35.不思議な店
「選ばれた……?わっ!?」
問われた言葉の意味を考えていると、突然背後から肩を掴まれ、ペリッと男性から引き剥がされた。
振り返れば、ジャンが私の肩に手を置いたまま男性を鋭く睨みつけている。
「ジャン?」
「お嬢様は警戒心がなさ過ぎます。この店、どこをどう見ても怪しいじゃないですか。ーーそれに、俺のことは見ようともしない。一応俺も客人なんですが?」
男性は「俺は女の子にしか興味がないんだよ」と言ってから、飄々とした態度を消し去った。
格下の生き物を見るかのような、冷ややかな視線をジャンに向ける。
「ーー何か勘違いしてるようだが、うちの客人はそこのお嬢さんだけだぜ?お前さんは呼ばれてすらいない。…….さては、結界をぶち壊して入ってきたな?」
(!)
私の肩に置かれたジャンの手に力が篭った。
元暗殺者のジャンにこんな反応をさせるなんて、一体この店主は何者なのか。
「……貴方の結界に穴があったのでは?それより、結界を貼れるということは貴方は光属性の魔法使いなんですか?」
流石にドアを壊したことを認めるのは面倒……申し訳ないのか、ジャンが話題を変えようとする。
「そうかもな?……ま、俺は優しいから許してやるよ」
男性は仕方ないとばかりに肩をすくめた後、再びこちらを見た。
「そう言うお前さんと、そっちのお嬢さんは火か。ーーで、お前さんが守ってるそこのお嬢さんは『全部』持ってるな。やっぱりお前さんーー」
「!」
男性が何かを言いかけてやめる。
(何……?)
ーー私は、問い詰めるのをぐっと堪えた。
警告のアラーム音が鳴り響くかのように、自分の心臓……シュタイナーの血の源が痛いほど騒いでいるのだ。
問い返しては駄目だと。
ーーまだ、その時ではないのだと。
(……っ!?何、今の……!?)
「どうした?俺に見惚れてるのか?」
「そんな訳がないでしょう。一度鏡をご覧になって来ては?」
「お前さん口が悪いな!?」
「でも貴女、『顔』はとっても整っているわよ」
「……少し含みを感じるが、ありがとうなお嬢さん。良かったら後で俺と食事でもーー」
「お断りするわ」
みんなの会話を聞きながら、私は思考を巡らせる。
男性も、考え込む私を不思議そうに観察していた。
口元に指を当て、何やら私を見つめている。
ダボっとした裾の長いローブを肩から羽織っているが、大きめの袖口から覗く手首を見るに、全体的に線は細い。
力技なら勝てるかもしれないとも思ったが、そもそも敵なのかさえ分からない。
分からない、が。
(ーーゲームでは見たことないし全然知らないけど……、この人絶対、何かしらの重要キャラだよね!?)
怪しげな店の店主。
そして、騒ぎ立つ預言の一族の血。
何より、あからさまに気合の入ったそのビジュアルがただの通りすがりの人物ではないことを示していた。
ーーまず目につくのは、床につくほどに長い白金の髪。そして星空のようなインナーカラーだ。夜空を思わせる深い藍色には、小さな白星が無数にきらめている。
前髪は長く、左右に分かれて神秘的なオパールの瞳にかかっていた。特に、右目は殆ど覆い隠されている。
顔は陶器人形のように整っていて、どこか中世的な魅力があった。
明らかに煌びやかな外見に、私は主要キャラであること確信する。
(ゲームで居たら絶対覚えてるはずだもん。……いや、待って。『オズの魔法具店』っていう名前自体は聞いたことがあるかも……!?)
私は、ふと、とある記憶を掘り起こした。
「もしかして、オズの魔法具店って、魔法学園周辺の町にあった、あの……!?」
「おっ。そいつはうちの2号店だ。よく知ってるな。入学後は是非ご贔屓に」
男性はウィンクをしながら片手を胸に当てて一礼した。
(そうなの……!?)
