30.2人目の友人
「ーーアデル、少しいいか」
「!叔父様……!」
ーーあの後。
私はリステアード殿下と別れ、家族の元に戻っていた。
そこへ再び叔父様が現れたかと思うと、なんと父ではなく私に声を掛けてきたのだ。
(ーーというか、私の名前、覚えててくれたんだ……!?)
謎な部分に妙な感動を抱いてしまう。
父以外には興味がなさそうだなあ、なんて思っていたので、私のことも記憶してくれていたと分かり驚いた。
「探したぞ。今まで何処にいたんだ?」
「ええと、少し外の空気を吸いにーー」
叔父様は私の誤魔化すような笑みに一瞬眉を顰めたが、「まあいい」と言って私に向き直った。
「僕と同じ筆頭公爵家ーーアッシュフィールド家のご令嬢が、アデルに話があるというので呼びに来た。僕について来い」
「は、はい!」
叔父様は私に背を向け、人で賑わう会場を足早に歩いていく。
私の横では、両親が叔父様のマイペースさに溜息をついていた。
「まあ、あのアッシュフィールド家のお嬢さんなら、特に悪い噂も聞かないし……貴女に意地悪を言ったりはしないでしょう。折角のお誘いなのだから、行ってきなさい」
母に促され、叔父様の後に続く。
歩幅の違いで何度か置いていかれそうになりながらも、ひたすら叔父様を追いかけた。
(それにしても、一体私に何の用かな?確か、直接会ったことはないはずだけど……)
ーーアッシュフィールド公爵家の名は、この国の人間であれば知らない者はいないだろう。
有名な政治家や裁判官などを数多く輩出する名門一族であり、現アッシュフィールド公爵は我が国の宰相である。
アッシュフィールド公爵家の逆鱗に触れれば、この国では生きていけないと言われているほどだ。
王都に来たことがない私にとっては関わり合いのない筈の高貴な一族だが、私が知らないうちに、どこかですれ違っていたのだろうか。
やがて、叔父様の足がある場所で止まった。
「ーーほら、連れて来たぞ」
「感謝致します、キャンベル公爵」
「!」
(ーーか、可愛い……!!)
ーー何よりも目を引くのは、その長く艶やかな黒髪と柘榴の瞳。
顔周りは所謂姫カットのように切り揃えられており、少女の美しさを際立たせている。
瞳の色と同系色の可愛らしいドレスを身に纏う少女は、完璧なカーテンシーをしてみせた。
「初めまして、アデル様。私はクリスティーナ・アッシュフィールドと申します。貴女とお話をしてみたくて探していたのだけれど、どこにもお姿が見えなくて……。キャンベル公爵に使い走りのような真似をさせてごめんなさい」
謝る彼女に、慌てて首を振る。
叔父様にも視線を向けると、軽く頷いてどこかに立ち去ってしまった。
(いやいや、どっか行けって意味じゃないよ!?お、叔父様……!)
少女は、そんな私達を見て鈴を転がすような声音で笑う。
次いで、私に熱い視線を向けた。
(ん……?)
少女は一度恥じらうように俯いた後、両手を胸の前で組み、上目遣いでこう言った。
「ねぇ、アデル様。私、ベネット夫人に毅然と立ち向かう貴女の姿を見て、貴女のファンになってしまったのです。良かったら、私と友達になってくださらないかしら……?」
「ーーはい喜んで!」
殿下からダンスのお誘いを受ける際、真っ先に言うべきだった言葉がするりと出た。
「まあ、本当?嬉しいわ!」
頬を紅潮させて喜ぶ姿が可愛らしい。
私も内心、嬉しくて喜びの鐘が鳴り響いた。
(やったあ!まさか、今日だけで2人もお友達ができるなんて…!)
ーーしかし、突然少女の目つきが変わった。
先程とは打って変わり、声音はそのままだが早口で捲し立てる。
「ーーじゃあ、アデルって呼ばせてもらうわね!私のことはクリスティーナでもクリスでも好きに呼んでちょうだい。ふふ、アデルったら、わざとワインをかけようとした相手を助けるなんて!私久しぶりに感動しちゃった!この会場の誰よりも貴女が1番格好良かったわ!」
「おお」
いきなり始まったマシンガントークに一瞬目を瞬くが、恐らくは気を許してくれた証なのだろう。
特に指摘することはせず会話に応じる。
「あはは、ちょっと恥ずかしいな」
「しかも、リステアードのファーストダンスのお相手はアデルだっだわよね?会場中の嫉妬の視線が貴女に向かっていたけど、大丈夫だった?」
クリスはリステアード殿下の幼馴染で年も同じらしく、普段は彼女が殿下のファーストダンスを務めていたと話した。
それを聞いて、もしかして私は彼女の恋敵(?)なのかと戦慄し、恐る恐る聞いてみたところ、その考えは否定された。クリスには他に好きな人が居るという。
(よ、良かった……!一瞬、どろどろの愛憎劇に巻き込まれたかと思って焦っちゃったよ……!)
どうやら、「殿下のお相手はこの私よ!」という宣戦布告ではなかったようだ。私はほっと胸を撫で下ろす。
今度2人で恋バナをしようと話しながら、私は周囲にも聞こえるように、殿下との仲をきっぱりと否定した。
「一応言っておくけど、殿下とは何もない(ことにした)からね」
「あら。あのリステアードなら、貴女みたいな面白……素敵な子、絶対に放っておかないと思うのだけど」
「今、面白いって言いかけなかった?」
「気のせいよ」
クリスは戯けて肩をすくめた。私は堪え切れずに笑ってしまう。
あのアッシュフォード公爵家の娘でありながら、クリスはとても気さくで、話していて楽しい。是非これからも仲良くしてほしいと思った。
「あ、そういえば、殿下と友達にはなったよ」
「……何ですって?私、もしかして先を越された?」
ーー友達に後も先もあるのだろうか。
よく分からないが、クリスは歯軋りをして悔しがった。
(そ、そんなに……?)
「アデル。私と沢山お話ししましょう!リステアードよりも私の方が、貴女と仲良くなってみせる……!」
「わあ」
どうやらクリスは、殿下をライバルと見定めたらしい。
美しい柘榴の瞳がメラメラと対抗心で燃えているように見えた。
ーー面白いのは、私よりもクリスの方だと思うなあ。
その後も2人でお喋りを楽しんだが、やがてクリスの両親が彼女を迎えに来た。
軽く挨拶をし、領地に帰ったらお互いに手紙を書こうと約束をして、クリスと別れる。
思いがけない新しい出会いに胸が弾むのを感じながら、私も家族の元へ帰ろうと足を踏み出したのだが。
「やっと見つけたわよ、小娘」
(こ、小娘……!?)
なんだその台詞は。初めて言われた。
ギョッとして振り返れば、まさかのベネット夫人だった。傍には抜け殻のような伯爵も居る。
「ベネット夫人……!」
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建国祭編も佳境となって参りました。
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