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望んだ転生

 生きることに飽きてしまった。人生はクソゲーなんて言葉があるが僕はそれが間違った言葉だとは思わない。実際僕もそれを実感してしまうことが多い。その意見の大抵は思い通りにならないことがあるとか、生きづらい要因があるとかそんなところだろう。

 でも僕の理由は少し違う。例えるなら味のなくなったガムを噛み続けるのではなく、つまらないゲームをやり続ける感覚に近い。人生がクソゲーなのは思い通りにいかないことが多いからじゃなく、気軽にやめられないのが一番のクソな部分だと僕は思う。自分で言うのもなんだが僕は飽き性な方だ。やろうと決めた目標もまともに続けられたことがない。一度読み始めた本を途中でやめてしまうことだってあるし、エンディングを迎えられたゲームだって片手で数えられる程しかない。だからこうして人生に飽きてしまうのも仕方のないことだと思う。もし人生がゲームだったら、とっくにやめて別のソフトを始めていることだろう。

 でもそれはできない。自分から人生をやめるということ、それはつまり自殺だ。何度もやめようとした。でもその度に手が震えて、恐怖を前に力が抜けてしまう。ただ飽きたからという理由は僕の背中を押すには足りなかったのだ。だからこそ僕は求めていた。強制的な最期、理不尽な終わりを。

 それが訪れたのは高校二年の夏。その頃の僕は平凡な一学生、飯田一翔だった。何てことはないいつも通りの日常。強いて挙げるとするなら夏休み直前だったということくらいか。終業式も終わり、あとは下校するだけ。そのはずだった。

 校門を出て帰路につく。いつもと変わらない一人っきりの帰り道。周りにはこの後の行き先や夏休みの予定などの会話に花を咲かせる学生たちが溢れている。スマホを片手にゲームのアプデ内容を流し見しながら人の波を抜けていく。しばらく行って大通りまで出ると学生は散り散りになっていく。ふと二人の女子高生が目についた。クラスメイトの佐城茜さんと葛葉祐莉さんだ。スマホから顔を上げたら前を歩いていた彼女たちがたまたま目に入った。それだけのはずだったのが、何か嫌な予感がして二人から目を離せなくなっていた。

 突然、建物の間から一匹の黒猫が車道に飛び出した。向こうからは黒猫に向かって直進するバスが迫っている。今から走り出せばギリギリ間に合うだろうか。だが車道に飛び込むのはさすがに危険すぎる。しかしこうして考えている間にもドンドンとバスは迫ってくる。

「危ない!」

 そう叫んだのはさっきまで僕の前を歩いていた佐城さんだった。見ると葛葉さんがカバンを放り投げ車道に飛び込んでいる。彼女はそのまま両手を前に差し出し、素知らぬ顔で歩く猫を抱きかかえた。見事な着地だ。しかし飛び出したのは車線のど真ん中。バスはもうすぐ目の前まで来ていた。

「きゃああああ!」

 悲鳴が響いた。気付くと僕は葛葉さんの服を掴み歩道側に引き倒した。次の瞬間、体に強い衝撃が走る。背中からの頭とつま先を激痛が貫き、十数メートル吹き飛ばされた。宙を舞った体が地面に叩きつけられる。不思議と痛みは感じない。たぶん頭を強く打ったせいだろう。代わりに意識が混濁し、視界が歪む。耳に届く音もぼんやりと反響している。葛葉さんは助かっただろうか。確認のために体を起こそうとするが全く力が入らない。それどころか力と共に意識も段々と遠くなっていく。血の気も引き体温も低くなっている気がする。眠気に似た、しかしもっと恐ろしい感覚。これが死という感覚なのだろう。怖気付いて踏み出せなかった向こう側。こうして感じると後悔や未練というものが走馬灯のように溢れてくるが、それも霞の様に消えていく。プツンと糸が切れるように僕は意識を手放した。


 気が付くと僕は知らない場所にいた。いや、知らないというよりは何もない場所だ。宇宙空間のように暗く光の一つもない正に虚空といった場所。体を起こそうとするが、別に寝ているというわけではない。というか体がない。意識と感覚だけが宙に浮いている不思議な感覚だ。急にズキンと頭に痛みが走った。頭ないけど。痛みで思考がはっきりとしてきた。

