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プロローグ

 髪を抜ける風、揺れる外套、月明かりが照らす石造りの街並み。立ち並ぶそれらは田舎貴族出身の僕に少し圧迫感を感じさせる。あの頃の溢れる自然と解放感が懐かしい。商店街にはまだ明かりが灯り、そこかしこから談笑の賑やかな声が聞こえる。あちこちにある街路灯の明かりは夜闇を明かすには足りず暗い。顔を隠すまでもなく、僕の黒髪ならば紛れることが出来るだろう。楽しそうな人々には目もくれず、ただ一人目的地へと向かう。聖堂の先三本目の十字路を超えたところにある酒場、もとい盗賊団のアジトが今回の仕事場だ。

「アル君、顔とか隠さなくて本当に大丈夫? それこそマスクか、せめてフードくらい被った方がいいんじゃないの?」

「いいよ、どうせこの暗さなら顔なんてわかんないでしょ。それに変に隠すようなことしたら逆に怪しいしね。それよりも……」

 首筋に吸い付きながら話しかけてくる小さな赤いスライム。血液のようなプルプルと揺れる魔物。首筋から魔力を吸い上げ続けるその生き物に不満げな視線を向ける。

「ねぇコア、できればこれから戦うって時くらいは魔力吸い上げるのやめてくれないかな? しかも結構な量吸ってるし。もうすぐ半分切りそうなんだけど」

「一割でも残ってたら国崩しできそうな君が良く言うよ。なんか大丈夫そうだしもうちょい強く吸うね」

 吸い上げが強くなった。とんでもない勢いで魔力がなくなっていくのを感じる。もってあと二時間というところだろうか。早く用事を済ませないと解決前にこちらが干物になってしまう。さっさと終わらせて帰ろう。道端で倒れるよりは、まだコアの上で眠る方がマシだ。瞬間、視界の端で屋根の上を通り過ぎていく二つの影を捉える。

「クロとイライザ、もうひとつ目を落としたのか。相変わらず仕事が早いな」

「今日のクロちゃん妙に張り切ってたし、イラちゃんが振り回されてるのが目に浮かぶよ」

 クロとイライザに任せた拠点は全部で三つ。このままだとアジト一つの制圧が目標の僕たちよりも早く終わるかもしれない。

 商店街を抜けて聖堂を超えると人の数が極端に少なくなる。このあたりをうろついているのは社会からあぶれたならず者と行き場を失った貧民たちだ。そのため事情を知る住民たちはこちら側に近付くことはまずない。三本目の十字路、それを超えた先に見えてくる三本の交差した槍が特徴の看板。二本の鎖で吊り下げられていたのであろうその小さな看板は、今やその片方が切れており風に煽られぶらぶらと揺れている。

「ここか、酒場『三本の槍』。ならず者の溜まり場って聞いてたけど……」

 中は早くも明かりが消えており、賑やかな街の中で異質な雰囲気を漂わせている。この辺りは人気が少ないため、隠れる必要もないだろう。少し強引だが突入するとしよう。早くしないと干物になってしまう。

「コア、お願い」

 コアは手の平サイズの水玉から噴き出すスライムと共に膨張する。宙を舞う赤いスライムは魔術に操られた血液の様に波打ち一点に収束していく。靴底に集まっていくスライムを鋭い杭に変形。成型の完了と同時にスライムは硬化し、その姿は鋼鉄のパイルバンカーの様である。反動をつけ力任せな蹴りで木製のドアを破壊する。ドアは中央からブチ抜かれあっけなく崩壊してしまう。思いの外木のドアというものは脆いらしい。勢いあまって前向きに転びそうになってしまった。

