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36.駆け出しの錬金術師

「ケイシーさん、錬金術師なんですか!?」

「は、はい!まだまだ駆け出しの身ですが!」


 思わぬ人物の登場に、私は思わず前のめりになってしまう。 

 ケイシーさんは私の勢いに慄いて、ジリジリと後ずさった。


 私はつい、追いかけるように距離を詰める。


 しばらく2人で一進一退の追いかけっこを続けていると、みんなからお前は何をしているんだと嗜められた。


 (た、確かに私は今何を……!)


 私は軽く咳払いをし、名誉挽回のため、精一杯の笑顔で挨拶をした。


 ケイシーさんは、私の家名を聞くと何故だか震え上がった。

 そして錬金術師を志していることを告げた次の瞬間、ケイシーさんの視線が一際鋭くなる。


「貴族の……それも、あのジークフリート様のお孫さんが錬金術師に……?本当によろしいのですか?恐らく、他の貴族の方々から軽んじられてしまうと思いますよ?」


「ーー分かっています。それでも、錬金術師になりたいんです!」


「……」


 ケイシーさんは眉根を寄せて考え込んでいる。


 やがて、『錬金術師の先輩』として私に問いかけた。



「ーーアデル様。失礼を承知で伺いますが、貴女は何故錬金術師になりたいのですか?」



「!」



 ーー試されている、と感じた。

 


 (魔力が低いから?……間違っていないけど、ちょっと違う気もする。魔法具を見るとワクワクするから?……うーん、これも何だかなあ)


 美辞麗句を述べるのはきっと簡単だが、それでは駄目だ。

 かと言って、これだと思う言葉が出てこない。


 (ーーそもそも私、人に語れるほどの綺麗な理由で目指してるわけじゃないんだ……。ゲームのジョブから、ただ気になった職業を選んだだけ)


 ジャンとクリスが、心配そうに私を見ているのが分かる。

 ケイシーさんも、私がここまで悩むとは予想していなかったのだろう。段々と気まずそうに目線を逸らし始めた。



 そして、焦れば焦るほど、余計に思考は絡まっていく。


 

 (どうしよう、何て言えば……!)




「ーーケイシー。今日この後暇か?」




 突然。

 今まで静かに事の成り行きを見守っていたオズさんが口を開いた。


 脈絡のない問いかけに驚いて振り返ると、オズさんはカウンターに頬杖をつき、穏やかな微笑を浮かべてこちらを見ていた。


「?時間ならありますけど……。食事なら行きませんよ」


 ケイシーさんが警戒心を露わにしながら答える。

 オズさんは「俺の印象どうなってるんだ?」と苦笑した。


「違う違う。ーーならさ、このお嬢さん達をお前さんのアトリエに連れて行ってやってくれないか?」

「私のアトリエに……ですか?」


 オズさんは、「実際に見てみないと分からないこともあるだろ?」と言った。

 そして、ケイシーさんを諭すように付け加える。


「ケイシー。夢ってのは、明確な理由がなくても良いんだよ。好きだからやってみたい。苦手だけど挑戦してみたい。そんなふわっとした理由だって、あったら立派なもんだ。自分に向いてる、向いてないで決める奴だって多い。ーー俺がこの店を始めた理由も、他人が聞いたらしょうもないと笑うだろうさ」


 オズさんは、「あんまり後輩を虐めてやるなよ」と言って、再び口を閉ざした。



 ケイシーさんは額に手を当てて考え込み、やがてため息をひとついて私に向き直った。


「……そう、ですね。ーーアデル様、すみません」


「いえ、私こそ直ぐに答えられなくて……ごめんなさい」

 

 ケイシーさんと2人、頭を下げ合う。


 暫くして顔を上げ、ふとオズさんに視線を向けると、瞬時に煌びやかなウィンクが飛んできた。


 (いつもなら無視するけど、今日は助けてもらったから我慢……!)

 

 オズさんは、「そんな嫌そうな顔するなよ」と言って笑った。


 軽薄な一面もあるが、実はしっかりした大人なのだろうか。

 どこか掴めない人だと思った。


 そんなことを考えていると、ケイシーさんが私に声をかけた。


「実は、今まで貴族の人には良い思い出がなくって……。少しきつい言い方になってしまったかもしれません」


「!」


 ケイシーさんは遠い記憶を思い返すかのように目を伏せた後、私を優しく見つめた。


「オズさんに言われて目が覚めました。ーーもし良かったら、私のアトリエにご案内させてください」


「は、はい!ぜひ!ありがとうございます!」


 私はその誘いに飛びつき、次いでジャンとクリスにそろりと視線を向けた。目が合うと、2人は心得たとばかりに頷いてくれる。


 オズさんも、見送るようにひらひらと手を振っていた。


「おう、行ってこい行ってこい。ーーじゃあこいつは、お嬢さんの自宅に届けておくんでいいか?代金の支払いもその時でいいぜ」

「あ、そうですね。お願いします」


 そういえば、まだお金を払っていなかった。

 

 参考までに幾らなのかと尋ねてみれば、まさかの小さな屋敷が一軒建つ金額だった。

 流石にぼったくりじゃないかと思ったが、オズさんにこれが最適な値段、寧ろこれでも安くした方だと言われてしまった。


 (多分払えなくはないけど、絶対父様に怒られるよね……!?ううう、でも欲しいよ!だってアデルとお揃いだもん……!まあ今は私がアデルだけど……!)


