3.母強し
翌朝。
私は父から大反対を喰らっていた。
(……ははは。ワンチャンいけると思ったんだけどなあ)
遠い目をしながら、私は昨日の記憶に思いを馳せた。
ーー賢者は、錬金術を専門とする、錬金術師の最高峰。
実在する職業の筈だが、この世界の根幹に関わるアイテムさえも創り出すことができるため、その存在は秘匿されている……という説明が公式ファンブックに記載されている。
従って、この世界においては聖女と並ぶ稀少な職業の一つと考えてよいだろう。
主人公のポテンシャルを信じて賢者を志すと決めたものの、両親に伝えるにあたっては、その手前の錬金術師を目指すと伝えた方が無難かもしれない……と私は考えた。
(でも、あの父様が素直に応援してくれるかな?)
私が前世ゲーム内で使用していた回復アイテムのポーションや、数々の攻撃アイテム……この世界の魔法具は、錬金術師達によって創られていた。
しかし、錬金術師は比較的魔力量の低い者が目指す傾向にあり、強い魔力を有する王侯貴族から見れば日陰の職業であるという印象が強いため、蔑まれる対象となっている。
もしかしたら、両親は反対するかもしれない。
ーーでも。
例えそうだとしても、諦めたくなかった。
(……だって、何もしなかったら推しが死んじゃうんだよ?貴族に多少嫌われるくらい、何だっていうの。第二部開始まで魔力量が低くても、やれることをやらないと。錬金術師は魔力量に左右されないし、私にぴったりな職業のはず!)
魔法学園に入学したら、錬金術師になるために勉強しよう!
そう決めた私は、早速家族に報告しようと階段を降り、父の書斎に向かったのだが。
「駄目だ、アデル。錬金術師になるなんて、父様は絶対に許さないぞ。嫁の貰い手がなくなったらどうするんだ!!」
ーー私の目の前で激昂しているのは、父、ウィリアム・シュタイナー。
まだ年若い身でありながら、伯爵家当主としての実績を数多く持つ、優秀な人物だ。
高身長かつ前世で見たイケメン俳優のような輝かしい容姿の持ち主だが、怒らせるとかなりめんど……大変である。
「聞いているのか?アデル」
「はい。……ですが、私はどうしても錬金術師になりたいんです!」
父が再び、絶対に許さないと声を荒げ始めた。……話が永遠にループしている。
ーー娘を溺愛する父は、わざわざ茨の道に進む必要はないと、かれこれ1時間、私を諦めさせるために怒鳴っているのだ。
(ううう……。父様、話が長い……。しまったな、これなら黙っていた方が良かったかも……!)
自分の判断ミスを呪うも、時既に遅し。
とは言っても、貴族の令嬢として産まれたが故に、私の将来に関わることは家長である父の判断を仰ぐ必要がある。どの道衝突は避けられなかっただろう。
(どうしよう。なんて言えば、父様は納得してくれる?)
父からは、絶対に認めてやらないという気迫を感じる。
この状態の父を説得するのは至難の業だ。
(というか、立ちっぱなしで段々足が痛くなってきた……!)
焦りと足の痛みで、思考がまばらになっていく。
ーー思わずきつく目を瞑った、その時。
扉が乱暴な音を立てて開き、1人の女性が姿を現した。
「廊下まで聞こえているわよ、ウィリアム」
そう言って、ノックもせずに堂々と書斎に入ってきたのは、私の母だった。
「アリシア!?」「母様!?」
父と2人、まさかの人物の登場に驚くも、当の本人はどこ吹く風だ。
母は、勝手知ったる様子でふかふかなソファーへと腰を下ろすと、花が咲き誇るかのように微笑んだ。
「アデルがお嫁さんになる必要はないわ。私みたいにお婿さんをもらったらいいじゃない」
衝撃の発言に、言い争いをしていたことも忘れて、思わず父と視線を交わした。
父は私の視線を受け、首を横に振った。そのつもりはなかったらしい。
ーーあの父に強気に出られる唯一の女性の名は、アリシア・シュタイナー。アデルの母親だ。
アデルとよく似た色合いの髪と瞳に、高い鼻梁と艶やかな花唇。
かつて社交界で『妖精姫』と称えられた愛らしい容貌は、今もなお健在だった。
当時は求婚者が絶えなかったというが、それも納得せざるを得ない。惚れ惚れするほどの美が詰め込まれた女性だ。
因みに、若い頃多くの浮き名を馳せていた父が土下座で愛を乞い、色々あって結婚したと聞いた。
……一体2人の間に何があったのか、恐ろしくて詳細を知りたいとは思わない。
「そういう問題ではないだろう、アリシア……。社交界でこの子が笑われ者になったらどうするんだ」
やがて父が恐る恐る母に異議を唱える。母は優雅に手元の扇子を揺らした。
「笑いたい者には笑わせておけばいいわ。あそこは、どんなに潔白の身でも後ろ指を指されるような場所よ。それなら、好きなことをして好きなように生きた方が人生楽しいでしょう?そもそも、職業に貴賤をつけるような男に、私の可愛いアデルはあげないわ」
父は更に言葉を重ねようと口を開く。すかさず母が遮って、美しい笑みを浮かべながら言った。
「子供の夢を阻む父親なんて要らないわ。離婚しましょう、ウィリアム」
パチン、と扇子を閉じる音が、静まり返った書斎に響いた。
(か、母様……!それは父様に効果抜群では……!?)
父は雷に打たれたように固まり、次いで泣きながら母に許しを乞うた。
母はそれを無視して、私を手招きする。
頷き近くまで行くと、母がソファーから立ち上がった。
母は私と目線を合わせ、真剣な眼差しで私をみつめる。
何故か全てを見透かされているような心地になり、ドキッとした。
「アデル。貴女の決めたことなら、母様は応援するわ。でも、錬金術師への道には、貴女にとってすごく大変なことが待っているかもしれない。それでも頑張れる?」
私は、その問いに深く頷く。
魔力が少ないからといって、3年間の学園生活で何もしないのは嫌だ。
それに、何も聞かず娘を応援してくれた母の気持ちに応えたいと思った。
「はい!ありがとうございます、母様。私頑張ります!」
強い意思を持って答えた私に、母は安心したように微笑んだのだった。
中々ヒーローが登場しませんが、しばらくお待ちください……!(´;ω;`)
ブックマークありがとうございます!
嬉しくて2話爆速で書き上げました!
今後とも宜しくお願い致します╰(*´︶`*)╯♡