17.貴女のための花
「そういえば彼、素人じゃないっすね」
ジャンを見送ってから少し経った後。ミシェルさんがそう切り出した。
天気の話をするかのようにさらりと言われ、一瞬素直に答えてしまいそうになった。問われた意味に気づき、背筋に嫌な汗が伝う。
私はなんとか内心の動揺を押し殺そうとしたが、その違和感を見過ごしてくれる2人ではなかった。
メイナードさんも、ミシェルさんに同意するように言葉を続ける。
「……確かに、足運びが一般人とは違っていたな。従者と聞いていたが、彼も護衛の1人なのか?」
流石は、魔法騎士団の団員というべきか。
2人とも、ジャンの過去にうっすらと勘づいているようだった。
そして、何故そんな人物が私の側に居るのかと、訝しんでいる。
「そうですね、ジャンは私の護衛も兼ねていてーー」
(どうしよう。何て答えるべき?)
勿論、正直に暗殺者だったことを告げるのは良くないだろうが、変に誤魔化せば、後ろめたいことがあると言っているようなものだ。
ーー少しの逡巡の後、こう答える。
「……もしジャンが、普通の人と違うように見えるのなら、それはお祖父様のご指導を受けているからなのかも知れませんね」
……うん、嘘は言っていない。嘘は。
2人は「なるほど」とつぶやいた後、それ以上は追求して来なかった。
◇◇◇
「遅いですねえ」
ハンナがそう言いたくなる気持ちも分からなくもない。
ショーの見せ場である勝ち抜き戦も終盤。それなのに、まだジャンの出番は来ない。
「まさか、サボっているんでしょうか」
「それはないよ。サボるつもりだったなら、ジャンは頑張るなんて言わない」
かれこれ3年も共に過ごしているのだ。ジャンの性格はよく分かっている。
「でも、本当に遅いね。大丈夫かな……」
勝ち抜き戦も終わり、残すはショーのエンディングのみとなった。
お祖父様が再び登場し、閉幕の挨拶が始まる。
魔法騎士団のみなさんが感謝の言葉を述べ終えた後、湖上に浮遊するお祖父様の直ぐ横に、ジャンが現れた。恐らく、お祖父様の魔法だろう。
ハンナと2人、安堵の声を漏らす。そして、一体何をするのかと様子を窺うも、ジャンはいつも通りの無表情だった。
お祖父様が、声高く宣言する。
「ーーでは最後に、この儂の一番弟子が、本日のショーを締めくくろう!」
あの、ジークフリート・シュタイナーの弟子?
誰かがそう呟いたのを皮切りに、客席がどよめく。
私も驚いた。確かにお祖父様に師事しているが、いつの間に本格的に弟子になっていたとは。
これまで直接の弟子を取らなかったお祖父様が選んだ弟子とは一体どんな人物なのかと、みながジャンを注視する。
隣でミシェルさん達も「え?ほんとに?」と声を上げた。やはり信じていなかったのか。
ジャンは、お祖父様の魔法で、湖を見下ろすことのできる高さまで浮上した。
お祖父様が、エキシビションの時のように、当たり一面の光を奪っていく。
暗闇の中、ジャンの瞳と、耳元で揺れる魔法石だけが、妖しげな光を纏った。
ーーそして。
「《プルガトリオ》」
詠唱と共に、空中に炎の華が咲き誇った。
◇◇◇
耳が痛いほどの大きな音を轟かせながら、色とりどりの光が打ち上がる。
みなが褒め称える中、私は1人だけ、その光景を見て立ち尽くしていた。
(これ、『花火』……?)
ーーその話をしたのは、一度だけ。
6歳になった歳の収穫祭で、前世のお祭りでは『花火』と呼ばれる夏の風物詩があったのだと、口を滑らせたことがある。ジャンは、「あまりにも花が好きすぎて、ついには空でも咲かせることにしたんですか?」なんて言って笑っていた。
少しの反抗心で、思い出した金属の炎色反応についてふんわりとぼかしながら説明したが、ジャンは興味がなさそうに聞き流し、その後も話題に上がらなかったので、すっかり忘れたものだと思っていた。
(覚えててくれたんだ……)
どこか懐かしい景色に、自然と涙が滲んでいく。
ジャンと仲良くなれたと思っていたのは、どうやら私の思い違いではなかったらしい。
点火する行為自体は初期魔法とは言え、魔法式として表現するのは、至難のわざだったに違いない。
きっと、私に隠れて沢山頑張ってくれたのだろう。その過程でお祖父様の弟子になったのかもしれない。
その光景を想像して、熱い思いが込み上げてくる。
(ありがとう、ジャン……)
私はハンナに抱き着いて、声を上げて泣いた。
……ハンナが、先ほどメイナードさんから借りたよれよれの手巾を貸してくれようとしたが、それは丁重にお断りさせて頂いた。
ジャンの見せ場回です!呪文もようやくお伝えできました!
この話まで続けて読んでいただきたかったので、夜中ですが頑張って書き上げました……!
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