40.ヒーローは遅れてやってくる
やっとです!お待たせしました!
◇◇◇
「何なんだ、貴様は……!」
「ただの通りすがりの一般人だけど?君達こそ、まさか裏社会の人間だとは言わないよな。ーーもしそうだとしたら、あまりにも弱すぎる」
男はそう言って、つまらなそうにこちらを振り返った。
(ふさげけるな……!!何が一般人だ……!)
ーーお嬢さんを殺そうと刃を振りかぶった直後。
1人の部下が、焦った様子で私を呼びに来た。
曰く、結界に異変を感じたのだと言う。
(異変?あれ程強力な結界にか?まさか。気のせいだろう)
しかし。
部下に声をかけようと振り返った次の瞬間、私は信じがたい光景を目にすることになる。
路地裏を囲うようにして張り巡らせていた内外を遮断するドーム状の結界が、轟音を響かせながら突如として粉々に砕け散ったのだ。
ーーそうして堂々と乱入してきたのが、目の前の男だった。
(馬鹿な……!!王宮に潜り込ませたこともある、あの3番が貼った結界だぞ……!?並の魔法使いでは感知することもできないはずだ!)
ーーまさかこの男は、王宮魔法使いをも上回るとでも言うのか。
男は私の動揺など露知らず、近所迷惑になるからなどとふざけたことを言いながら、呑気に防音魔法をかけた。
そして、お嬢さんを捕えようとしていた部下を、男が創り出した黒のもやで横殴りにした後で、「相手にしてやる」などと戯言を口にしたのだ。
ーー男の強さは、誰が見ても圧倒的だった。
男は、一先ずこちらに攻撃を譲ると宣った。
更には、様子を窺う部下を小馬鹿にするように、指先で軽く手招いたのだ。
自尊心を傷つけられた部下たちが、総員で男に斬りかかる。
しかし、男は「遅い」と言って、自身が生み出した無数の影にその全てを弾かせた。
ーーそれは、男の魔法式の構築……即ち演算が、一流の暗殺者の剣捌きよりも遥かに速いということを意味する。
(馬鹿な……、この速度で計算できる人間などいる筈がない!)
居るとするなら、それは人間を超越した神か悪魔だ。
唯一、2番がそれらの影を搔い潜り男の喉笛を狙ったが、男は軽く首を捻ってそれを避けた後、新たに影を伸ばして2番の胴体にぐるりと巻き付け、そのまま空中に持ち上げた。
「ーー君、そこそこ若いのに見どころがあるじゃないか。まあ、僕には勝てないけどな」
男はそう言って少し楽しそうに笑った後、地面に巨大な深淵を創り出し、2番を無造作に放り込んだ。
ーー『それ』はまるで意思を持つ生物のように蠢き、近くにいた人間を無差別に引き摺り込んでいく。
時には、揶揄うように掴んだ部下を振り回した。
浮遊魔法を使用して逃れようにも、それは空中までもその手を伸ばす。
普段淡々と任務をこなす優秀な部下達が、赤子のように翻弄されていく姿を見て、私は己が目を疑った。
……現時点では、お嬢さんと私だけが難を逃れている。
では彼女を人質にしようと手を伸ばしたが、男は私の考えを悟っていたのか、不気味な闇の障壁で彼女を覆い隠しており、触れることは叶わなかった。
私は怒りを押し殺し、男に向き直る。
「……これは何かの間違いだ。私は彼らに完璧な教育を施したというのに。ーー貴様、部下に何をした?」
男は呆れたように溜息をついた。
「何を言ってるんだ?潔く負けを認めろよ、みっともない」
そして、私の問いに答えないばかりか、許し難い苦言を呈した。
「ーーこれは僕の親切心で言ってやるが、君は早急に教育方針を見直した方がいい」
「……は?」
「全員それなりの実力はあるだろうに、ある程度パターン化された動きしか知らないのか、不測の事態における連携が上手く取れていなかった。これは、教育者である君の教え方に問題があるだろ」
飄々とした態度が癪に障る。
……こんなにも怒りを覚えるのは久方ぶりだ。
「御託を並べるな。私の質問に答えろ」
「はいはい。君の部下に何をした、だっけ?は、酷いな。僕が人殺しにでも見えたのか?」
「別の場所に移動させただけなのに」と男が肩をすくめた。
次いで、男の口元が不気味な弧を描く。
「ーーああ、でもそろそろ、魔法騎士団の玄関で全員『仲良く』整列している姿が、連中に見つかる頃合いかもな。ちゃんと自己紹介するよう、後で上司の君が言っておいてくれよ」
「ただのゴロツキだと勘違いされないように」と言って男が笑う。
(っ、黙って聞いていれば、私の教育方針に口を出すだけでは飽き足らず、我がギルドの精鋭揃いをゴロツキ呼ばわりだと……!?)