「一回やってみたかったんだけど、案外あっけないね」

 着地と同時に杭から魔力を抜く。杭は流体になり、再び肩で手のひらくらいのスライムに戻る。酒場の中は予想に反して誰一人としていなかった。

「てっきり中で仲良くおしゃべりしてるものだと思ったけど、違ったか。まぁでもこういうのにはお約束ってのがあるよね。『ロケート・オン』」

 目に緑の光が宿り球形の波動が放たれる。探索魔術。自分から一定範囲内の物や生物の配置、行動、構造物の把握などができる便利魔術である。波動は壁や物をすり抜けて酒場を覆うように広がっていく。

「やっぱり、そこの下だね」

 カウンターの下、床下物置に偽装された扉の先は地下に続く階段になっていた。店内に明かりは全くない。だが探索魔術を使えば暗闇であろうと余り関係ない。階段の先は小部屋になっており、何人かが円になって話し合っている様だ。

「ひーふーみー、全部で八人か」

「それくらいなら余裕だね。私が全部やってあげようか? その方が早そうだし」

「それをやっちゃったら僕の活躍の場がないでしょ。ちょっと自重して」

 露骨に落ち込むコア。なんとなく吸い上げる魔力の量も減っている気がする。それはそれでありがたいのだが……役立たず扱いされたと思ったのだろうか。それなら拗ねる対処した方がいいな。あとが怖い。

「じゃあ分かった。半分はお願いしていいか?」

「え、うん!」

 パァッという効果音と共に顔が晴れ、満面の笑みを浮かぶ。そんなにうれしかったのか。

「とりあえず入り口近くの二人は僕がやるよ。他の足止め頼める?」

「あいあいさー!」

 コアを右手で握りしめ魔力を籠めていく。棒状に伸びたスライムがブルブルと震え変形の準備を始める。

「いくよ、コア」

 ゆっくりと息を吸う。姿勢を低く、両手を地面に付き両足に魔力を収束させていく。風の魔術式を両足に展開し、踏み込みと同時に発動する。

「ウィンドブーツ」

 立っていた石階段は砕け散り、滑るように加速する。最短距離での肉薄。震えていたコアを両手剣に変形させて硬質化し、入り口近くの二人をぶった斬る。大量の血が噴き出すと同時に腰から真っ二つになった胴体が宙を舞う。

「な、何者だ!」

 気付いた彼らは咄嗟に武器に手をかける。さすがの反応速度だ、素人ではない。しかしそれでも一歩遅かった。両手剣は柄から崩壊し、溢れるスライムの濁流に変化する。押し流すように部屋の床中を埋め尽くしていく。さらにスライムは地面から賊の武器に絡み付き、鞘から抜くことを遮った。

「左の三人頼んだ」

「りょーかい!」

 地面から伸びたコアの一部を分離してナイフに変形させる。地面に広がったスライムは踏みしめると同時に表面が硬化し、強い弾力によって加速を手助けする。相手の準備が整うよりも早く。構えられた剣を掻い潜り、素早く距離を詰め喉笛を引き裂く。噴き出す血を躱しながらナイフの刀身を引き延ばし、もう一人の首を刎ね飛ばした。壁一面にへばり付いた血を背に一息ついて、コアに任せた者たちの方を見る。地面から伸びたスライムの槍が三人の男の体を貫き持ち上げている。しばらくすると痛みに悶えていた男たちの体から力が抜けだらりと垂れ下がる。それを確認すると槍の硬化が解け、死体はバタバタと地面に投げ出された。

「お、アル君の方も終わった? あと一人だけど半分は私がやっちゃっていいんだったよね。それとも尋問とかする?」

 地面を覆っていたスライムは白銀色の核を中心にして巻き上げられ膝から腰、胸、頭と人の形をとっていく。頭からは赤いスライムが牡丹の花の様に開き、長い髪を形作っていく。それは少女の姿。二メートル近い体躯を持ち、透き通った赤い肌を持つ少女。血を塗り固めたような鮮やかな赤い肌は飴のような光沢を放っている。この変身は何度見ても見入ってしまう。

