37.11番
「ーーアデル様。重ね重ね、先ほどはすみませんでした。……少し、2人で話をしませんか」
魔法釜を覗き込んでいた私は、その提案に目ぱちくりとさせた。
(……ケイシーさん、声が少し震えてる?どうしたんだろう。そんなに深刻な話なのかな)
「はい。分かりました」
私は僅かな不安を覚えつつも、直ぐに了承の返事を述べた。
「ありがとうございます。では、こちらに」
ケイシーさんに促される形で、私はアトリエを後にした。
◇◇◇
「ええと、確かこうやって……。あれ……?」
「ケイシーさん、良かったら代わりましょうか?」
「いえいえ、お客様にお願いする訳には……!」
アトリエから場所を移し、現在私達はキッチンにいた。
ケイシーさんが紅茶を淹れようと奮闘してくれているのだが、見るからに苦戦している。
(わっ!?ケイシーさん、なんで今お茶っ葉を燃やしたの……!?こ、紅茶を淹れるんだよね!?どういうこと!?)
「あれ、こうじゃなかったっけ」
「~っ!?」
私は慌てて、ケイシーさんに再度手伝いを申し出た。
紅茶も無事淹れ終わり、私達は向かい合わせで席に着く。
「ーー私、故郷の村では、『希望の星』なんて言われていたんです」
ケイシーさんはやがて、ぽつりぽつりと語り始めた。
「私の魔力量は少ないですが……。貧しいあの村で、私が唯一の魔法使いでした。みんなが私を応援してくれて、家庭教師もつけてもらえて。私は、とても幸せ者でした」
湯気の立つ紅茶の水面に、ケイシーさんの顔が反射する。
その顔にはどこか陰りがあった。
「世間からは冷ややかな目で見られることも多いですが、私はこの仕事に就いたことに、一切後悔していません。ーー魔法具は、普通の人間も魔法使いも、皆等しく使うことができます。魔力を持たない人にとっては、魔法具こそが希望の星なんです」
「!」
ーー私は、雷を受けたかのような衝撃を受けた。
「希少価値が高いので、まだまだ平民には高級品ですが……。それでも、魔法具は皆の暮らしを豊かにすることができる、素晴らしいものです。誰に何と言われようと、私は錬金術師であることに誇りに思っています」
ケイシーさんの言葉が、胸を打つ。
私は、自分本位の理由で錬金術師を目指していたことが恥ずかしくなった。
(そっか。そうだ。この世界には、魔法使いじゃない人も沢山いる。寧ろ、そういう人の方が多いんだ)
「ーーですが、魔法使いの多くは、魔力による恩恵を独占したがっています。…….魔法具が平民に行き渡ることをよしとしていないのが現状です」
「っ、そんな……!」
私は思わず立ち上がった。
でも、うまく言葉が出ない。
私もケイシーさんが苦手とする貴族の1人だ。そう思うと、何を言っても言葉が軽くなってしまう気がした。
「アデル様。そんな悲しそうな顔をしないでください。……貴女は、普通の貴族とは違うんですね」
ケイシーさんが、涙を堪えるような顔で微笑んだ。
それを見て、私はぎゅっと拳を握る。
(ここで泣いちゃ駄目、私!)
私の心に、道標のような淡い光が灯る。
今度こそ、と覚悟を決めて自分の気持ちを声にした。
「ケイシーさん。私は貴族です。……ですが、いえ、だからこそ、私にしかできないことがあると思います。魔法具をもっと身近なものにできるよう、私も頑張らせてください!」
ケイシーさんは一言、「ありがとう」と言って俯いた。
ーー水面が、溢れ落ちた雫で揺れた。
私は気付かなかったフリをして、まだ温かい紅茶を飲み干した。
◇◇◇
「あ、アデルーー!そろそろお暇させて頂きましょ!」
クリスに呼ばれて、2人が待つ馬車に駆け寄ろうと足を踏み出す。
(あ、でもその前にーー)
私は立ち止まり、ケイシーさんを振り返った。
「ケイシーさん、今日はありがとうございました!……私、絶対に錬金術師になります!」
ケイシーさんは、夕陽に照らされた私を眩しそうに見つめながら、口元に優しい笑みを浮かべた。
「ーーはい。頑張ってください。楽しみにしています」
「ーーアデル?もう着いたわよ?」
「はっ!?」
クリスに声をかけられ、意識が覚醒する。
……馬車に再び揺られた後からの記憶がない。
どうやら、いつの間にか眠ってしまっていたようだ。
(そういえば、今日が楽しみすぎてちょっと寝不足なんだった……)
瞼をこすりながら大きく伸びをする。
すると、誰かが身じろぎをした。
「……重いので早く退いてください」
「わ!?ご、ごめんジャン!!」
私は慌てて身を起こした。
ジャンが「肩が凝りました」と言って軽く腕を回しているのを横目に、私は自分の失態を知る。
人を枕にして熟睡するなんて、淑女にあるまじき行為だ。
(この場に母様が居なくてよかった!もし人様の前で肩にもたれかかって熟睡していたなんてバレたら、また0点に戻っちゃうよ!)
