41.待ち望んでいたもの
◇◇◇
ーー声が、聞こえる。
「ーーだからさ、僕は僕で忙しいんだって何度も言ってるだろ。ワインは届けてやるから、そっちは君の方で処理しておいてよ」
「無茶言うなって!……というか、もうワインどころじゃない!突然あの『帷』が現れて、今騎士団は大騒ぎだ!」
私は微睡の中で、その会話を聞いていた。
(誰かが言い争ってる……?わ。しかもこれ、めちゃくちゃ魔力を消費する、あのコスパの悪い魔法だ)
遠隔通話の魔法は、立体映像を創り出すことで、相手の顔を見ながらリアルタイムで会話をすることができる。
前世で言うところの、ビデオ通話のようなものだ。
非属性型魔法ではあるが、魔力を膨大に消費するため使用者は少ない。常日頃から結界の維持に大幅な魔力を費やしているお祖父様も、好んでは使いたがらなかった。
私がぼんやりと考え込む間にも、見知らぬ彼らの会話は続いていく。
「今日こそ、仮眠くらいはできると思ったのに……!!」
「……」
「おいこら元凶。目を逸らすな」
2人はどうやら、気心の知れた仲のようだ。
(楽しそうに話してる声は聞こえるけど……。駄目だ、また何も考えられなくなってきた……)
聞き覚えがあるような、ないような。
何かがひっかかり、眠気に抗って耳を澄まそうとするも、ノイズが邪魔で上手く聞き取ることができない。
「……ところで、本当にお前の名前は出さなくていいんだな?」
「勿論。『あいつら』に見つかったら面倒だからね」
「ま、それもそうだな。……よし、もう色々諦めた!今日は徹夜で尋問だ!!」
「うわぁ、可哀想……」
(……やで……もん?何て言ってるの?)
「ーーあ、騎士団に寄るなら絶対に裏門から入って来いよ。お前もまだ仕事が残ってるんだろ?正門からだと、確実に事情聴取されるからな」
「分かった。じゃあ、また後で」
「おう。ーーまたな、オルフェウス!」
(ーー?)
今、何か大事なことを聞いたような気がした。
しかし、同時に私の眠気もピークに達する。
(ああ、私の馬鹿。何でこんな時に、眠っちゃうの……)
◇◇◇
「ーーあ、起きた?」
「〜っ!?」
目が覚めて直ぐ。
側に誰かの気配を感じて、私は声にならない悲鳴をあげた。
一瞬あの男かと身を固くしたが、直ぐに助けに来てくれたあの人だと分かって、私は安堵の涙を流す。
その涙を拭おうとして、自由に体を動かせることに気づいた。
(あ、黒のもやもやも消えてる)
私の四肢を縛めていた縄も、いつの間にか解けていた。
恐らく、目の前の男性がやってくれたのだろう。
……しかし、ノイズのかかった声や不鮮明な視界は変わらない。
どうやら、未だにかけられた魔法は解けていないようだった。
男性の姿もよく見えないが、多分心配そうにこちらを見ている。
「僕の声、聞こえてる?」
「はい。でも、すみません。まだ目がよく見えなくて……。あと、声もノイズ……ええと、ガサガサに聞こえているというか……」
男性は、私の言葉を聞いて一瞬顔を顰めた気がした。
「……そう。まあ、この程度なら、光属性の魔法使いに頼めば、直ぐに解いてもらえると思うよ。あいつは……今は無理か。君の知り合いに居る?」
「あ、お祖父様が……」
私がそう言うと、男性は懐から『言伝の鳥』を取り出した。
そして、遠隔通話の魔法はお互いに面識がないと難しいので、自分が代筆を引き受けるから手紙を書いてみるのはどうかと提案される。
私はその厚意に甘え、事情を説明する内容を記載してもらった。
「ーーこれでいいか。宛先は?」
(お祖父様は確か、普段は魔法騎士団の寮を間借りしてるはずだけど……。私の封印を解く鍵を見つけるため、最近は王宮の書庫をひっくり返そうと、王宮の客室で寝泊まりしてるって言ってたはず)
悩んだ末、私はリステアード殿下も居るからと、王宮に届けてもらうよう頼んだ。
男性は鳥の姿になって羽ばたく様子を見届けた後、そのまま出口の方に足を向けた。
「ーーあのボロボロの彼は、王都の魔法医院に事情を話して入院させてもらったから、落ち着いたら顔を見せに行くといいよ。それじゃ、僕はこれで」
目の前の人物が、ゆっくりと遠のく気配がする。
私は何故だか離れがたくて、思わず彼を呼び止めた。震える足を叱咤して立ち上がる。
「ーー待ってください!」
自分でも驚くほど大きな声が出てしまった。
その人は、少し迷ったように歩く速度を落とし、やがて立ち止まった。
「何?」
「あの、私、お礼をーー」
(そう、お礼。お礼をしないと……!)
