42.従者と夢II
「これは、魔力……?君、魔法使いだったのか?」
私の背を支える手が、僅かに震えている。
(私……封印が解けたの……?)
恩人の言葉に答えたいが、声が出せない。
初めて魔力を放出したせいだろうか。途方もない疲労感が私を襲っていた。
「ーーなんて魔力だ。僕と同じくらい……いや、それ以上……?」
彼が、ぽつりと呟いた。
確かに、感覚を研ぎ澄ませてみれば、私の呪文を介して漏れ出た魔力が、王都中に伝わっていくのが分かる。
(初めてだからかな。封印が解けた時みたいな、すごい力だ……)
魔法媒体を介していないので十中八九失敗だろうが、それでも、あれほど待ち侘びていた私の魔力だ。
本来なら飛び跳ねて喜びたいところだけど、私は段々と限界が近づいていた。
「も、無理……」
そう呟いて、体の力を抜く。
彼は慌てたように私に声をかけた。
「はっ?ちょ、君、また気絶するのか……!?」
「おやすみ、なさい……」
「おやすみ……って、ちょっと待て!!」
不思議と安心する彼の腕の中で、私はゆっくりと瞼を閉じる。
(ーーあ、でも。これだけは言っておかないと)
心の中の『私』が、彼に向けて宣言する。
「ーー私、諦めないから。貴方を、絶対に幸せにしてみせる」
「!」
彼が、身を固くした。
何を言っているのかと、私をまじまじと見つめている気がする。
「僕を、幸せに……?」
ーーできるわけないだろ、という彼の言葉は、宙に溶けて泡のように消えていった。
◇◇◇
「ーーアデル!!」
「母様……?」
私は、目を覚ますと王都の病院に居た。
母に抱きしめられながら辺りを見渡すと、父やお祖父様、叔父様にクリス、リステアード殿下に、王都を怖がっていたハンナも居て、全員で私が眠っていたベッドを取り囲んでいた。
みんなの声がはっきり聞こえるので、どうやら魔法は解除してもらえたらしい。
「ーーえ、私、1週間も眠っていたの?」
(でも不思議、まだ眠たいや)
私がみんなの話をぼんやりと聞いていた。
どうやらここは、王都の魔法医院らしい。
(私、気絶する前に何をしてたんだっけ……?魔力が発現したのは覚えてるけど……。その後直ぐ寝ちゃったような?)
彼が、私をここまで運んでくれたのだろうか。
心臓が痛いと言っていたのに、申し訳ないことをした。いつか再会した時には、今度こそお礼をしなければ。
「ーーアリシア様、申し訳ございません!私が、最後まで宿に送り届けていれば……っ!」
「クリスティーナさん、顔を上げてちょうだい。貴女は悪くないわ。悪いのは、アデル達を狙った奴等よ。それをはき違えてはだめ」
「アデル、ごめ、なさっ、私……!」
私は泣きじゃくるクリスの背中をさすった。
「母様の言う通り、クリスは何も悪くないよ。そもそも私が、反対方向だからって断ったんだもん」
私はそう言いながらも、段々と胸の奥がざわめいていくのを感じた。
嫌な予感がしてきて、母に問いかける。
「母様、ジャンは……?ジャンは生きてるんですよね!?」
私の言葉に、病室が静まり返った。
(っ、何で……!?まさかーー!)
「母様!」
父が一歩前に出たが、母が諦めたように首を振った。
私を見つめ、緊張した面持ちで告げる。
「ーー病院に運び込まれた時点では、ほぼ助からないと言われていたらしいけれど、どうにか持ち直したみたい。お医者様は奇跡だと仰っていたわ。突然、王都を強力な光属性の魔法が包み込んで……手の施しようのなかった傷が、たちまち治ったらしいの」
「良かっ……」
「ーーでもね、アデル。ジャンはーー」
続く母の言葉は、私を絶望の淵に突き落とした。
(そん、な……!っ、ジャン……!)
私はみんなの静止を振り切り、勢いよく病室を飛び出した。
◇◇◇
「ーージャン!どうして!?」
「お嬢様……」
病院のスタッフに無理を言って病室を聞き出してから少しして。
私は事の審議を問いただすため、ジャンの病室に乱入した。
ジャンはベッドに横たわっていたものの、目立った外傷はなくちゃんと生きていた。私は安堵し、その場にへたり込む。
(あんなに傷だらけだったのに、治ってる……!良かった……!)
