7.神話
お祖父様の後方を歩きながら、自身の魔力について考える。
(15歳の時に魔力が発現して入学した訳だし、封印自体は完全なものではないはず)
封印が年齢と共に徐々に弱まっていくのか、それとも別の解除条件があるのかは分からない。
メインストーリーでは、アデルの入学以前について詳細に描かれていなかったのだ。
(お祖父様は嘘をついていないと思う。だから、やっぱり今魔力に頼るのは無理なんだろうな)
そう、結論づけた時だった。
「お嬢様、封印って何ですか?」
「あ、ジャン」
「……俺が居るの、完全に忘れてましたね?」
その通りなので目を逸らす。
(というか、ジャンもしっかり気配殺してたよね⁉︎暗殺者としての才能を、ばっちり発揮してたでしょ……!)
「……俺には言えませんか」
「いや、その……」
ーー何故、私は今、浮気がバレた夫のような気持ちになっているのだろうか。
……正直、ゲームの記憶について、親しい人になら教えてもいいかな、と思っていた。でも、告げようとすると私の血が騒ぐのだ。それは駄目だと。よくない結末を引き寄せると。
「……言えない、ごめん」
ジャンの瞳が、不愉快そうに細められる。信用されていないと思ったのかもしれない。
(待って、それは違う!)
短い付き合いだが、ジャンは意外と面倒見がよく、ゲームと同じで私にとっては兄のような存在だった。
人を殺していた過去はあるが、それは享楽のためではない。罪として償うべきであるが、私自身が何かをされた訳でもないのに、そのことに言及するのはお門違いだと思っている。
私は咄嗟に、ジャンの手をぎゅっと握った。
「っ、言えない、けど!!私、ジャンのことは信頼してるから!大切な家族だと思ってるよ!ジャンの過去とか、一切どうでもいいから!」
「いやそれ、俺の過去を知ってるって言ってるようなもんでしょ」
「うっ!」
(あああ!口が滑った!さっきまで考えてたから混ざっちゃったのかも……!?)
ーーやってしまった。
前世のことは伝えていないにしろ、先程の発言は不適切だった。何故、私が知り得ないはずの過去を把握しているのかと、追及されるに決まっている。
どう誤魔化そうかと必死に考えるが、予想に反してジャンは何も聞いてこなかった。
「……まあ、良いですよ。全部知っててそれでも信頼してるなんて言う、お人好しなお嬢様に免じて許してあげます」
そう言って、穏やかに微笑んだのだ。
「っ、ありがとう!」
どうやら許してもらえたようで胸を撫で下ろす。何故だか詳しく聞かないでくれたのも助かった。
私がホッとしている間に、ジャンはまた無表情に戻ってしまう。更には、私をジト目で見つめてから小声で呟いた。
「お嬢様ってちょっと頭が悪いですよね」
「聞こえてるからね!?何でそんなこと言うかなあ!?」
毒舌従者め、と心の中で悪態をつく。でも、そういうところも含めてファンが多いんだろうな。
私達が仲直り?すると、お祖父様がこちらを振り返った。
「アデル、あと、ジャンだったかの。話が終わったんじゃったら、こっちへおいで」
「はい、お祖父様!」
いつの間にか、庭園の中に佇む白のガーデニングテーブルとチェアーが目の前にあった。
ジャンと話している間に、お祖父様の目的地に着いたのだろう。
「こんなに良い天気じゃし、今日はこのまま庭で勉強するのが良いじゃろう。教本での勉強はまた明日から始めるとして、まずはこの国の歴史から教えようかの」
どうやら、お祖父様は私達が疲れないように、椅子のある場所まで導いてくれたようだ。
お祖父様の意見に賛成して、渋るジャンを無理矢理椅子に座らせた後、私も椅子に腰掛けた。
お祖父様は軽く咳払いをして、私達に語りかける。
「昔、昔……この世界は、暗闇に包まれておった」
◆◆◆
昔、昔、この世界は暗闇に包まれていた。闇属性の魔法を司る、『魔王』と呼ばれる存在が、この世界を支配していた。
大気は淀み、草木は枯れ、辺りには人間の躯が積み重なっている。そんな世界だった。
しかし、世界の滅亡を憂いた『女神』が、自身の眷属である『精霊』に、人間達に力を貸すよう促した時から、戦況は変わる。
『精霊』に力を分け与えられた人間達は、魔法と呼ばれる御業を使って、『魔王』に対抗するため戦った。
死闘の末、『魔王』の力を弱めることはできたが、『魔王』は完全に消滅しない。
再び押され始めた人間達を見て、『女神』は自ら受肉し、『聖女』として『魔王』と対峙する。
『魔王』を『石』に変えることに成功したが、『聖女』も『魔王』に致命傷を負わされ、程なくして死亡する。
世界は平和を取り戻し、人間達は、『精霊』と力を合わせて国を造り、『女神』を崇める教会を建てた。
やがて『精霊』も姿を消し、魔法を使える人間も少なくなっていく。
再び『魔王』のような存在が現れることを恐れた人間達は、世界中から魔法使いを集め、空の孤島に、魔法を学ぶ学園をつくった。
これが、今も続く女神信仰と、魔法学園の祖であると言われている。
◆◆◆
「へえ、そんな神話があったんですね」
ジャンにしては珍しく、心から感心したように呟いた。
意外にも、ジャンはお祖父様の話を真面目に聞いていた。幼子なら誰もが知っている神話でも、ジャンにとっては新鮮だったのだろう。
(ジャン……。これからはいっぱい好きなことを学んで、人生を楽しんでほしいな)
素直なジャンに、お祖父様も満足そうに笑っている。私はそんな2人を横目に、ふと考える。
(そう言えば、女神信仰の名前って何だったっけ)
ああ、そうだ。
ーーその宗教は、『アーデルハイト教』と呼ばれていた。