召集令状
「慎治さん、とうとう来ましたよ」
隣に住む安達が男、すなわち愼治を訪ねてきた。
その面持ちは暗かった。
「来たって、なにが」
「これ……」
涙声で、震える手で愼治に差し出したそれは、赤い紙だった。
「君が先に」
愼治は言葉少なめに安達を見つめた。
赤い紙の正体は兵隊を集める召集令状だった。
「慎治さんも来るんでしょう。僕、待ってますよ」
「いや、俺は30超えてるから、呼ばれるかどうかなあ。ましてや満鉄なんて、いったことすらないや」
支那事変のころは満州鉄道が『あじあ号』を走らせていて、日本の技術を中国に示していったのも、このころだった。
『あじあ号』のすさまじくも目覚ましい技術は、世界にあっと言わせた。
「高等学校でベビーナンブを将校先生から授かったときから、僕の運命は決まっていた。僕は」
「いいよ、それ以上、何も言うな。わかってるから」
愼治は安達の肩を叩きながら、慰めた。
「行って参ります」
安達少年は、丸刈りの頭を下げて慎治に礼をした。
「あんな若者の命を捧げろというのだから、どうかしてるよなあ」
慎治は汗を拭きながら、安達を見送っていた。
印刷所の時計が、昼の時刻を音で知らせた。
赤紙の令状を無視すると、6ヶ月の拘留をされたのち、最前線に立たされて、味方の盾にされたというから、おぞましい。
だから、泣きながら兵隊になるしかなかったんだね。
絶対、断れないから。