24.カレンデュラ王国建国祭
ーー辿り着いた先は、王宮を守護するようにそびえ立つ、巨大な門の直ぐ側だった。
「な……!?」
「驚かせてすまない。ーーこれを」
「は、はい」
門番は突然現れた私達にギョッとしたものの、直ぐに何事もなかったかのように切り替えて、父に手渡された招待状の確認をした。流石はプロだと感心したが、次いでその招待状をもの凄い勢いで二度見したかと思うと、もう1人の門番に駆け寄った。2人は何やら小声で話し合っている。
(?どうかしたのかな)
私はどこか不備があったのだろうか、それなら帰っていいかな、なんて考えていたのだが、招待状を渡した方の門番が息を切らしながら戻ってきた。
「……失礼致しました。シュタイナー伯爵家の皆様、本日は建国祭へようこそいらっしゃいました。確認が終わりましたので、このまま真っ直ぐお進みください」
「ありがとう」
門番は父の返事に頷いた後、魔法具を操作する。すると、重厚な鉄門がギギギと鈍い音を立てて開き、隠されていた王宮の外観が露わとなった。
「わあ……!」
ーー白とスカイブルーを基調とし、黄金で彩られた豪奢な城は、壮麗な佇まいで私達を出迎えた。
尖塔には、カレンデュラ王国の国威を見せつけるかのように巨大な魔法石が輝いていて、私は思わず目を奪われる。
(す、すごい。本物のお城だ!しかも何あれ、魔法石ってあんなに大きなものもあるの…!?)
この城だけで総額幾らなのか。考えるのも恐ろしい。
驚嘆し未だ立ち尽くす私に、両親が早く来るよう促す。
私は慌てて2人の後に続くため足を早めた。
「ーーいやあ、驚きました……。まさか、本物のシュタイナー家を見ることができるとは……!」
「お前今年から配属だもんな。実際に見ると迫力がすごかっただろ」
「ええ。しかも秘蔵と噂のお嬢様まで……!」
「俺もお嬢様は初めて見た。夫人に似て可愛らしかったな。ーーこれは、今年の建国祭は荒れるかもしれんぞ」
門番が2人、コソコソと話していたことを、私は知らない。
◇◇◇
建国祭の開始時刻となり、爵位の低い貴族から順に、会場となる大広間への入場が始まった。
私は玄関ホールで両親にぴったりとくっつき、注がれる好奇の視線から逃れようとする。物珍しいものを見るかのような視線が痛かった。
ちらりと入場口の方に視線を向けると、私と同じくらいの年の子が堂々とした面持ちで入って行く姿が見えた。
その姿を見ると、成人女性の記憶を持つ私がしっかりしなくてどうする、という気持ちになり、なんとか気合を入れ直して背筋を伸ばす。
そして、遂にシュタイナー伯爵家の名前が呼ばれた。その頃にはお祖父様も合流し、私は家族に導かれながら、大広間へと足を踏み入れる。
(わあ……!素敵……!)
その美しい光景に、心が躍る。
ーーまるで、洋画のワンシーンの切り取ったかのようだと思った。
大広間に敷き詰められた大理石は、シャンデリアの光に照らされ、眩いほどにきらめいている。上を見上げれば、神話を模した天井画が厳かに描かれていた。
更には、視界に飛び込んできた色鮮やかなドレスの数々に、私は感嘆の溜息を溢す。
奥側に位置する、ワインレッドの絨毯が敷かれた場所は、ダンスを踊るホールだろうか。目を凝らせば、優雅な音楽を奏でる音楽隊の姿が見てとれた。
私達の入場に気づいた貴族達が、先程よりも顕著に突き刺すような視線を寄越す。そして何だか遠巻きにされている。
思わず怖気付く私に、母が小声で話しかけた。
「アデル。胸を張りなさい。大丈夫よ。貴女は私の娘だもの。この会場に居る者たちくらい、一瞬で魅了できるわ」
ーー母様、それはどういう慰め方ですか?
「か、母様?そんな魔性の女の人みたいな真似、私にはできませんよ……!?」
「あら、いつもしているじゃない」
「え……!?」
身に覚えのない罪に震えていると、横で父達も声をかけてくれた。
「アデル、始まるまで父様と隅にいるか?」
「食事をしたら緊張も解れるんじゃないかの。お祖父様が取ってきてやろう」
「義父上、いけません。まだ開会の挨拶も終わっていないのに失礼ですよ」
「む。固いことを言うでない。少々良いじゃろ」
「良くないです」
「アデル、王家の皆様への挨拶が終わったら、後で母様とデサートを取りに行きましょうね」
「アリシア、私もーー」
「貴方は挨拶回りに行ってらっしゃいな」
「そ、そんな……!」
自分の家族ながら、とんでもなくキラキラしている。会話の内容はものすごくどうでもいいのに。
(いや、みんな私を心配してくれているのに、どうでもいいなんて失礼だよね……!)
「ごめんなさい」と心の中で謝罪する。
ーー父はよく知らないが、母やお祖父様はこのような視線に長年晒されてきたのだろう。全く緊張した面持ちはなく、寧ろ優雅な佇まいでこの場を支配しているようにも見える。
(わ、私も見習わなきゃ!)
やがてお祖父様が「少し席を外すわい」と言って本当に食事を取りに行ってしまった。お祖父様自由すぎる。
ーーと、そこへ。
「ーーお久しぶりです、シュタイナー伯爵」
そう言って話しかけてきたのは、父よりも年若い青年だ。父に話しかけることが許されるということは、彼の家格はうちと同等なのだろうと察する。
「……ベネット伯爵」
父が何故か、苦虫を噛み潰したかのような顔をした。横で母も嫌悪感を露わにしている。私は、目の前の優しそうな人物が両親にそんな顔をさせるのかと驚いた。人間不信になりそうだ。
ベネット伯爵は気づいているのかいないのか、話を続ける。
「私の妻が貴方がたと話がしたいと言って聞かないのですが、良かったら相手をしてやってくれませんか。ーーほらイザベラ、挨拶しなさい」
まだ父は了承の返事もしていないのに、ベネット伯爵は勝手に夫人を紹介し始めた。
(分かった。この人、相手の話を全く聞かないタイプだ!)
私が謎に納得していると、夫人が私達の前に歩み出た。ハニーブラウンの髪がふわりと揺れる。
「御機嫌よう、シュタイナー伯爵家の皆様。わたくし、イザベラ・ベネットと申します。……そちらのお嬢様は、初めてお見かけしますわね。お名前をお聞きしても?」