 最後の一人となった男は触手に縛り上げられ、もがいてはいるが暴れるほどに触手が強く絡み付きやがて完全に動かなくなった。

「俺たちをやったところで無駄だ。街にはまだまだ仲間が……」

 男が言いかけたところで階段を下りる二人の足音が室内に響く。

「ごっしゅじーーーーーーーーん!」

 入り口の方に振り返ると同時に暗闇から人影が襲い掛かってきた。いや、跳び掛かってきたの方が正しいかもしれない。僕のお腹と彼女の胸の間で二つの大きな果実が柔らかく圧し潰される感覚を鮮明に感じる。僕が尻もちを付きかけたところでコアが地面に体の一部を挟んでクッションになってくれた。いらない情報を排除するために探索魔術の範囲を室内に限定していたのが裏目に出た。犯人はケモ耳をパタパタと跳ねさせ尻尾をブンブンと大きく振っている。無防備に僕に体を預け、撫でて欲しそうに輝いた目をこちらに向けてくる。これは撫でるまでどいてくれないだろう。お腹に当たる温かく柔らかい感触に意識を集中させながら少し綺麗な黒髪に指を通してやる。クロは嬉しそうに目を伏せ、さらに尻尾を激しく振る。

「クロ、そこまでにしておきなさい。主様が困っておられますよ」

 冷ややかな声と視線をクロに向けながら金髪の少女が入ってくる。手首に巻いたブレスレットから飛び出した紫に光る鎖がクロの首輪に繋がり、それを引っ張って無理やりに僕から引き剥がす。クロは不満そうに頬を膨らましてその場に座り込む。僕としてももう少し味わっていたかったが帰るまでお預けだな。

「お任せいただいた拠点は潰してまいりました。といってもほとんどクロが暴れ回っていただけなのですが」

「そうなの! ご主人、すごいでしょ!」

 クロはフンスっと胸を張っている。その様子だけでイライザがどれだけの苦労をしたかがわかる。あとで甘い物でも買ってやろう。そういえば……。

「イライザ、何でここに来たんだ? 先に戻っててもよかったのに」

「必要なものを届けに参りました。交渉材料になればと、主様への成果報告も兼ねて」

 イライザは虚空に裂け目を作り、そこからボトボトと三つの塊を落とす。出てきたものに僕は少し顔をしかめてしまう。捕えていた男に関しては怯えを通り越して完全に青くなってしまっている。

「これ、各拠点のボスの首、だよね。でも一つ足りない?」

 任せた拠点は全部で四つ。これがそれぞれのボスの首であるなら一つ足りないことになる。

「はい、斬り飛ばした首を持って参りました。引き出せるだけの情報を吐かせようとしたのですが、うち一人がお前らの好きにされるくらいなら、と爆破魔法で自爆してしまったのです。幸いクロが盾になってくれたので私たちは傷一つありませんでした」

 なるほど、要約すると脅して吐かせて刎ねた。そういうことだろう。自分の部下ながらさすがに引くほど外道である。教育方針を間違えたかもしれない。まぁ説教は後にするとして、折角の脅迫材料ならば使わないのはもったいない。

「お、お前ら何なんだよ! なんで俺たちにここまでする!」

「なんでっていうのは自分が一番わかってるだろ。僕たちは別に依頼を受けてるわけじゃない。目に余った、それだけだよ」

 人身売買に誘拐、人体実験などなど。黒いうわさが尽きないやつらだった。無視してもよかったがそれは主義に反する。手が届く範囲ならできる限り救いたい。

「それと名前だったね。どうせ最期だし教えておいてあげるよ。アルフェルトオールバーン、ただの理想家だ」

 綺麗事、偽善者、叶いもしない理想論を追い求める者。僕はそういう意味で自分を理想家と称する。この世界に来て、力を持った自分にできる最低限の正義を成す。決して世界に轟かない僕の名前。こうして名乗ると改めて思い出す。この世界に来たあの時のことを。


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