27.開幕
王族の入場を告げる合図に、空気が変わるのを感じた。
招待客は皆今まで以上に気を引き締め、噂話をぴたりとやめる。
いよいよ、建国祭が本当の意味で始まるのだ。
「アデルや〜。これを食べて元気を出すんじゃ!」
「お、お祖父様!?」
そこへ、空気を読む気などさらさらないお祖父様が、肉やら野菜やらを携えて戻って来た。
(えええ……!)
取り敢えず小声でお礼を述べたが、この重々しい雰囲気の中で食事をする勇気はない。
しかし、捨ててしまうとお祖父様の気持ちを無碍にすることになるし、何より食材が勿体無いと思ってしまう。
困った末に父に手渡すと、父は苦笑いをしながら受け取ってくれて、1人会場の隅へと向かった。
(ごめんなさい、父様……!)
父は、こっそり完食してきてくれた。叔父様にバレたらきっと、いや確実に怒られるのでどうか黙っていてほしい。
やがて、国王陛下による開会の挨拶が高らかに響いた。
許しがあるまで私達臣下が王族のご尊顔を拝することは叶わないため、頭を垂れてその御言葉を拝聴する。
「ーー皆の者。今宵は、大勢の者が建国祭に集ってくれたこと、嬉しく思う。カレンデュラ王国の益々の繁栄を祝い、大いに楽しんでいってほしい。……そして、女神アーデルハイトへの感謝を決して忘れぬよう、皆で祈りを捧げよう!」
招待客が皆一斉に手を組み、女神様に祈りを捧げた。
他国からの賓客も、同じく女神様に祈る。女神様への信仰心には国境など存在しないようだ。
その光景に一瞬慄くが、きっと、世界を救ったとされる女神様の偉大さ所以なのだろう。
私も周りに倣って、女神様に心の中で感謝を述べる。
(女神様、いつもありがとうございます)
目を閉じ、かつて教会で見た女神像を脳裏に浮かべた。
数年前の収穫祭では女神様の助言に助けられたことを思い出す。
(あれから声が聞こえてきたことは一度もないけど……。女神様、元気にされてるかな)
収穫祭終了後、何度か女神様にお礼を伝えに教会に行ったが、女神様は沈黙を保ったまま。
ーーそして今日も、女神様からの返事はなかった。
◇◇◇
開会宣言の後は、陛下に祝典の挨拶を言祝ぐ時間となった。
他国の王族を中心とした来賓の皆様、筆頭公爵家の順に陛下の座す階上へと続いていく。
(はっ!そういえば私、これから怒られるんだった……!?)
ベネット夫人や叔父様が強烈すぎて忘れていた。今更ながら怖くなってきて血の気が引いていく。
「……今年もレシュノルティア帝国の皆様はお姿を拝見していないわね」
「仕方がないだろう。表立った諍いがないとはいえ、彼の国は仮想敵国だ。我が国へ友好の挨拶になど訪れるわけがない」
「だが、グラジオラス皇国やプリムヴェール公国は毎年挨拶にいらしてくれているというのにーー」
ーー近くからひそひそと大人の会話が聞こえてくるが、今の私はそんな政治の話に興味はない。
それよりも、何とかこの場から逃げ出せないだろうかと必死に思考を巡らせる。
(ハンナと話してた時は、何とかなるって思えたけど……!打ち首になったらどうしよう!?)
しかし、良い案は思いつかないまま、シュタイナー伯爵家の番となってしまう。
「アデル。諦めなさい」
「お母様……。私のせいでシュタイナー家に迷惑をかけてしまうくらいなら、私は……」
「馬鹿なことを言わないの。ほら、行くわよ」
「ううう……、はい」
悲壮な覚悟を決めかけていたが、母に嗜められる。
私は家族に連行されながら、天国への片道切符……もとい長い階段を登っていった。
そして、陛下達のお姿が見えてきた、というところで。
「ーーおお、シュタイナー伯爵家か!よく来てくれた!もっと近くに寄りなさい」
陛下が玉座から立ち上がって、興奮気味に私達をそう呼んだ。
父が挨拶を述べようと口を開くが、陛下は「そういうのはいいから早くこっちへ来なさい」と促す。
私は罪から少しでも逃れようと、そそくさと両親の影に隠れた。
(叔父様の時といい、今日の私は隠れてばかりだ……!)
