39.選択
「……絶対嘘。どうせ2人とも殺すつもりでしょう」
「ふ。お嬢さんは我々を誤解している。裏社会の人間は、一度決めた約束は違えない。ーーその代わり、裏切り者には容赦しないが」
(……嘘くさい)
男は私の視線を受け、大げさに肩をすくめたように見えた。
「まあ、今直ぐに決められるものでもないか。少し猶予をあげよう。ーーお嬢さんが後悔しない選択を祈る」
そう言って、男は少し離れた場所に移動し、部下と話し始める。
1人残された私は、何とか冷静さを取り戻して思考を巡らせた。
(……話の口ぶりからして、多分ジャンが所属してた暗殺ギルドの人達だよね。もしかして、10年間ずっとジャンの行方を探していたの?)
ーーその執念に、裏社会の怖さを知る。
(多分、『ボス』って呼ばれてたこの人がギルド長だ。……カフェで私達を観察してたのも、きっとこの人)
一瞬、ジャンの代わりに……という考えが頭をよぎったが、この男が口先だけの可能性は否めない。
(っ、諦めるな!考えろ、私……!)
ーー10年間、ジャンを探していた。
まずそれがおかしい。
裏社会に根を張るギルドなのだ。本来、『10年もかかる筈がない』。
ーーでは何故、今日この日までジャンは無事だったのか?
(っ!!きっと、うちで守ってたんだ……!)
あの父が、お祖父様が、何の策もなく不穏分子を迎え入れるとは思えない。
きっと、いや確実に人知れずジャンを守っていた筈だ。
(じゃあ、何で今回は……?)
その守りをわざと外した?
ーーいや、私の家族がそんなことをする筈がない。
(そもそも、お祖父様が何も私に言わなかったのもおかしい)
何か、作為的なものを感じ、小さく震える。
悩んだ末、私の頭に一つの仮説が浮かんだ。
(……これが、ストーリーの展開に必要だから?)
ーーもしこの仮説が正しいなら、それは恐ろしいことだ。
どうあがいても、結局未来は変えられないことになってしまう。
……この世界はゲームそのものではないが、それでも、大まかな『世界の運命』は同じなのかもしれない。
(……落ち着いて、私。少しずつ、ゲームのストーリーからはズレていってるはず。ゲームでは、リステアード殿下ともジャンとも、ここまで仲良くなかった。全てが同じわけじゃない)
小さな運命のズレが、大きな意味を成すと信じたかった。
(ーーそれよりも、今は目の前のことだ。私か、ジャンか。命を天秤にかけないといけない)
ーーできるか、そんなこと。
思わず、心の中で令嬢らしくない悪態をついた。
(この人は私の決断を楽しみにしているだけ。結局2人とも殺される)
それは分かっているが、この場から逃げ出す手段が思いつかない。
……どうしよう。どうするべき?
(もしこれがゲームの前日譚のようなものだとしたら、主人公は死ぬべきじゃない。本当は、私が生き延びる選択肢が正解なんだと思う。ーーでも、ゲームでは2人揃って登場してた。生き延びる道が、絶対にある筈なんだ……!)
「ーーお嬢さん、そろそろ答えは出たか?」
ノイズ音が、鼓膜を震わせる。
ーー時間切れだ。
「っ!」
(っ、何とか時間を稼ぐ方法はないの……!?お祖父様か、リステアード殿下か……、っ、誰か助けを呼べたら……!)
「お嬢さん、往生際が悪いのは感心しないな。ーー簡単じゃないか。あの犬を見捨てればいい。代わりなら幾らでもいるだろう」
その囁きに、私の耳がピクリと動いた。
(ーージャンを、見捨てる?)