その上魔法騎士団に突き出したとあっては、最早私の手駒は無くなったに等しい。
(っ、腑抜けた11番は論外だが、皆第一線で活躍していた暗殺者だぞ!?)
ーー私が立ち上げた帷は、世界でも名の知れた暗殺ギルド。
王族共は私達を根絶やしにしようと小癪な手を回してくるが、そんなもの痛くも痒くもない。
そう。
まかり間違っても、『通りすがりの一般人』などが、手玉に取れる相手ではないのだ。
(他国の同業者か……?いや、だがこれ程の腕の者は聞き覚えがない)
声と体格から男であることは分かるが、男は灰色の外套を目深に被っており、その顔までは確認できなかった。
「貴様、11番が呼んだ増援か?どこの手の者だ、答えろ」
「質問が多いな。もう帰りたいんだけど……。ん?11番?ーーうわ。まさか君、あんな適当な教育をしておいて、部下のことを番号で呼んでるのか?最低だな。人間の屑だ」
男は11番のことを知らないようだった。
では、本当に憂さ晴らしとやらをしにきたとでも言うのか。
男は私を散々罵倒した後、「そういえば、あいつに頼まれたワイン、割れてないよな……?」などと宣い、意味の分からないことを気にしている。
「ーー君たちは、人数的にどこかの暗殺ギルドってところか。やけに接近戦にこだわっていたのも暗殺者らしいな」
言い当てられ眉間に皺が寄ったが、直ぐに仮面を被る。
(はっ、せいぜい油断していろ。この素人が!直ぐに私を殺しておけばよかったものを!)
ーーこうして話している間にも、私は男の隙を窺っていた。
(『この方法』で、今まで殺せなかった魔法使いはいない。ーー死ね!)
ーー私は、頭の中で組み立てた作戦を実行した。
男は一瞬虚をつかれたような顔をしたが、直ぐに防御の姿勢をとった。
しかし、普段そのような攻撃をされたことがないのか、今回は私の方が速かった。
(ーー私の勝ちだ!)
勝利を確信し、勝ち誇った笑みを浮かべる。
……しかし、何かがおかしい。
「ーー何を笑っている!貴様は今から私に殺されるんだぞ!?」
何故か、目の前の男が心底愉快そうに笑い始めたのだ。
笑い過ぎたのか、目尻に涙さえ浮かんでいる。
「あー、ごめん。君は真剣だったのに、笑うなんて失礼だったよな」
男が指で涙を拭った。
その際、フードが風に揺られ、隠れていた顔形が覗く。
……想像と反して、ハッとするほどに美しい顔立ちだった。
成程こんな顔をしていたのか、と惚けたのも束の間。
「……ちょっとだけ楽しませてくれたお礼に、可哀想な君に教えてあげるよ」
男の言葉と共に、『あり得ない光景』が展開される。
「!そんな、馬鹿な……!貴様は、一体……!?」
「ーー世界は想像よりも広くて、クソだってことを」
私は、産まれて初めて絶望に顔を歪めた。
◆◆◆
「……か」
「!」
一仕事終えてから暫くして。
てっきり死んだと思っていた血塗れの青年が、僕に何やら声をかけてきた。
「ーー君、まだ生きてたのか」
賞賛に値する、驚異の生命力だ。
僕は僅かに目を見張った後、心の中でしまった、と舌打ちをした。
(……先にこっちに取り掛かるべきだったか)
近づいて脈をとる。
あまりにも弱々しいが、確かに青年の命を繋いでいた。
僕は全体を観察し、思わず「間に合うか……?」と呟いた。
それくらい、素人目から見ても、全体的にこの青年は損傷が激しかった。内臓もかなりやられている。生きていることが奇跡のレベルだ。
「……取り敢えず止血するか」
気休めだが、ないよりはマシだろう。
僕は自身の外套を切り裂き、まずは青年の腕部に巻いた。
しかし、瞬く間に真っ赤に染まって駄目になる。
(これは……ほぼ確実に失血死だな)
寧ろ、よくここまで生きたものだ。
せめて花でも添えてやろうと踵を返した瞬間、青年の口が僅かに開いた。
最期に何か言い残したことでもあるのかと、地面に片膝をつき青年の口元に耳をそば立てる。
「……おじょう、さま、は、ごぶじ、ですか」
「お嬢様?ーーああ、この子のこと?」
ーーそういえば、殺されそうになっていたので、取り敢えず保護していたのだった。
……第三者から見ても明らかに非がなさそうだったので、一先ず助けてみることにしたのだが、恐らくその選択は間違っていなかったと思う。
ただ、彼らは何故、暗殺ギルドなんかに狙われていたのか。
ーーよく分からないが、一つ確かなことは、この青年はこんな姿になっていても、己よりこの子を心配しているということだ。
「大丈夫、ちょっと眠っているだけだよ。だから君も、後は僕に任せて安みなさい」
僕がそう言うと、青年は安心したように口元を震わせ、ゆっくりと意識を手放した。
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