「……お嬢様。何か明後日の方向に考えていませんか?まあ別にいいですけど」
「え!?私心の声出ちゃってた!?」
「いえ、お嬢様は分かりやすいので」
(私、そんなに分かりやすいのかな……?母様もよく私の考えてることを言い当てるし……)
「2人とも。仲が良いのは結構だけど、早く降りてらっしゃいな」
クリスに促され、ジャンの手を借りて馬車を降りる。
降りた先は、クリスと待ち合わせた正門の近くだった。
「確か2人は、王都に宿を取ったのよね?……もう。酷いわ。私の屋敷に泊まって欲しいって、あれだけ言ったのに」
「ごめんね。1週間くらい滞在するつもりだから、クリスのご両親に悪いかなと思って」
「あら。アデルなら、1ヶ月でも1年でも居てくれていいのよ?」
「それは流石に長過ぎない……?」
ひとしきり話した後、私はふと、何かを忘れていることに気づく。
(あ!?ワッフル!!結局食べ損ねちゃった……!?)
思い返してみれば、オズさんの店に迷い込んだ後、そのあと直ぐアトリエに赴いたのだった。
勿論、2人と出会ったのは得難い経験だと思うが、それはそれとしてワッフルも食べたかった。
クリスは項垂れる私を見てくすりと微笑む。
「大丈夫よ、アデル。まだ時間はたっぷりあるじゃない。また明日、みんなでワッフルを食べに行けばいいわ」
その言葉に頷き、明日に備えて今日は解散することを決める。
クリスは宿まで送ると申し出てくれたが、クリスの屋敷に対して反対方向になってしまうので断った。
クリスが馬車に乗り込む姿を見届けた後、ジャンと2人、少し離れた場所にある宿へと向かう。
「……暗くなって来ましたね。早く行きましょう」
「そうだね。……ん?」
ーーまただ、と思った。
誰かが、私達を見ている。
(しかも、カフェで感じたあの嫌な視線にそっくり……!?)
そんな偶然、あり得るのだろうか。
(気のせい?いや……)
立ち止まったら不自然だと思い、歩きながら道ゆく人々に視線を巡らす。
しかし、どれだけ辺りを見渡しても、特に怪しげな人物は見つからない。
(……こんなに強く、視線を感じるのに?)
「お嬢様?どうされました?」
ジャンは未だに気づいていないみたいだった。
ーーそれが、何を意味するのか。
(っ、嫌な予感がする……!はやくここから逃げないと!)
「ジャン、こっち!はやく!」
「お嬢様!?急に何をーー」
ーージャンを連れて駆け出すが、私達は既に、『彼ら』の手中に囚われていた。
「っ!?しまった……!」
追い立てられるようにして逃げ込んだ先は、何もない行き止まりだった。
更には、背後から明確に人の気配を感じる。
どうやら、もう隠す気はないらしい。
(っ、10……いや、それ以上……!)
ーー今思えば、カフェにいた時から私達を観察していたのだろう。
一度目は、ジャンの実力を測るため。
そして二度目は、私たちを袋小路に追い込むため。
私は唇を噛み締め、自分の判断ミスを呪った。
1回目の時点で、王都にいるはずのお祖父様のところに避難するべきだったのだろう。
(いや、どの道逃してはもらえなかったか……!)
お祖父様に助けを求めようとしても、その前にこの人たちが現れ妨害する筈だ。
(……薄暗くてよく見えないけど、ーー来た!)
暗がりの中、瞳だけが獣のように光っている。
ーーざっと数えただけでも、やはり両手では足りない。
ジャンが私を守るように前に立つが、多勢に無勢であることは明らかだった。
(何で私達を狙っていたの!?っ、数年前のあの剣といい、ゲーム開始前なのに命の危機に陥りすぎじゃないかな……!?というか、それよりも……!)
ーー何よりも気がかりなのは、彼らが現れた瞬間から、ジャンが見たこともない顔をして殺気立っているということだ。
一度こちらを振り返った時に垣間見えた顔はあまりにも真っ青で、瞳は極限まで見開かれていた。
更には、捕食者を前にした時の獣のように、滂沱の汗を流しながら震えている。
その姿は、いつもの冷静沈着なジャンからはあまりにもかけ離れていた。
「……ジャン?どうしたの、大丈ーー」
私の問いかけを、ジャンが片手で制した。
「静かに……。そこから動かないでください」
そう言って、もう片方の手で胸元からダガーと呼ばれる短剣を2本取り出し、構えの姿勢を取る。
(剣!?)
更生したジャンが、一般人に剣を向けるなどあり得ない。
それも、いつもの練習用とは違い、刃を潰していない真剣だ。
(じゃあ、まさか、この人達は……!!)
私が彼らの正体に気づいた瞬間。
ーー路地の向こうから、コツコツと小さな靴音が響いた。
静寂に包まれた路地裏で、その音が不気味なほど耳に残る。
「ーー久しぶりだな、11番。お嬢様の犬の真似事は楽しかったか?」
顔は見えない。
それでも、この人が彼らのリーダーであると、本能で分かった。
「随分と腕が鈍ったものだ。11番どころか、今は20も下回るかもしれんな」
「っ!」
ジャンがきつく目を瞑り、何かを堪えるように言葉を飲み干す。
私は男のことも、何故ジャンが怯えているのかも明確には分からない。
ただ、とある呼び名だけが頭にあった。
(11番って何……?)
ーーだからだろうか。
私は、いつの間にか背後に回っていた男に気づかなかった。
「しま……っ!?」
振り返ろうとした時には、闇から忍び寄る手に肩を掴まれていて。
「ーー悪いな、お嬢ちゃん。ボスの命令だ。暫く眠ってな」
首の後ろに手刀を受け、私の意識は遠のいた。
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