かつて私は、リステアード殿下に、世界と好きな人なら好きな人を選ぶと答えた。
ーーでは、好きな人と家族なら、私はどちらを選ぶのだろう。
(……選べ、ない)
でも、家族を救えなかった私が、これから人を幸せになんてできるのだろうか。
何年たっても、今日この日の選択が、重くのしかかってくるのではないだろうか。
それに、前世も合わせれば、私はジャンよりも長く生きている。
(そっか。私の方が、本当はお姉さんなんだよね)
……。
……。
私は、一つの覚悟を決めて口を開く。
「ーーさっきからジャンのことを私の犬呼ばわりしてるけど、何様のつもりなの?不愉快だからやめて。あと、人間を消耗品扱いするなんて最低。ジャンの代わりなんているわけないでしょ。そんなことも分からない貴方こそ、人間じゃない!!」
私は何とか膝立ちになり、私を見下ろす悪魔を睨みつけた。
男の声に乱れが生じる。恐らく、私の言葉に怒っているのだろう。
「……何故突然そんなことを言い始めた?お嬢さんは多少利口な方だと思ったんだが」
男の殺気で肌がひりつく。
(……駄目。こんな男に怯えを見せるな)
恐怖に打ち勝とうと、歯を食いしばる。
今の私は全身ボロボロで、ひとりぼっちだ。でもそれがどうした。
仲間をぞろぞろ引き連れてやってきた、こんな小者に負けてたまるか。
(そうだよ。この人は1人だと何にもできない臆病者だ。全然、怖くなんかない!)
相変わらず視界は晴れないが、男を見据えて不敵に笑う。
「ーー分からない?これから死ぬんだから、言いたいことは我慢しなくてもいいでしょ?」
男は私の言葉の意味を理解して、仄暗い笑みを浮かべたような気がした。
「そうか。ーーでは、お嬢さんの勇気ある決断を称して、なるべく楽に殺してやろう」
「っ!!」
男が刃物を振りかぶった音がした。
私は、痛みを覚悟し反射的に固く目を瞑る。
……。
……。
……。
……?
(あ、れ……?)
ーーしかし、いつまで経っても覚悟した衝撃は訪れない。
安心したのも束の間、突然耳をつんざくような爆発音が轟いた。
「けほっ、ごほっ、な、何……!?」
目と喉に痛みを感じた。どうやら、辺り一面に砂埃が舞っているようだ。
咳き込む私を他所に、緊急事態を知らせる声が飛び交う。
「侵入者だ!仕留めろ!」
「何だテメェ、どこから入ってきた……!?」
ーー驚くことに、誰かがこの場所に乱入してきたらしい。
(お祖父様……?いや、違う……?)
よく分からないが、男の気配が離れた今がチャンスだ。
(……逃げよう!)
私は、ありったけの力を振り絞って地面を蹴った。
しかし、視界が不良なせいで、直ぐに方向感覚が分からなくなる。
両足を縛られていることもあり、躓いて地面に転がった。
(っ、縛られてる時に意識があれば、上手く縄抜けできるように工夫できたのに……!ーー今からでも腕の骨をーー!)
私の行動に気づいた暗殺者の数人が、私を捕えようと近づく。
折角のチャンスなのに、と私は悔しさに唇を噛み締めた。
ーーその時だった。
「ーーぐぁっ!?」
「えっ……!?」
一瞬、何が起きたのか分からなかった。
聞き漏れる声で、私に手を伸ばしていた男達が前方からの衝撃で吹き飛ばされたのだと知る。
次いで、知らない男性の声が路地裏に響いた。
ノイズはかかっているが、その内容だけは頭に伝わる。
「ーーこんな狭い場所で結界なんか張って、一体何をしているのかと思えば……。大の大人が女の子1人に寄ってたかって、恥ずかしくないのか?」
周囲のどよめきが聞こえる。
どうやら相当強い結界を貼っていたらしく、それを破ったとあって警戒を強めているようだ。
(誰……?魔法騎士団の人?でもーー)
男性はそんな喧騒を気にも留めず、深いため息をついた。
「はあ。……面倒だから、関わらないでおこうと思ったのに。ーーあまりにも胸糞悪い場面を見せられたせいで、我慢できなかった」
(でもなんで、こんなにも切ない気持ちになるの?)
ーー何処か気怠げで、懐かしい声調。
その声には、多少の苛立ちが含まれていた。
「今日は朝から調子が悪くて、ただでさえ気分が悪いんだ。相手をしてやるから、代わりに僕の憂さ晴らしに付き合ってよ」
そう言って、誰かが月明かりの下で微笑んだ気がした。
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