 そういえば僕は死んだのだった。今考えればなぜあの時飛び込んだのかとわからなくなる。死を望んでいたと言えばそうだ。ならこの状況も望むところと言えばそうである。だからあれは咄嗟に守ろうとした、というよりも目の前に現れたまたとないチャンスに突撃したという方が近いのかもしれない。助けるだけなら飛び出る必要はなかった。死んでもかまわない、死んでみたいという感情が強くなっていた。なんと言われようと自己中な考えからの行動だ。さすがに少し罪悪感がある。もし葛葉さんが助かっていたなら、自分のせいで死なせてしまったと心に傷を負わせたかもしれない。今後は行動を改めるとしよう。今度、今度か。そんなものがあればの話だが。

 そもそもここはどこだろう。死後の世界というやつだろうか。僕の考えで行くならちょうどゲームソフトを抜いたホーム画面というものになるのだろう。となれば次のソフトを入れれば……。見回してもそんなものはどこにもない。これ、完全に詰んでるんじゃ……。

 突然肌に何かが触れる感覚がする。背中と腰、まるで抱きかかえられているような感覚だ。それどころか虚空を漂っていたように感じていたものが液体、水の中に浮かんでいるような感覚に変わる。それと同時に虚空の中に揺らめく光源が現れ、段々と大きくなっていく。抱えられる手によって水中から引き上げられると同時に視界は光に包まれた。

 

 甘いバターのような匂いが鼻をくすぐる。混濁していた五感が分かれていく。光に目が慣れ、段々と景色がはっきりとしてきた。先ほどまでの何もない空間とは違う。窓から差し込む陽光。白を基調とした洋風の一室。そして僕を抱える大きな女性。年は二十代ほどに見える。白銀色の髪と翡翠色の瞳と特徴的なのは髪の間から伸びる長い耳。まさにアニメなどで見るエルフといった感じだ。抱きかかえられた僕の体には彼女の大きな胸が押し当てられている。

「――、――――、――――」

 その女性は優しい笑みを浮かべながら僕の顔を覗き込み、日本語ではない聞き覚えのない言語で僕に語り掛けてくる。意味はまったく理解できないが声音からなんとなく自分があやされているのはわかった。赤ちゃんプレイをされているようで少し気恥ずかしい。

 僕は魔の前の羞恥から目を逸らしながら、見慣れない彼女の長い耳に手を伸ばす。それはただ純粋な好奇心からだった。その時、自分の小さな手が目に入る。まるで赤子のような、いや赤子そのものと言える短い腕と小さな両手だ。な、なんだこれ。

 ふと部屋の壁に立て掛けてあった鏡に目を奪われた。そこに映るのは僕を抱える白銀のエルフと抱えられる僕だった。小さく幼い、赤ちゃんの僕だった。

 な、なんじゃこりゃああああああ!

「おぎゃああ、おぎゃああ!」

 聞き慣れない幼い泣き声。甲高い赤子の声が部屋中に響き渡る。しかしそれは間違いなく僕の口から発せられたものだった。


 ゆさゆさと体を揺さぶられるうちに、いつの間にか僕の動揺は消えていた。状況を整理しよう。バスに轢かれ、謎の空間にいたかと思ったら次の瞬間赤ちゃんになっていた。これはあれか、いわゆる異世界転生というやつなのだろう。異世界転生といえば超常的な存在からチート能力付与云々というのがお約束という認識があったのだが……生憎とそんなものが手に入っている感じはしない。少し残念だ。

 落ち着いて周囲を確認するといろいろと見えてくるものがある。まずこのエルフの女性。純白のエプロンと簡素にまとまったロングスカートのメイド服。部屋も清潔に保たれ、豪華な調度品で彩られている。ここから僕がある一定の地位の家に生まれたのだろうとわかる。そしてもう一つ。少し目を凝らして見つめると彼女たちの体から立ち上る淡いオーラのようなものが見える。それは僕の体からも同様に出ていた。これは一体……?

 考え事を遮るように部屋の扉が開きもう一人のメイドが入ってくる。今度は丸くまとめられた髪に眼鏡をかけた切れ目ないかにも厳格そうなメイドさんだ。

「――――、――」

「――――――、――――」

 二人は何かのやり取りをしている様だがやはり聞き取れない。いずれにせよ現状とこの世界のこと、そして僕の体に起こっている不思議について知るには言語の壁が厄介だ。僕は彼女たちの表情と彼女たちの言葉を聞き取ることに集中した。


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