「ーー久しいわね、アリシア。会えて嬉しいわ。ふふ、貴女は幾つになっても美しいわね」
「身に余るお言葉、恐悦至極に存じます。王妃様も、カレンデュラ王国一のお美しさに益々磨きがかかっておられますわ」
こっそりと辺りを見渡せば、母が王妃様と和やかに言葉を交わしていた。
「……この度は申し訳ございません。娘はとある事情がありまして、領地から出さずに大切に守っておりましたの」
「あら、いいのよ。ーーアデルちゃんは私の娘同然だもの。今日こうして顔が見れて嬉しいわ」
「寛大なお心に感謝致します。……ふふ、王妃様はご冗談がお上手ですわね」
「ーーわたくしが冗談を好まない性格なのは、貴女もよく知っているでしょう、アリシア?」
「まあ、ふふ。何のことだか私には分かりかねますわ」
(な、和やか……?)
2人とも目が笑っていない。
何故か、母の武装はこの場でも活躍しているように感じた。
「ーーへえ、初めて見る子がいる」
「……アデルとかいう1人娘では?」
「兄上、失礼ですよ」
ーー次に視界に映ったのは、何とも煌びやかな王子達だった。
陛下や王妃様は勿論のこと、目の前の3人の王子殿下はゲームに登場しそうなくらいの華やかさである……とまで考えて、はた、と思い出す。
(そういえば、お一方は本当にゲームのメインキャラだった……!?)
不敬罪だとか、打ち首だとかばかり考えていたせいか、最も重要なことが頭から抜けていた。
幼い頭では同時に複数のことを考えるのが難しいとはいえ、何たる不覚。
(ーー落ち着いて、私。この方はお優しい王子様だったはず。私に何かしてくるような人じゃない……!!)
「!」
ーー何故か今、目が合ってふわりと微笑まれた。
(な、何!?怖い!私何かした……って今まで病欠って嘘をついてたよね!その節は本当に申し訳ございませんでした!)
心の中で謝り倒すが、王子の視線が追いかけてくる。
「なんと、そなたがアデル嬢か?ーーほお、これはこれは」
しかも陛下にも見つかって、深く頷かれてしまった。
「アデルは儂の可愛い孫じゃ。何かしようものなら……分かっておるな?」
そこへ、お祖父様が歩み出て庇ってくれた。
悪役みたいな発言だがすごく頼もしい。
(お祖父様、頑張って……!)
「勿論だ。そなた達を敵に回すつもりは毛頭ない」
「その割には書状は随分と物騒だったようじゃがの」
「ああでも書かないとアデル嬢を連れてきてくれなかっただろう」
「当たり前じゃ。余計な虫がついたらかなわん」
「……そなたでなければ、まことに不敬罪だぞその発言は」
お祖父様と陛下は旧知の仲なのだろうか。何やかんやと楽しそうに話している。
両親に目を向けると、2人も未だ警戒姿勢ではあるものの、どこか緊張の糸が緩んでいるように見えた。
(よ、よし。生きて帰れそうかも……!)
ーーと、安心したのも束の間。
「ーーでは、そのように」
(ん?)
いつの間にか、件の王子が近づいてきて、私にすっと手を差し伸べた。
どういうことかと、その手を取ることが躊躇われる。
「えっと、あの……?」
困惑する私に、目の前の人物は再度清らかな笑みを浮かべ、こう言った。
「アデル嬢。私と踊って頂けますか?」
「え?」
ーー分かっている。普通ここは、「はい、喜んで」と言うべきだったと。
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