ジャンは軽く身を起こし、私を見て苦笑した。
「駄目ですよ、そんなところで座りこんでは……」
「っ、ジャンこそ!どういうつもりなの!?」
「お嬢様、病室ではお静かにーー」
「何で、従者を辞めるなんて……!」
ジャンは、静かに目を伏せた。
長いまつ毛が、ジャンの瞳に陰りを落とす。
「……俺は、お嬢様を危険に晒しました。元々身元が不詳の身です。貴女にお仕えするのに相応しくない」
「そんなことない……!ジャンは何も悪くないよ!悪いのはあの人たちで、っ、だからーー!」
「いいえ、お嬢様。誰に何と言われようと、今回のことは全て俺の責任です。俺は、伯爵家から出て行きます」
ジャンが、私の言葉を遮るように言葉を重ねた。
有無を言わさない強い声音に、私はびくりと肩を揺らす。
「そんな……!」
ジャンの意思は固く、私が何を言っても揺らがないのは明らかだった。
ジャンは穏やかな微笑を浮かべながら、私を手招く。
「ーーお嬢様、こちらに来てください」
「?何……?」
ジャンが、懐から見覚えのあるダガーを取り出した。
入院した時にも忍ばせているなんて、余程大事にしているのだろうか。
「ーーお嬢様はかつて、俺に夢はあるかと聞きましたね」
「うん」
確かに言った。
あれは、私が5歳の時で、ジャンは10歳の時だったと思う。
私がジャンに夢はあるかと尋ねて、ジャンは答えられなかった。
そして、10年経った今でも、夢は見つかっていないと言っていた気がする。
(それが……どうかしたの?)
「ーー夢を、見つけました。この歳になってからでは、もう遅いかもしれませんが」
「え……!お、おめでとう!歳なんて関係ないよ!いや、職種にはよるかもしれないけどーー」
一体どんな夢なのか聞こうとして、私はジャンの澄んだ眼差しに息を呑んだ。
「ーー俺は、騎士になります」
「!」
そう言ってジャンは、私に捧げるようにダガーを持ち直した。
「魔法騎士団に入って、今まで人を殺した分、それよりも多くの人々を救います。ーーそれが、俺の見つけた夢です」
薄々燻っていた思いが、今回の事件で大きくなったのだとジャンは語る。
(ジャンが、騎士……!)
ーーそっか。夢を、見つけることができたんだ。
ゲームのストーリーとは異なるが、私はその夢を、心から応援したいと思った。
(でも、そうだね……。騎士になるなら、どの道伯爵家は卒業だ……)
少し、いやかなり寂しいが、ここで駄々をこねてはいけないのは流石に分かる。
「これからは騎士として、王家に忠誠を誓うことになると思いますが。ーーこの剣は、生涯貴女だけに捧げます。……受け取ってください」
私は、震える指でそっと剣に触れた。
涙を堪えて笑おうとしたのだが、うまくできない。
「……何だか、プロポーズみたいだね!」
「ーーやめてください。そういうのじゃないです。俺に失礼です」
「え!?」
その後。
私は病室に戻ってみんなから散々怒られた。
結局、私とジャンは魔法学園入学ギリギリまで入院することが決まり、長い期間をベッドの上で過ごすことになった。もっと王都で遊ぶ予定だったのに、残念だ。
両親とは色々な話をした。
2人も責任を感じる必要はないとジャンを引き留めたらしいのだが、騎士になるという夢を聞いて、辞表を受け入れることにしたのだという。
クリスは、「それなら、リステアードと仲良くしておいた方がいいわ!」と言って半ば無理矢理リステアード殿下とジャンを二人きりにしていた。
リステアード殿下とお祖父様は何やら忙しくしていたけど、多分これを機に暗殺者ギルドを解体するべく動いているんだと思う。
叔父様はこっそり高級なフルーツを枕元に置いて行ってくれた。
……ハンナが、メイナードさんに自分に拷問を変われと脅していたらしいのだがそれは聞かなかったことにしておこう。
そして、そういえば、と、私が魔力が発現したことを告げた途端、病室は大騒ぎになった。
みんなはそれを早く言えと怒りながらも、沢山のお祝いの品を持ってきてくれた。
ーーきっと、未来は良い方向に向かっている。
私は、そう信じてそっと目を閉じた。
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