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34.迷い込んだのは

「ねぇ、アデル。もし私の思い違いだったのならごめんなさいね。ーー私に、何か隠していることはない?」


「!」




 カフェを出てから直ぐ。

 次はどこに行こうかと言いかけていた私は、思いがけない台詞に固まった。


 (……どれのこと?)


 一瞬だがそんな風にも思ってしまい、私は罪悪感に苛まれる。


「……ここで立ち止まると、他の方の迷惑になります。一先ず少し歩きましょう」


 ジャンにそう言われて、人が行き交う大通りへと向かった。しかし、私の足取りは重い。

 まるで、私の周囲だけ時間の流れが遅くなったかのように感じた。


 (誰かに伝えたら、よくない結末が起こる。そんな予感がしてずっと黙っているけど……。っ、苦しい、な)


 私が返事に窮していると、前を歩いていたクリスが振り返った。


「ごめんなさい。カフェで時折悲しそうな顔をしていたから、気になってしまって……。あのね、アデル。私、貴女とは社交の付き合いとかではなくて、本当に仲良くなりたいと思っているのよ。でも、貴女が言いたくないのならーー」


 「無理には聞かないわ」と言って、クリスが貼り付けたような笑みを浮かべる。


「っ!」


 私は、唇を嚙み締めた。


 (友達にこんな顔させるなんて、私の馬鹿……!)


 俯き、隣立つジャンの袖を引く。

 ジャンはそれだけで全てを察してくれて、私の頭を軽く撫でた後「言ってもいいと思いますよ」と口にした。


 私は静かに頷いて、項垂れたままのクリスに近寄った。


「ーークリス。不安にさせてごめんね。色々隠し事があるのは本当だけど……クリスを信頼してないわけじゃないよ。私も、クリスとはこれからも仲良しの友達でいたいと思ってる」


「アデル……」


「あと、ジャンは本当は20歳なんだ」

「え」

「お嬢様、今は俺の話はしなくていいです」


 私は、話しながら覚悟を決める。

 

 (ーー魔力についてなら、クリスに伝えても大丈夫な筈)



「あのね、実は私ーー」




 ◇◇◇




 私は、本当は魔力回路を有していること、しかし封印の解除方法が分からず焦っていることを掻い摘んでクリスに伝えた。


 話が進むにつれ、クリスのただでさえ透き通るような肌がサーっと青ざめていく。

 話の終盤に至る頃には、全身をガタガタと震わせてしまっていた。


「も、もしかして、私の手紙、ものっすごく無神経じゃなかった……?ごめんなさい、わ、私、そんなつもりはなくて……!」


「だ、大丈夫だから!落ち着いてクリス!ね!」


 今にも泣きだしそうなクリスを宥めつつ、私は雑踏に紛れているというクリスの護衛に見咎められませんように……と心の中で祈った。

 





「クリスの属性は確か、火属性だったよね?ジャンと同じだ」

「そうよ。あら、ジャンも同じ属性なのね」

「そうみたいですね」


 私たちは先ほどまでの気まずさはどこへやら、再び王都観光を楽しんでいた。


 (少し気分がすっきりしたかも。話して良かった)


 今は、最近王都で大人気だという『ふわふわワッフル』を購入するべく向かっている。


「アデルは何属性かしらね!今から楽しみだわ!」

「あはは、まずは封印が解けるかどうかだけどね」

「……そのことだけど、アデルに封印をかけたお祖父様は何と仰っているの?」


 私はふと、手元の腕飾りに視線を落とした。

 お祖父様がくれた鈴は、こうしていつも身に着けている。


 (これをもらってからもう7年か……。意外と早かったな)


 お祖父様との勉強は、比較的順調に進んでいた。

 

 ーーしかも、最近の私は妙に覚えがよいのだ。

 ジャンは、私のことをキッチンのスポンジみたいだと称していたが、その例えはどうかと思う。


 暫し思考を巡らせた後、クリスの問いに答えようと口を開く。


「お祖父様は、私が学園に入学するってキッパリと言い切ってくれたよ。でも、私が落ち込んでることをご存じだったみたいで……」


 ーー現在、我が家では私の魔力は触れてはならない禁句扱いとなっている。


「最近は、私と目が合ったら泣きそうな顔をするんだよね……」


 どうしよう、とため息をついた私を見て、クリスは励ますように明るい声音で言った。


「でも、お祖父様の預言は絶対なのよね?それなら、きっと何とかなるわよ!私、アデルと一緒に入学するのを楽しみにしてるわ!同じクラスになれるといいわね!」

「うん、ありがとう」



「ーーお待ちください」



 突然、ジャンが背後から私達を呼び止めた。


「?ジャン、どうしたの?」


「このまま進むと、大通りから外れてしまいます。……このような狭い道は危険です。戻って迂回しましょう」


「わ、ほんとだ!そうだね、もどーー」



 戻ろう、と言いかけていた私は、『それ』を目撃して口をつぐんだ。



「アデル?」

「お嬢様?」


 2人は既に大通りの方に足を向けていたが、私の声が不自然に止まったのを聞き振り返った。


 そして、私の視線を追い、『それ』を見つけて息を呑む。




「ーーあんなところに、今までお店なんてなかったよね?」




 ーー霧がかったように薄暗い路地のその向こうに、一軒の家が建っていた。



 目を凝らすと、ドアにプレートが飾られているのが見える。

 ドア横にはイーゼルにかけられた看板もあったので、この家は何かのお店屋さんなのだと察した。


  (でも、なんて書いてあるのか全然分からないや。外国語かな……?)


