26.叔父様
(父様の、弟……!?)
ーーつまりは、私にとっての叔父にあたるのだろう。
その人が、『あの』キャンベル公爵家の当主だということは。
(ま、まさか父様、筆頭公爵家の元嫡男だったの……!?)
ーーカレンデュラ王国において、王家に次ぐ権力を有する4つの公爵家。
彼らは法律、外交、財務、軍事といった国の行政を一手に担っており、建国時から王家を支え続ける由緒正しき名門貴族だ。
筆頭公爵家の当主ともなれば、選ばれた者しか座れない至高の座。
未来の大臣職が約束されているようなものである。
ーーそんなすごい人が、何故片田舎の伯爵家で当主になっているのか。
父の家系について特に今まで気にしたことはなかったが、思わず考えてしまう。
伯爵家の一人娘と、公爵家の嫡男……。普通であれば、母の方が嫁入りする立場の筈だが。
そこで、謎にピンと来た。
(もしかして……駆け落ち!?)
何だかものすごく腑に落ちた。母にベタ惚れの父ならやりかねない。
……成る程、父の母への愛は私の想像よりも深かったようだ。
(きっと、母様との一大ラブロマンスがあったんだ……!)
2人の馴れ初めだけでラブロマンス小説が書けそうだと、私は少しドキドキした。
私がそんなことを考えている間に、叔父様の話が続いていく。
「何の騒ぎかと思えば、まさか兄上だったとは!久しぶりにお顔を拝見できて、心より嬉しく思います!ーー女狐、貴様は帰れ!」
両親は始め見なかったことにしようとしたのだが、父が叔父様の言葉に反応し、その場に留まった。
「黙って聞いていれば、何だその言い方は。アリシアに謝れ」
「兄上のお言葉でもそれだけは聞けません」
「……」
「ああ、お可哀想な兄上。すっかりこの女狐に騙されてしまって……。くっ……!キャンベル家が年中外交など任されていなければ、離婚届を携えて毎日兄上のお宅に伺えたのに!」
「な、やめろ!そんなことをして、うっかりアリシアがサインしてしまったらどうしてくれるんだ!」
何だか思ったよりも悲しい会話をしている。
「ーーおい、女狐。もう満足しただろう。早く兄上を解放しろ!」
「人を女狐女狐と連呼するはやめてくださる?不愉快ですわ。……それに、私は貴方のお兄様がどうしてもと言うから結婚したのですけれど」
「な、何だと……!っ、そんな訳がない!貴様が兄上を誑かしたに決まっている!」
「どちらかと言えば、女性を誑かしていたのはウィリアムの方でしょう」
「ア、アリシア。頼むから昔の話は忘れてくれ……!」
母は母で、火に油を注いでいる。
「大体貴様のどこが『妖精姫』なんだ!愛らしいのはその見た目だけだろう!……今日は本当に女狐みたいな格好をしているな!?」
「あら。お褒め頂き光栄ですわ」
そんな会話が、永遠に思えるほど長い時間続いた。
叔父様と母は、互いに嫌味を混ぜながら言葉の応酬を繰り返している。
はたからみると、母の方が上手に見えた。
叔父様が母達より年下なのもあるだろうが、母の話術が見事に叔父様を転がしている。
ーーしかし、本来の叔父様は、カレンデュラ王国を代表する外交官。
母が少しでも失言すれば、そこを突いてくるのは予想できた。
(そっか。母様が言ってた『あの方』は、きっと叔父様のことなんだ)
母は常々、ドレスは女性の武装だと話していた。
ライバル(?)と戦うにあたって、母は己を美しく着飾り、強さに変えているのだろう。
ーーやがて、父が真剣な顔で叔父様を見据える。
「……エルネスト。何と言われようと、私は公爵家には戻らない」
叔父様の名前はエルネストと言うらしい。
私は母の後ろで新事実に目を瞬いた。
……私は私で、コソコソと人の話を聞いて、一体何をしているのだろうか。
(いや、だって、会話に入れないんだもん)
「私はもう公爵家を勘当された身だ。悪いが、私を当主にしようとするのは諦めてくれ」
「っ、僕は諦めません!父上が当主の座を退き、今は僕が当主となってしまいましたが……。本来この立ち場相応しいのは兄上です!父上も話せばきっと分かってくださる。強く、聡明で、時に冷酷な兄上こそが……!」
「ーーすまない、エルネスト」
父はそう言って、静かに目を伏せた。
叔父様は更に言葉を重ねようとしたが、父を幾ら説得しても無駄だと察したのだろう。
悔しそうに歯噛みし、口を閉ざす。
ーーそこで、私と目が合った。
(あ)
思わず、見つかったと思ってしまう。
叔父様は私に母の後ろから出てくるよう促した。私はそれに従い一歩前に歩み出る。
「……兄上に似ていないな」
「あ、あはは……」
父が大好きな叔父様にとっては、そこが最重要事項だったらしい。
挨拶を交わした後直ぐにそう言われ、私は乾いた笑みを浮かべた。
「名前は?」
「……おい、エルネスト。アリシアが送った手紙を見てないのか」
「見るわけがないでしょうそんなもの」
母が口元を引き攣らせている。
「ア、アデルです」
「名前まで女狐に似ているのか」
さては兄上が名付けたな、と叔父様が謎に頷く。
ーーどうやら叔父様は自国よりも他国に滞在する期間の方が長く、私の存在を知らなかったようで、物珍しそうに私をじろじろと眺めていた。
「……目元は兄上に似ている、か?」
ーーまだ探していたのか。
「ふ、私の娘は可愛いだろう」
「と、父様!ちょっと黙っててください……!」
父は父で鋼のメンダルである。何故今のタイミングで自慢できるのか。
叔父様は、先程までの気迫が嘘のように静かになった。
「ーーアデル」
「は、はい!」
名前を呼ばれ、肩が跳ねた。
次いで、今まで勉強してきた内容や、特技について問われる。
答えると、叔父様の想像を遥かに超えていたらしく、「兄上の英才教育はすごいな……」と何故か父の株が上がった。凄まじいまでのブラコンぶりだ。
「ーー分かった。では、これからも兄上を目標に、よく学ぶように」
「はい」
叔父様はそれだけ言うと、「そろそろ時間だな」と呟きながら去っていった。
両親と3人で安堵の息をつく。
(な、何だか嵐みたいだった……!)
ーーそして気づけば、見物客が増えていた。
今までの会話を聞かれていたのかと思うと、恥ずかしさでどうにかなりそうだ。
「素敵……。さすが、社交界一のおしどり夫婦だわ」
「真実の愛で結ばれたお二人だものね。羨ましいわ」
オシドリフウフ?シンジツノアイ?
(……見ようによっては、そう見えるのかな?)
聞こえてくる声に首を傾げるが、周囲の者達はうっとりと両親を見つめている。
私は詳しく知らないので何とも言えないが、どうやら、意外にも両親のラブストーリー(?)はご婦人方に受け入れられているらしい。
(でも、ちょっと興味が湧いたかも。いつか母様に聞いてみよう)
父に聞いたら絶対に話を盛るに決まっているので、聞くなら母だ。
そうこうしている内に、王族の皆様がご入場される時間となった。




