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1.生まれ変わり

「っ!?」

 

 ーー夢を、見ていた。

 詳しくは思い出せないが、とても悲しい夢だったような気がする。

 私は頬を伝う涙を拭ってから、ゆっくりと体を起こした。


 どうやら、随分と長い間眠っていたようだ。頭が痛い。


 「今、何時……?」


 ベッドから出るのは億劫だったので、首だけを動かして周囲を見渡す。

 視界に映ったのは、白やピンクを基調としたお姫様のように可愛らしい部屋だ。


 (あれ、私の部屋ってこんな感じだったっけ……?)


 贅が尽くされた高級感漂う室内にどこか違和感を覚えたものの、何故そう思ったのかは分からなかった。


「えっと、何だったっけ。あ、そうだ。時計……」


 ようやく探していたものを見つけ、目を凝らす。

 壁にかけてある時計は、どこか古めかしくもお洒落なものだ。

 針はおよそ18時くらいを指し示しており、起きるには不自然な時刻だとぼんやりした頭で思った。


(もしかして、朝からずっと寝てた……?嘘、やばい。今日の『ログボ』、まだ受け取ってない……!『デイリーミッション』も終わってないし……!)


 慌てて自分の『スマホ』を探す。

 しかし、どれだけ見渡してもそれらしき物は見当たらない。


「ん……?何だったっけ、それ」


 何だか、頭が混乱している。

 大事なことを忘れているような気がするのに、思い出せない。


 先程から私はどうしてしまったのだろう。


「? まあ、いっか……?」


 そう思いつつ、ふと、部屋にあった鏡台に目を向ける。


 ーーそこに映っていたのは、あまりにも可憐な少女だった。


 ピンクがかったミルクティー色のサラサラした髪に、ペリドットの瞳。

 幼いながらも、人形のように整っている顔立ち。




「……うわ、可愛い。流石主人公」



 

 ……え?

 ーー今、自分は何と言った?


 (主人公……主人公!?)

 

 段々と、霞がかった思考がクリアになっていく。興奮で鼓動が速くなった。


「待って、嘘、私、もしかして……!」


 そして、まさかの事実に気づいた次の瞬間。

 頭に大量の記憶が傾れ込んできて、私は再びベッドにダイブしたのだった。




 ◇◇◇




「まず、状況を整理しよう」


 私、アデル・シュタイナーはカレンデュラ王国の伯爵家に産まれた1人娘。5歳になった誕生日に高熱で三日三晩生死を彷徨い、そして……。



「この世界が、前世大好きだったゲームに似てるってことを、思い出しちゃったんだよね……」


 前世の自分についてはあまり鮮明に思い出せなかったが、悲しいことにブラック企業に勤めており、休日にゲームをすることだけが癒しという少し寂しい人生のようだった気がする。


 ……そんなことは、今はどうでもよくて。


「どうしよう、嬉しすぎる……!私、あの『黎明のガイア』の世界に生まれ変わったの!?」


 目覚めて直ぐは記憶が混乱していたが、ようやく落ち着いてきた。

 そして、喜びを1人噛み締める。



 ーー『黎明のガイア』は、魔法学園を舞台にしたスマホRPGゲームだ。



 中世ヨーロッパに似た世界観で、主要キャラクターの殆どは魔法使い。

 神がかったキャラデザと重厚なストーリーが話題を呼び、前世では若い男女を中心に絶大な人気を誇っていた。

 

 ……あれ?

 でも、前世の私は何かに怒っていたような……。


 (はっ!そうだ、そのストーリーの結末が問題なんだった……!)


 ーーゲームの主人公アデルは、15歳で魔力を発現し、魔法学園に入学する。

 メインストーリー第一部では、自身の少ない魔力量に悩みながらも、多くの仲間達と学園生活を楽しんでいく、所謂王道ストーリーが展開される。



 ーーしかし、このゲームはただの学園物では終わらない。



 第一部終盤、信頼していた人物の裏切りが発覚する。

 そして続く第二部で大陸全土を巻き込む戦争が始まり、アデル達はその戦いに身を投じることになるのだ。


「第二部は精神的にしんどかったなあ。かつての仲間とも戦うことになったし、何より……」



 ーー何より、その裏切り者、所謂ラスボスは私の最推しだったのだ!



 前世の私は、第一部からそのキャラが大好きだった。


 (というか、『黎明のガイア』ファンは、みんな好きだったよね……!)


 当時のSNSでは、大勢のファンによる阿鼻叫喚で、タイムラインが埋め尽くされていたことを覚えている。

 私も例に漏れず、該当のストーリーを読んだ後は数日放心状態だったものだ。

 まさかあの人が裏切り者だったなんて、一体誰が予想できただろう。


 (戦争を裏で手引きしてたとか……。ははは、今思い出してもぶっ飛んでるなあ)


 第一部で見せた彼の優しい性格は、どうやら演技だったらしい。

 その本性は真っ黒で、尚且つ世界を滅ぼしたがっていたと知り、私達ファンは頭を抱えた。

 何かの間違いであってくれと願ったが、無情にも物語は彼をラスボスとして終幕へと向かっていく。

 

 ーー悩んだ末に私が出した結論は、それでも、やっぱり彼が好きだということだ。

 どうしても、好きなものは好き。寧ろ、これは新たに加えられた彼の魅力ではないのか。

 そう、これはマイナスではなくプラス。私達ファンはこんな所では止まらない。止まってなるものか。

 一度覚悟を決めれば、後はその沼に一直線だ。

 ストーリーが進むに連れて明かされていくダークな一面に、私は一層惚れ込んでいったのである。


 そして迎えた第二部終盤。

 私の最推しは、主人公に敗れ命を絶ってしまう。

 和解の道もあった筈なのに、彼は自ら死を選んでしまった。

 

 ……一応、物語はハッピーエンドで締め括られたことになる。

 でも、彼だけは最後まで救われなかった。


 メインストーリー完結後、私達ファンは泣き崩れた。

 この結末を変えたくても、最早どうすることもできない。


 私も己の無力さに打ち震えた。


 たかがゲームのキャラじゃないか、と笑う人も居るだろう。

 でも私にとっては、辛い生活に癒しをくれた、大切な『人』だった。


 ーー確かに彼は悪い人だった。

 でも、それだけではなかったことを、『私達』は、知っていた筈なのに。


 前世やゲームのことを考えて、再び涙が溢れてきた。

 再び鏡を見て、ああ主人公は泣き顔も可愛いなあ、なんて考えて。




 

 ーーそして、気づく。今は、私がアデル(主人公)だ。





 私が主人公。

 これから始まるのは、私のための物語(人生)




 手を握って、開く。

 私は、今、この世界に生きている。


 (もしかしたら、あの結末を変えることができる……?ううん、例えできなかったとしても、何もしないでストーリーに身を委ねるのだけは絶対に嫌!)


「…決めた。私は、『先生』を幸せにしてみせる!!絶対に死なせない。生きたいって言わせてみせる!!」



 こうして私は、この世界への反逆を決めたのだ。

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