谷崎上等兵
佐倉連隊の大きな門をくぐると、これから暮らすことになる部屋へと案内された。
粗末なパイプベッドの上に軍服2着とシャツが2枚、きれいにたたんであった。
「官給品なので粗末にはしないように。洗った後はきちんとたたんでタンスにしまっておくことだな」
教育係の丹羽が淡々と教えてくれた。
「愼治さん、来たんですね」
安達少年、今は一等兵に昇格したらしいが、別れを惜しんだ時よりも凛々しくなっていた。
「安達君か、見違えたよ」
「愼治さん、古株の兵隊がいるんですよ。そいつから目を付けられないようにしなくてはいけません」
安達の心配はよそに、兵舎の生活は合宿のようなもので、イジメにさえあわなければ過ごしやすいものだった。
服はきちんと畳まなければならないまでも、シワをつくりさえしなければ怒られなかった。
風呂は先輩から順に入る。
炊事は当番で、アルミ製の器に入れて食べる。
愼治はこうして、半年ほど何事もなく過ごすことができた。
ある夜、ふと目を覚ました。
夜中だというのに怒号が聞こえてきたからだ。
「もういっぺんいってみろ、名前なんだっけなあ」
「はっ、鈴木であります」
「鈴木かあ、このやろう。俺はここに6年はいるんだよお、大先輩だ。その先輩に向かって」
つかみかかって殴ろうとしたとき、背後から腕をつかんだものがあった。
「やめないか、島村一等兵。この兵舎でのもめごとは一切禁止にされてるんだぞ」
腕をつかんだのは上等兵の谷崎だった。
「は、あの、もうしわけございません、へっへっへ……」
島村一等兵は引き下がり、頭をかいた。
騒ぎが落ち着いたころ、愼治は不思議に思ったことを谷崎上等兵に尋ねた。
「あの人、6年も一等兵でいるということですか」
「うんまあ、そういうことになるんだが。あいつは訓練にもまともに出て来やしない。いつも仮病を使ってるらしいんだ」
「えっ、そのようなことがまかり通るんですか」
「本来はないよ」
谷崎上等兵は苦笑しながら言った。
「でもまあ、気持ちはわかるんだ。島村の家族は満州にいてね。開拓団をやってるらしい。生死がわからないこともあって、不安なんだろう、その苛立ちがあれさ」
愼治は、はあ、そうですか、とつぶやくようにして言った。
「お前も気をつけろ。あいつは一度目をつけると、蛇よりきついぜ」
愼治は谷崎上等兵の言葉にうっ、と息をつまらせた。
安達にも言われた、そんなにあの一等兵はやばいのか。
愼治は、嫌な予感がぬぐえなかった。
そして、朝日が昇り、朝食の準備を始める。
兵隊さんの生活です。
最初は二等兵で入営して、お部屋にはこわい番人がいるんです。
それが島村一等兵のようなオジサンだったりします。
みんなを統括してるのが、上等兵。でもめったに現れません。
教育係の将校が見張るんですが、それはまたのちほど。
じつは戦争とかでなく、各地に設置されてた兵舎の生活を描写してみたかった。