ーー『オズの魔法具店』は、魔法学園の休日に行くことが可能な魔法具専門店。
そこではゲーム内の通貨を使ってポーションや攻撃アイテム等を購入できる。私達プレイヤーが散々お世話になったお店だ。
しかし、ゲームでは目の前の怪しげな店主ではなく、可愛らしい黒猫が出迎えてくれたと記憶しているのだが。
それとなく聞いてみると、男性は特に怪しむことなく答えてくれた。
「俺もしょっちゅう様子を見に行ってるぜ?ああでも、店番は使い魔に任せてるけどな。あっちには学生用に実用的な魔法具を卸してるから、ここと品揃えが全然違うのはご愛嬌ということで何卒宜しく」
「なるほど……。教えてくれてありがとうございます、店主さん」
私がそう言うと、男性が一瞬その長いまつ毛を震わせた。
「ーーおっと、そういえばまだちゃんと名乗ってなかったよな。俺のことはオズさんでもオズ様とでも呼んでくれ」
「オズ様?」
ーー店の名前は、割とそのままだったようだ。
「お嬢様、こんな軽薄な不審人物に様付けなどする必要ありません」
「……お前さん、俺のこと嫌い?」
「はい、嫌いです」
「ジャン!?」
私たちが楽しく?話していると、店内を観察していたクリスが口を開いた。
「ーーところでご店主?貴方、本当に商売をする気はあるの?こんな怪しい『惚れ薬』だの『若返りの薬』だのを1000000アドラで売ったところで、誰も買い手はつかないと思うわよ。そもそも、王都の他の魔法具店よりも全体的に値段が高過ぎるわ」
確かに高い。
1000000アドラは日本円にして100万円ぐらいだ。
(本物だとしたら、安い方なのかもしれないけど……)
クリスの手厳しい意見を受けても、オズさんは気分を害した様子はなかった。
寧ろ悪戯が成功した子供のようにニヤリと楽し気に微笑んでいる。
「いいのいいの。収益なんて気にしない。俺はその商品に正しい価値をつけるまでさ」
「それは素敵だけれど、貴方本当にそれで食べていけているの?」
「心配してくれてありがとうな、お嬢さん。でも、俺はこう見えてかなりの資産家でね。この店は俺の道楽でやってるのさ」
儲けなんてどうでもいいと言うオズさんに、ジャンは「そんなこと言って本当は借金でも抱えているのでは?」と辛辣なことを告げていた。
クリスはご店主がそれでいいなら、と納得している。
オズさんは煙管を吸って、ふーっと煙を吐いた後、私に向き直った。
「ま、各々好きに捉えてくれ。ーーそんなことよりお嬢さん。待たせて悪かったな。はやく商品の元に行ってやれ」
突然そう言われ、どういうことかと首を傾げる。
「えっと……?」
「最初にも少し言っただろ?この店は、客が商品を選ぶんじゃない。商品が『客を選ぶ』んだよ」
「!」
「店に入ってから、何か心惹かれる商品はなかったか?ーー『そいつ』がお嬢さんをこの店に呼んだんだろうさ」
オズさんは優しい顔でそう言って、私を促す。
私は一つだけ、思い当たる商品があった。
(……分かった、かも)
私は、みんなに見守られながらその髪飾りに近づき、指を伸ばす。
「お。そいつか。いいねぇ。お嬢さんに似合いそうだ」
「あら本当。可愛いわね」
「うん、似合うと思う」
私は力強く頷いた。自分でも驚くほど固い声だ。
ーー私は、この髪飾りが似合うことを『知っている』。
大小異なる3つの菱形が連なった、可愛らしい髪留め。
水色とピンクの色彩をグラデーションにしたステンドグラスがそれぞれ金縁にはめ込まれていて、どこか高級感を漂わせている。
(だって、この髪飾りはーー)
ーーゲームのアデルが、身につけていたものだから。
◇◇◇
(ーーどういうこと?アデルは、入学前にこの店に立ち寄っていたの?)
それなら今は、順調にストーリー通りということなのだろうか。
結末は変えたいけど、まずは魔法学園に入学しなければ話にならない。
焦っていた私にとっては、少なくとも朗報だと感じた。
(まずは入学しないとみんなに会えないもんね。……ゲームのアデルも、こうやって髪飾りを買いに来てたのかな?えへへ。こういうの、キャラグッズみたいでちょっと嬉しいかも)
オズさんに髪飾りを包んでもらいながら、私は何だか胸がいっぱいになった。
ーーそこへ、朗らかな声が扉の向こうから響いた。
「オズさーん!納品でーす!お願いしまーす!」
「お。来たな」
オズさんが「ちょっと待ってな」と言い残し、煙管を振って扉を開ける。
(オズさんって、呪文を小声で言うタイプなのかな?全然聞こえないや)
なんて思っていると、件の人物が大きな木箱を抱えながら店内に入ってきた。
「よお、ケイシー。……毎度のことだが重そうだな。後で俺が運んでおくから、そこら辺に置いといていいぜ」
「ありがとうございます……!はー、重かった!!」
少女は、肩で息を吐いた。
焦茶色のローブを脱ぎ、オズさんにもらった水を一口飲んだところで、私達と目線が合う。
「ーーもしかしてお客さんですか!?うわー!久しぶりに見ました!しかも貴族のお姫様がた!?こんな辺鄙な場所に足を運んでもらってすみません!!」
「ケイシー?ちょっと失礼だぞー?」
「あ」
少女は誤魔化すように笑った後、オズさんに背をむけて私達を見つめた。
ふわふわの髪とそばかすが印象的で、私と同年代のようにも見える。
「ーー私はケイシー・モーガンと言います。この店に魔法具を卸している錬金術師です」
ケイシーさんはそう言って、陽だまりのような笑みを浮かべた。
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