ずっと友達
学校帰りに寄り道をするのが趣味になった。授業の成績が悪いわけじゃないので塾に通っていない。友達もいるわけじゃないので、自分の生きたいところにいつでも行ける。だからといって休みの日は家でのんびりとしたい。
だから寄り道をする。
昨日は近所のよく知らない神社に足を運んだ。誰も参拝者が居ない小さな神社の敷地内を歩き回ったり、神社の由来がかいだ看板の内容を見たり、コンビニで買ったジュースを飲んだりした。
一昨日は線路沿いに歩いて最寄りの駅から一つ離れた駅まで歩いて行った。一駅分歩くだけでも寄り道する場所はたくさんある。こんな場所に公園があったのか。こんな空き地があったのか。こんな神社があったのか。発見が尽きない。
新しい場所を見つけたら、今度はその場所を探検をするための寄り道をする。毎日毎日、寄り道をする。自分だけがこの町の本当の姿を知っているような気分になる。
友達がいないからこそ、寄り道が楽しくなる。だから一人で良い。つまらないわけじゃない。毎日楽しんでいる。
そう、毎日自分に言い聞かせていた。でも、昔から独りきりってわけじゃなかった。小学校の頃は、友達と遊んでいた。でも今は、一人だ。だから一人で楽しめる事をしている。
だから、それを見た時は驚いた。
「ええと?」
それは、茶色い髪の毛をしていた。それは、ふさふさの尻尾を持っていた。それは、頭から三角の耳を持っていた。それは、子供の様だった。
それは、半透明だった。
「子供の幽霊の狐の?」
探検候補に決めていた神社にジュースを持っていくと、賽銭箱の手前側に座っている何かが居た。小学生ぐらいの子供だと思ったら頭から耳が生えているし尻尾も生えていた。よく見ると半透明で向こう側の賽銭箱が透けて見えていた。
近づくと狐幽霊子供はこちらに気づいた。驚いたようで、目を大きく開けているし、三角耳がピンと立ち、ふわふわそうな尻尾が引っ張られたように伸びる。
「声が聞こえているのか?」
子狐幽霊は何度も頷く。幻覚なのか、本当に幽霊が居るのか。それを確かめようと近づく。手が届く距離まで近づいてみても、やっぱりふさふさの尻尾は揺れているし、体は透けている。
「幽霊なのか?」
子狐幽霊は耳をピンと立てた後、勢いよく首を横に振る。これは全然違うから否定しているのか、図星だからあわてたのか、どっちなんだろう。
「じゃあ、何で体が透けているんだ?」
子狐幽霊は首を傾げて、自分の手を見る。もう一度首を傾げている。
「お前には透けてるように見ていないのか」
子狐幽霊は頷く。不思議だ。そう言えば、と見方を変えてみる。
「お前には俺が透けているように見えるか?」
子狐幽霊は首を横に振る。思った答えじゃなくて、余計に悩む。お互いに透けて見えているなら、そういうものだと思った。けど、子狐幽霊だけが透けて見えている。
「あと、お前って狐なのか?」
子狐幽霊は首を横に振る。
「じゃあ何で狐みたいな耳が頭に生えているんだ?」
子狐幽霊は首を横に傾けてから、頭に手をやる。耳を触って、びくっと耳に尻尾に背筋までもピンと伸ばす。まさかと思ったのだろう。恐る恐るしお尻の方に手を伸ばして、ふわりとした尻尾に手が触れた途端、また体全部をピンと伸ばす。
「お前、気づいてなかったのか」
子狐幽霊は自分の尻尾を触りながら、おずおずと頷く。こいつ、ほんとに何なんだろう。結局その日は何が何だか分からなかったので、日が暮れる少し前に家に帰った。
それから、子狐幽霊を会う日々が続いた。しゃべっている声が聞こえないから会話が出来ない。地面に字を書けないので文字を書いての対話も無理。名前も何も分からない、謎の子狐幽霊。
でも表情がころころ変わるし、見ていて飽きない。漫画を一緒に読んだら、もっと読ませてほしいとせがむ。ジュースや食べ物は食べれないけど、もの欲しそうに睨んでくる。
だから子狐幽霊と遊ぶときは、漫画を持ってきて一緒に読むくらいしかなかった。それでも楽しかった。
ふと、思った事がある。あの子狐幽霊は神社と関係があるんじゃないか。そう思って神社の名前とか由来とか、いろいろと調べるようになった。地理の先生、歴史の先生に訊いてみた。けれど、やっぱり何も分からなかった。
だから、神社なんだからお賽銭を入れたら何か良い事があるに違いない。そう思って、賽銭を入れた。カラン。音を鳴らして賽銭が入っていく。垂れ下がる縄を持って音を鳴らし、神社を調べるついでに詳しくなった作法の一つ、二拝二拍手一拝をする。
さぁどうだ、何か変わったか。そう思って子狐幽霊を見る。
そこに、子狐幽霊はいなかった。
黒い、ドロドロした、靄の様で、泥の様な何かがあった。
何か良くないことが起きている。何か良くないことになっている。そう思ったけど、何をしていいのか分からなくて、怖くて。
その場から逃げ出した。
それ以来、寄り道をして帰ることが無くなった。子狐幽霊と会わなくなってから、もう10年が経った。
高校生、大学生、社会人と段階を踏んできた今の自分は、昔の様に友達が欲しいとも思わなくなったし、それなりの付き合いが出来るようになった。あの神社での出来事も忘れていた。
子供のころ、そう言えばあちこち歩き回っていたなぁ、と実家に帰って来たついでに近所を歩いていた。そのついでで、あの神社の事を思い出した。
今もあの神社はあるだろうか。そう思って記憶を頼りに足を運んだ。しかし、どこをどう歩いても、あれだけ毎日のように通っていた神社に辿り着けなかった。
「おかしいなぁ。このあたりだったはずなんだけど」
疑問はあるが仕方ない。仕事じゃあるまいし、年始が始まればまた仕事だ。何時までも探してはいられない。日が暮れてくる気配を感じて、帰路に就く。
久しぶり。
そんな声が聞こえた気がした。気のせいだろうと無視して歩く。
家に帰って寛いでいると、親が声をかけてきた。親戚がやってきたから挨拶をしなさい。
年の離れた従兄弟に子供が居たらしい。せっかくだから顔を見ようかと思って、会いに行った。
「久しぶり。元気にしてた?」
従兄弟の子供は、会うなりに、訳の分からない事を言った。まるで、10年前に戻ったみたいな気分になった。
子狐幽霊と似た誰かが、近づいてくる。
「これからもよろしくね」
そう手を差し出してきた。手を握る。何が現実で何が夢なのか分からなくなる。
一つ、分かる事がある。
「ずっと、一緒だよ」
どういう意図があるか不明だが。俺はどうやら、憑りつかれてしまったようだ。
友達(意味深)。






