31.再会
「小娘の分際で、よくもわたくしに恥をかかせてくれたわね……!」
「恥って……」
(そもそも、そっちが大きな声で独り言を始めたのが悪いと思うんだけど……?)
ベネット夫人は、唖然とする私を無視して言葉を続ける。
「わたくしに何か言いたいことはないかしら?」
(……え、もちろんいっぱいあるけど。ハンナの代わりにめちゃくちゃ文句を言いたいんだけど)
ーーと思いつつ。
ベネット夫人の言葉の意図には、何となく察しがついている。
恐らく、夫人が求めているのは謝罪の言葉なのだろう。
(何で私が謝らないといけないのか、それは全然わからないけど)
ベネット夫人は、黙り込む私に苛立ちを募らせていく。
「早くお言いなさい。わたくしは心が広いから、今なら許してあげるわ」
それを聞いて、何かの糸がブチっと切れた。
「……許すって、何をですか?ーー貴女こそ、かつて自分を慈しんでくれた家族に対して謝罪の言葉はないんですか?」
「は?何それ。……ああ、お姉様のこと?ふん、謝るのはわたくしではなくお姉様の方でしょう。あの人は家族を置いて、無責任にも勝手に出て行ったのだから」
ベネット夫人は本当にそう思っているようで、「謝るのはお姉様と貴女!わたくしではないわ!」と叫ぶ。
私はこめかみに浮かぶ青筋が見えませんようにと祈りながら、淡々と言葉を紡いだ。
「そうですか。ーーあ、言いたいこと、ありました」
「! ふふ、そうでしょう?」
ベネット夫人が、顔に喜色を浮かべる。
私は周囲を確認し、皆の死角となる位置に身体をずらした。ベネット夫人は、「みんなの前で謝るのが恥ずかしいのね」と言いながらついてくる。
「さあ早くーー……ひいっ!?」
ーーもし今この場に母がいたら、淑女の浮かべる顔ではないと怒っていただろう。
「私が言いたいことはひとつだけです。
ーー貴女は、一生かかっても、『お姉様』には勝てませんよ」
ゆっくりと、確実に伝わるように言葉を区切って告げた。
ベネット夫人は、一瞬だけ押し黙る。しかし直ぐにハッとして喚き立てた。
「ど、どういう意味よ!……待ちなさい。もしかしてあんた、お姉様を知ってるの?どうなのよ!答えなさい!」
変なところで察しのいい人だ。
「知りません。ただの勘です」
「はあ!?馬鹿にするのもいい加減にーー!」
「ーーハンナを、知っているのか?」
ーー突然私達の間に割り込んできたのは、今まで沈黙を保っていたベネット伯爵だ。
その目には、僅かに光が宿っている。
(え、何でーー)
一瞬反応が遅れた。その間に、ベネット伯爵は私に詰め寄る。
縋りつかれて、痛みに顔を顰めた。
「教えてくれ、彼女は今どこにいる!?」
「知りません!離してください……!」
(この程度の拘束、腕を捻り上げれば逃げられるけど……。っ、また人が集まってきた……!)
どうしたらいい、と悩む間にもベネット伯爵は言葉を続ける。
「俺は、彼女ともう一度……!」
「は!?な、何を言っているの、貴方!」
ーーそれを聞いて、理解した。
ベネット伯爵は、どうやらハンナに未練があるらしい。
失って初めて、ハンナの良さに気づいたといったところか。
(何それ……)
「頼む、彼女に会って、謝りたいんだ!」
次いで「もう一度やり直したい」と叫び出した伯爵を、ベネット夫人が鬼の形相で叩いている。
(……自分勝手な人。やり直す?ーーハンナの傷ついた心は、もうなかったことにはできないのに?)
やり直したいだなんて、簡単に言わないでほしい。
貴方たちのせいで、ハンナは王都にだって来られないのに。
この人たちにとって、ハンナは都合の良い道具なのだろう。
言うことを聞かなければ欠陥品だと癇癪を起こし、逃げ出せばあれは自分の所有物なのにと泣き喚く。
まるで玩具を取られた赤子のようだ。
今更反省した姿を見せられても、ハンナに会わせたいとは思えない。
魔力がないことを大衆の面前で指摘し、私を馬鹿にして楽しんでいた姿が、この人達の本性であると知ってしまった。
(ーーでも、ハンナは優しいから、自分にも非があるかもしれないなんて考えて、今も悩んでいるのかもしれない……)
許すか、許さないか。
それは結局、私ではなくハンナ本人が決めることなのだろう。
悩んだ末、私はとある答えを選択した。
「謝って頂く必要はありません」
「君はハンナではないだろう!ハンナに会わせろと言っているんだ!ーーっ!」
ーー私は、かつて見た女神像のように、慈悲深く無垢な笑みを浮かべた。
(恥ずかしい……けど、我慢!)
……自分の魅せ方は、母に叩き込まれている。
私は周囲の視線を奪いながら、静かになるのを待った。
ーーそして、私の答えを突きつける。
「ご心配なく。彼女は私が幸せにしますので。ベネット伯爵は夫人とどうかお幸せに」
私はそれだけ言うと、ベネット伯爵の手を強引に引き剥がし、踵を返した。
追いつかれないように、少しはしたないが子供の姿を利用してドレスの合間を駆け抜ける。
ーー少しして、周囲が騒めきを取り戻す。
「アデル様、アリシア様に瓜二つだったわ……!思わず見惚れてしまったもの」
「今であれなら、将来が末恐ろしいな……」
「それより、ベネット夫人の姉君って確か、あの事件の……?」
「ああ、あの……」
「……もしかして、あの事件はーー」
私は振り返らずに、今度こそ家族の元に向かった。
◇◇◇
「おっ、お嬢さん!お久しぶりっす!」
「……お久しぶりです」
「ミシェルさん、メイナードさん……!?」
家族の側には、見知った2人の顔があった。
お読み頂きありがとうございます!
また、ブックマーク、いいねをくださった方、ありがとうございました!執筆中に拝見して元気をもらっております!
面白い、続きが気になると思って頂けましたら、評価、ブックマーク、いいねなどで応援して頂けると非常に励みになります!よろしくお願い致します╰(*´︶`*)╯♡




