ある親子との出会い
それから数日して、郵便が届いた。
安達の時と同じ、赤い紙だった。
「ついにきたか」
手紙を広げるとこう書かれてあった。
佐倉ノ連隊区へ 入営スルコトヲ 命ズル
日付ハ 〇月×日マデ 日時ヲ 守ルコト
愼治はため息をついた。
彼はひとりだったので親から譲り受けた、この印刷所をやめて兵営所へ行くしかなかった。
荷物をまとめていると、重い気持ちになった。
死んで帰れというのが習わしだ、生きて帰ると恥になるのか。だが俺は、死にたくはない。
そう思っていた。
「それじゃあ、いってきます」
隣近所に頭を下げながら歩いた。
「とうとう行ってしまうのかい。印刷所がなくなるのは寂しいねえ」
おばさんが涙ながら言う。このおばさんは愼治が子供時代から世話をしてくれていた。
「きっと、勝って帰るよ」
「そうだよ、日本の戦況が敗退のほうへいくもんかね。がんばってくるんだ」
はやり始めていた『露営の歌』を歌いながら見送ってくれた。
町のみんなが口々に、勝って来いよ、だの、お国のためだと言いながら。
愼治は駅まで歩き、佐倉までの道のりを急いだ。
汽車に乗ると小さい子供を連れた若い母親と相席した。
「おじさん、兵隊さんになるの。ぼくもなるんだ。お国のために働くことがどれだけ大切か、よく知ってるからね」
少年は胸を張って愼治に話した。
「わたしも軍需工場へいくんです」
暗い面持ちで若い母親が言った。
「これから先は男も女も国のために頑張って生きなければ。そのためには富岡の製糸工場へ行くことだって厭いませんわ」
佐倉へ着いた愼治は、出会った親子のことを思い、兵営所の大きな門をくぐった。