って路地裏を後にした。エリナは選んだ花のバッジをそっと手のひらに載せ、大切そうに眺めている。その姿を見ていると、胸の奥が温かくなってくる。しかし、同時に、僕の中にはある決意が芽生える。
「エリナはもちろんこの街も、子どもたちも、絶対に守らなければならない。ソルディアス教団も、太陽の異常も、必ず解決しよう」
エネルが僕の横でさも当然かのように頷く。
「ああ、そうだ。そのために俺もここにいるんだ」
彼の言葉は短いながらも、力強い。僕たちは決意を胸に秘めながら、賑やかな街並みを抜け、イグナリス城へと向かった。
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