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高岡千里

高岡千里


美術部二年生

好きな色は夕焼け色

嫌いな色は夕焼け色

「私、先輩のことが好きです」


 放課後の美術室、私はためらいながら思いを告げた。オレンジ色の夕日が窓から差し込んで、憎らしいくらい大嫌いな彼の美しすぎる横顔を照らしていたことをよく覚えている。心臓が口からまろびでそうだった。全寮疾走の後の高鳴りと裏腹に私の口の中は潤っていて、その対比が何だかおかしくて笑ってしまいそうになったけれど。それ以上に、私は先輩の言葉を待っていた。


 高校に入学して時が経ち、私は田舎臭い山奥の小さな高校の何故だか少しだけ洒落たデザインの制服に身を包んで自堕落に日々を過ごしていた。何気なく、楽そうだからと選んだ美術部。元々絵を描くことは好きだったし、長い長い365日かける3を過ごすにはあの絵の具臭さと部員同士の緩い関係がベストだと踏んだ結果だった。しかしながら入部してみれば、定期的な展覧会や先生のお手伝い……というなの体の良いただ働きを強いられ、部員同士の女の裏の顔を見ることになったりと。こんなはずじゃなかったまでは思わない。けれども、平穏はそう簡単には訪れないらしかった。


 あぁ、あの日もそうだった。放課後、一人美術室で担任教師に頼まれたポスターを仕上げていた。きっと人数の少ない田舎の高校あるあるというもので、指先がクラスカラーの藍色に染まっていく様子を見て頼むから制服には染みついてくれるなと願いながら画用紙に絵筆を滑らせた時。きみは、


きみは


「ねぇ、それいいね」

「は?」


 きみは、ぜんぶ、壊したんだ。


 ふと不躾な声が頭の上から響いて、〆切にも追われて苛立っていた私は怪訝そうな声を隠しもせずに顔を上げた。そして、心臓を弓矢で射貫かれたように呼吸の方法を忘れてしまう。口の中がカラカラに乾いて、脚が震えて爪先が冷たくなる。落ちるのは一瞬の事。それはまるで、小さな女の子が人生で初めてためたお小遣いで雑貨屋さんで天然石のアクセサリーを買った時のような高揚感。夕日が黒髪を照らしていた。ぱっちりと憎らしいほど開いた二重の瞼がもったいないくらい細まって、わたしの描いた世界を指でなぞって「色合いが良いね」「世界観も好きだな」「一個下だよね? 語ろうよ」だと。誰? 黄色の名札。私の学年は青だから……先輩なのは間違いない。憎らしいくらい整った顔。ニッコリ笑う、知らない先輩。ねぇ、今だから言います。今だから、貴方が大嫌いだと心から叫べます。


 わたし、あの日。あの夕焼けのせいで。全部全部壊されて、全部全部騙されたのよ。


「あー、俺今恋愛する気ないから。ごめんね」

「……そうですか」


 あの日から、私たちはことあるごとに話すようになった。絵の事。日常の事。美味しかったもの。嬉しかったもの、楽しかったこと。それはまるで、恋人同士にでもなったように。メッセージアプリのIDなんかも交換しちゃって、私きっと浮かれていたんだ。かっこいい先輩。優しい先輩。高校生だった幼い私にそれはとても輝かしいフィルターとなって見えて、日を追うごとに……声を聞くたびに、世界がキラキラ輝いて見えて。先輩が好きだと言ってくれた絵をもっと好きになって、先輩が好きだと言っていたお菓子やジュースが大好きになった。先輩が好きだと言っていたから腰まであった髪を切ったし、スキンケアだってなれないものを使ってより荒れてしまったり無理な筋トレをして変な筋肉痛になったり。全部、全部。あなたの為でした。全部全部、あの一瞬の夕焼けに惑わされた私が馬鹿でした。あぁ、わたしって本当に馬鹿。周りからは沢山止められましたよ。「あいつは碌な奴じゃないからあいつだけはやめとけ」って、優しい二つ上の女の先輩にも言われましたよ。


 でも、でもね、それでも。好きだったんだ。


 あの日の夕焼けが忘れられなくて。


 あの日の優しさが忘れられなくて。


 恋なんて何度もしたのに。誰かを好きになってお付き合いしたこともあったのに。


 それでも、私は。あの夕焼けに、騙されていたかったんだ。


 告白はあっけなく終わった。今は誰かと付き合う気はない。それが、先輩の答えで。でも私はね、もっともっと馬鹿だったから。せめて思い出だけでもって体の関係を仄めかして、そして貴方がそれに乗り気になった瞬間に怖くなった。私がしたかったのはこんなこと? 私が欲しかったのは、こんな思い出? 


 (……ちがう、よぉ)


 少しずつ想いが、夢が覚めていく。少しずつ、魔法が解けて。少しずつ、あぁ、私は君に切られているんだと悟る。同時に時も流れて、気付けばあの美術室にはあなたの姿は無くなっていた。もう夕焼けに照らされたあなたの横顔に見惚れることもないのだろう。貴方はこの田舎を出て、都会の学校へ進学するらしい。卒業おめでとうございます。どうか、どうかそのまま。最低最悪、大嫌いな貴方よ御元気で。


「……あーあ」


 眼の奥が、溶けそうだ。立っているのもやっとのことで、視界がぼやけてまるで目薬を目いっぱい絞り出したみたい。嘘つき。私が好みじゃないから振ったんですよね。嘘つき。好きな人がいること、なんとなく察してましたよ。……貴方の好きは、わたしじゃない。そんな簡単なことが、こんなにも。


オレンジ色の貴方。今は、桜色の貴方。


大嫌いで、大好きでした。






「……え? 先輩たちが、お付き合い……同棲も? ……なーんだ」


 やめとけって、言ったじゃん。あなたが。

 なんだ、なんだ。みんな、嘘つきか。

 ……合コンでも、行こっかなぁ。


 

ちまちまこういう短編を上げていこうかな。

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