 縋り付くようにジャンとクリスを見つめると、ふわりと優しく微笑まれた。


 それを不思議に思っていると、次の瞬間、何故か激しい値切り交渉が始まった。

 

「え?な、何!?何事!?」


 ジャンが金額を叫ぶたび、オズさんが突っぱねる。

 しかし、クリスがこの店はちゃんと税金を納めているのかと脅……忠告する等して、徐々に数千アドラずつ下がっていった。


 当事者の私は、いつの間にか蚊帳の外だ。

 ケイシーさんと2人、謎の勢いに圧倒されながら立ち尽くす。

 

 (ーーというか、ジャンはともかく、公爵令嬢のクリスも参加しているのは何故……?)


「どうせ、貴方の取り分があるんでしょう。それを0にしてください」

「そりゃ流石に酷いだろ!?」



 やがて2人の勢いに負けたオズさんが「分かった分かった、2号店をたまに手伝ってくれるってんなら、半額以下にまけてやる」と言うまで、その交渉は続いたのだった。




 ◇◇◇



 ケイシーさんの自宅兼アトリエは、王都の郊外にあった。


 クリスが手配してくれた馬車に乗り込み、揺れること1時間弱。

 

「あ、ここです!止めてください!」


 ケイシーさんの言葉を受け、御者が頷く。


 馬車が停止すると、ケイシーさんは「ちょっとそこでお待ちください!いいですか、私が戻ってくるまで絶対に勝手についてきたら駄目ですよ!」と言ってから、了承の返事も待たずに駆けて行った。


「……だって。待ってようか」


 ケイシーさんの入っていたアトリエから、ガタガタと激しい物音が聞こえてくるが、それについては触れないことを決めた。


「そうね。ふふ、私錬金術師のアトリエに行くなんて初めて!すっごく楽しみだわ!」

「そうだね!私も!錬金釜とか見られるかな……!」

「俺も実はちょっと楽しみです。確か、錬金術師は剣を鍛刀することもできるんですよね?それ専用の炉があるとか」


 3人でお喋りをしながら待っていると、ケイシーさんが息を切らして戻って来た。


「……ちょっと。ええ、ちょっとだけ散らかっていますが、どうぞ!」


 家主に促され、扉を潜る。

 玄関を過ぎた先に、そのアトリエはあった。


「わあ!すごい……!あ、もしかしてこれが錬金釜ですか!?」


 ーーまず目に入ったのは、部屋の中央に置かれた巨大な壺型の釜だ。

 中身はミントグリーン色の謎の液体で満たされており、かき回すための巨大なヘラが浸かっている。


 教科書やゲームでしか見たことがなかったので、想像以上の大きさに驚いた。


 更に視線を巡らすと、縦長の炉を見つけた。

 中では燃え盛る炎がパチパチと火花を散らしている。

 

 (これが、ジャンの言っていた錬金炉かな?……っと、危ない!)


 床には、羊皮紙や小さな魔法具が散乱していた。

 しゃがみ込んで羊皮紙を1枚手に取る。そこには丁寧な字でぎっしりと書き込みがされていた。恐らく、錬金術のレシピだろう。


 (踏まなくて良かった……!わ、すごい。ポーションのレシピだ。でも教科書で見たのとはちょっと違う?)


「そうですよー。錬金術は魔法釜にレシピ通りに材料を入れて、魔力を注げば完成……ってことは知ってますか?」


「はい!」


「おお、よく勉強してますね。……でもこのレシピ作りが中々、至難の技なんですよ!」


 ケイシーさんが、拳を握って苦労を語る。


「レシピを一からつくるとなると、失敗に失敗を重ねて、ようやく完成します。下手をすると何年もかかってしまう場合もあるんです。……私の友人は、とある魔法具の開発に既に3年は費やしていますよ」


「そ、そんなに!?」


「それに、お恥ずかしながら私はあまり裕福ではないので……貴重な材料は自分で取りに行かないといけないんです。実はそれだけでも一苦労なんですよ。魔物に遭遇すると未だに足がすくみます」


 ケイシーさん曰く、冒険者に頼んだり、専門店から購入することもあるが、自分で採取した方が費用が少なくて済むそうだ。


 (そっか、魔物……。ゲームでは沢山登場してたけど、現実に存在するとちょっと、いやかなり怖いよね)


 ーー人里には滅多に出現しないが、森や海など、街道から外れた場所には理性を持たない獣……魔物が現れるという。 

 討伐は主に魔法騎士団が行っているが、未だ絶滅には至っていない。

 因みに、魔法学園入学以前の生徒は、初期魔法しか使うことができないので、非常事態以外での魔物との接触は禁止されている。


 ケイシーさんは戦闘があまり得意ではないらしく、採取の際にそのような危険な場所に向かう時は、大量の攻撃アイテムを持参するのだとか。


「私、ちゃんと戦えるかな?」

「多分倒せますよ。今のお嬢様は並の男性よりお強いので」


 私が微妙な心境になっていると、クリスがふと立ち止まった。


「ねえ、ケイシーさん。これは何?」


 しゃがみ込んで、ヒョイっと『それ』をつまみ上げる。


「あ、それは『ひつじ君1号』です!安眠効果があるんですよ。使ってみます?」


 愛嬌があって可愛らしい羊のぬいぐるみだ。小さくて、クリスの手のひらにすっぽりと収まっている。


「まあ、それはすごいわね!仕事中毒で体調を崩しがちなお父様にプレゼントしようかしら。販売はされていないの?」


「残念ですが、それはまだ試作中なんです。完成したら、今日の記念に皆さんに差し上げましょうか?」


「まあ、ありがとう!」


 私もお礼を言いつつ、我が国の宰相が仕事中毒であることを知って、何とも言えない気持ちになった。


 (体調を崩すほど頑張ってるなんて……。うっ、前世の私を思い出しちゃうよ)



 ーー私達は、その後も錬金術の実演を見せてもらうなどして、充実した時間を過ごしたのだった。

評価、ブックマーク、いいね全て嬉しく拝見しております!

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