しかし、男性は必要ないと言わんばかりに首を振った。
「ああ、大丈夫。気持ちだけ貰っておくよ」
「で、でも!ええと、とにかく私の領地に来てください!飲んだことはありませんが、うちはワインが名産で……!」
「ごめん。君の領地のものかは分からないけど、ワインはもう買ってあるんだ。またいつか、機会があれば伺わせてもらうよ」
ーーそれは、彼の優しい嘘だと分かった。
「っ、でも、あの……!」
何とか理由を見つけて、私は彼を引き留めようとする。
ーー私は、そんな自分が信じられなかった。
(わ、私、どうしちゃったの?)
命の恩人とはいえ、何故こんなにも必死になって呼び止めるのか、自分でも分からない。
「……怖い目にあって、混乱しているんだろうね。領地まで送ってあげたいけど、僕も今朝から心臓が痛くて……、さっき彼を運ぶので、実はちょっと限界だったんだ。悪いけど、少しだけ待っててもらってもいい?」
男性が困ったように笑う気配を感じた。
更には、肩で荒い息を吐いているのが分かってしまう。
もしかして、そのことを私に気づかれないように、早く立ち去りたかったのだろうか。
私は慌てて頭を下げた。
「ごめんなさい……!それなら、戦うのもお辛かったですよね……!?っ、引き止めてすみません!私は1人で帰れますから、早く病院に行ってください!」
私が早口で捲し立てると、男性は「心配してくれてありがとう」と言ってから天を仰いだ気がした。
「ーーでも僕のこれは、病院に行っても意味がないんだ。……大丈夫、少し休んでいればそのうち治るから」
ノイズ越しではあるが、全てを諦めたような、……泣いているような声だと思った。
「そうなんですか?じゃあ、ゆっくり休んでください」
「うん。……ちょっと、外の空気を吸ってくる」
ーー私はその時、確かに「はい」と言おうとしたのだが、代わりに別の言葉が飛び出してしまった。
「ーー待って!駄目、行かないで!」
このまま彼を1人で行かせてはいけないと思い、その腕にすがろうと手を伸ばす。
「ーーえ」
ーー驚く彼の腕を掴んだ、次の瞬間。
「あ……、がっ……!?」
想像を絶する痛みが、私を襲った。
立っていられなくて、その場に膝をつく。
「おい、君!?どうした、大丈夫か!?」
彼が駆け寄って背中を支えてくれるが、お礼を言う余力がない。
(痛い、痛い、痛い……!!何これ、苦しい……!!嫌だ、やめて……!!)
ーー心臓を、素手で握りつぶされているかのようだ。
全身の血が逆流し、私の中の『何か』が、ドクン、ドクンと音を立てる。
『それ』は、錆びついた機械が動き出すかのようにゆっくりと、でも確かに私の中で鼓動を始めた。
意識を飛ばしかける私を見て、彼は死の前兆だと思ったのか、一際大きな声を上げた。
「しっかりしろ!意識を飛ばすな!っ、まさか、見えないところに深い傷でも負っていたのか!?」
確認すれば良かった、と彼が悔やむが、そうではない。
というか、恥ずかしいのでやめてほしい。
(そうじゃ、なくて。これ、は……)
ーーこれは、ずっと私が待ち望んでいたものだ。
(ーーああ、お帰りなさい。私の……)
「っ、まさか……!?」
私の内側から、巨大な力が溢れ出る。
彼が、思わずといったように身を引くのが分かった。
私は逃がさないとばかりに彼の胸元を掴み、頭の中に浮かんだばかりの呪文を紡いだ。
「ーー《アルス=マギナ》」
(私の、魔力)
ブックマークありがとうございます!!
いつも励みになっております╰(*´︶`*)╯♡
1章も残り僅かです!今週末には2章に入れるようがんばります!