 分かったのは、看板に描かれた可愛らしいお花のマークくらいだ。


「そうね……。そもそも、こんなところにお店なんてあったかしら?初めて見るわ」

「そうなの?」

「ええ。……こんなに目立つお店なら、私が知らないはずないもの」


 言われて、確かにと思った。


 一見すると煉瓦造りの普通の家だが、薄茶の壁を這う蔦がどこか印象的で、一度見たら忘れそうにない。

  

 (……なんか、絵本に出てくる魔女のお店みたい)


 私達を揶揄うように、屋根上の風見鶏が風に吹かれてゆらゆらと揺れるのをぼんやりと見つめる。


 ーーすると突然、私の体がふらりと動いた。


 (え?)


「こんな怪しい店、入ったら絶対何かあるじゃないですか。危険過ぎます。戻りますよ」

「私も流石にジャンと同意見だわ。ーーアデル?聞いてる?」


 2人の静止の声が耳に入るが、私の体はひとりでに動いてしまう。


 (か、体が勝手に……!あのお店に入れってこと……!?)


 でも何故か、恐ろしいとは感じなかった。


 (ーー何だろう、この気持ち……)


 私は、何かに導かれるようにして扉を開く。


 ドアに括り付けられていたベルが鳴る音を、どこか懐かしいと感じながら。


 


 ◇◇◇



「わ……!」


 ーー外観に反して清潔感のある店内は、見たことのない不思議な商品で至る所が埋め尽くされていた。

 天井から吊り下げてある八芳星のランプも相まって、本当に魔女の家みたいだ。

 

 (箒に、革表紙の分厚い本。とんがり帽子に木でできた杖!ーーわああ、それっぽいものがたくさんある!)


 他にも、カラフルな液体入りの可愛らしい小瓶や、欠けたティーカップに古びた鍵など、様々なものが置かれている。

 

 (この地球儀みたいな形のものはなんだろう?地図が描かれてない……。うーん、ただのオブジェなのかな?わ、高級そうな絨毯もある!)


 不思議な商品の数々に目を輝かせながら店内を歩く。


「っと、行き止まりだ」


 いつの間にか、店の奥まで来てしまっていた。


 私の目の前には、割と大きめのカウンターがある。

 店主の姿はない。どうやら不在のようだ。


 ーーと、そこへ。

 2人が遅れて店内へと雪崩れ込んできた。


「ーーお嬢様!勝手な行動は辞めてください!」

「アデル!無事!?もう、気になるのは分かるけど、勝手に入ったら駄目じゃない!」


 2人同時に怒られてしまい、私は縮こまった。


 しかし、扉が妙に硬くて開かなかったので仕方がないから鍵穴を溶かして入ってきたと告げられ、思わず聞き返してしまう。


「だ、大丈夫なの?そんなことして」

「まあ、最近暑いですし」

「まだ3の月だよ……?」


 私がもう少し店内を見たいと言うと、2人は反省していないと怒りつつも、私を守るようにピタッとくっついてくれた。


 ジャンは店の商品には興味がないようでどうでもよさそうな顔をしている。

 一方クリスは、段々と店内の様子に心惹かれているようだった。


「よく見ると素敵なお店ね。あら、アクセサリーもあるみたい」


「わ、ほんとだ!」


 クリスと2人、商品棚に近づく。

 ジャンはため息をついて少し離れた場所に行った。


「見て。これとかアデルに似合いそうよ」

 

 クリスが指し示したのは、中央の小さな紅玉が可愛らしい、金輪の腕飾りだった。


「そうかな?」

「あとこれも。アデルの瞳の色そっくりじゃない?」

「わ、確かに似てるかも!あ、目の色とは違うけど、クリスはこの指輪が似合うんじゃない?」

「まあ。海の色みたいで素敵ね」


 何だか乙女心がくすぐられて、私はもっとよく見ようと商品棚を覗き込む。


 (あ、この一画は髪飾りなんだ。どれも素敵だな……、っ!?)




 ーーふと目を止めた髪飾りに、ものすごく見覚えがあった。




「アデル?どうしたの?」


「……可愛いなって思って」


「あら本当」


 ーー何度も頭の中の記憶を反芻するが、間違いない。


 

 (嘘、これって……!)


 

 ーー手を伸ばした、次の瞬間。


 静かな店内に知らない男性の声が響き渡った。




「ーーおや、珍しいお客さんだ。魔力がないのに、俺の店が見えるとは」



「っ!?」



「いや違うな。魔力はあるが、奥深くで眠ってる。それも相当強い魔力だ」


 ーー突如として現れた謎の男性は、一目で私の秘密を言い当てた。

 男性は、ゆらゆらと浮遊するロッキングチェアに腰掛けて、私達を見下ろしている。警戒を強める私達とは反対に、優雅に頬杖をついていた。

 

 目が合うと、こちらを探るような視線から一転、何故か虚をつかれたように固まった。


 (え、何……?)


 次いで、何事もなかったと言わんばかりに、男性は極上の笑みを浮かべる。


「いらっしゃい、お嬢さんがた。俺の店ーー『オズの魔法具店』へようこそ」



「魔法具店……?」


 私が思わず呟くと、男性は更に笑みを深めた。


 小声で呪文を呟き、手にしていた煙管を軽く振る。

 すると、男性の腰掛けていた椅子がパッと消えた。


 そして、直ぐ目の前に降り立ったかと思うと、煙管で軽く私の顎を掬った。


「!」



「ーーそう。この店は、俺が世界中から仕入れた魔法具を売っている、魔法具専門店。この店が見えたってことはお前さん、うちの魔法具に『選ばれた』な?」

 


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