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ぜいたくランチとサラリーマン

 サラリーマンと言う言葉が流行ったのは何時の頃だっただろう。人々が背広姿で電車に乗り、革鞄片手に背筋を伸ばして歩道を歩き、各々の会社があるビルディングへと入っていく。ステレオタイプのサラリーマンとは、こういう物だった。

 良くも悪くも横文字の言葉が日本人に真新しく感じていた頃に生まれた言葉だ。直訳するなら給料男、あるいは給料人間。当時は専業主婦が多かった頃から、社会人として働くのは男性が殆どだったため、給料男でも良いのだろう。代わりと言っては何だが、働く女性はOL。オフィスレディと呼ばれた。


 サラリーマンと言えば机に座り、書類と向き合ったり会議をしたり、あるいは電話応対をする。それもまたステレオタイプのサラリーマンと言える。それと並んでサラリーマンの定番の姿と言えば、食堂だ。

 昼休憩に会社を出て、近場の定食屋で昼食を摂る。ある意味で定番だ。食事場所が社員食堂なのか店の食堂なのかは人それぞれだろう。日替わりランチも、その時代に生まれたのだろうと思う。定番メニューのトンカツ定食にサバ煮込み定食など、ある意味で食文化の一つはサラリーマン相手の商売で生まれたと言える。


 現在の外食事情は、その頃と比べると少し変わって来た。チェーン店向けの冷凍した食品を多く使う。これにより調理の時間短縮を図ることが出来た。あるいはよりおいしい味を求める料理店では別の方法を取った。半製品食品を使うのだ。

 半製品食品とは、完成する手前の段階で調理を止めてある料理の事だ。例えば二度揚げして提供する揚げ物の場合、一度揚げた状態が半製品食品だ。その半製品食品を事前に大量作成する、あるいは大量に仕入れて保存し、注文が来た時に最後の調理行程を行って客へ提供する。これにより、一定以上の味を維持しつつ、客の回転率を上げるための調理時間の短縮に成功した。

 つまるところ。外食産業では、どこまで出来合いの半製品食品を使い、どこから現場で料理を作るのか。そのバランスをどうとるか。つまり、美味さと短時間調理の両立が求められるようになったのだ。


 そうなった原因は簡潔明瞭。ファーストフードの登場により、客は直ぐに料理が出来上がることに慣れてしまったのだ。コンビニに行けばパンや弁当が売っている。惣菜もあるしサンドウィッチ、フルーツ、インスタントの汁物、保温された揚げ物、オニギリ。買う物を最初から決めていれば、入店して2分足らずで食べ物が手に入り、店を出れば食べることが出来る。ファーストフードも、5分ほど待てば完成した料理が手元に届く。

 それに慣れ切ってしまった人たちは、ご飯を食べるためだけに店の外まで続く行列に並ぶという事に耐えられないのだろう。列の割り込み、店員への罵倒、クレームの電話が一時期多かったそうだ。その結果、企業努力、店主の努力により調理時間の短縮が図られるようになり、現在の状況に至る。すなわち、冷凍された半製品食品を解凍して仕上げ調理をする方法だ。


 そこで登場したのが、外食産業向けの冷凍食品、いや冷凍半製品食品と呼ばれる物だ。もっとも、これは客の目には入らないよう、耳には届かないようにされている。またクレームの嵐が来ては困る。

 工場で均一にカットされた食材を、大量の油で決まった時間だけ揚げて、余分な油を落として、一定数ごとに箱詰めする。調理の手間がかかる揚げ物も、工場生産により味も大きさも形も均一になる。しかし他の店と同じ手法では競争に勝てない。だから店側は、おまけ要素で勝負するようになった。

 例えば、ラーメン店で紅ショウガ使い放題は見た事があるだろうか。では、それ以外は? 店によっては他にも使い放題になっている物はないだろうか。それが競合他店との差別化を図る上で行われた、おまけ要素の追加だ。


 長々とした前置きになったが、いま、外食産業に大きな変化が起きている。それが、「ぜいたくランチ」だ。日替わりランチの様に、注文時におかずが決まっているのではない。唐揚げ1つ、トンカツ1切れ、紅鮭一切れ、ハンバーグ1つ、エビフライ1つ。お味噌ありかなしか。ご飯の量は小中大のどれか。これらを選択し、決定ボタンを押して食券を購入する。後は注文がそのまま厨房に届き、各おかずを完成させて客の元に届け、食券の引き換えに料理を提供する。

 もちろん店舗によってはおかずの種類はもっと多いし、オプションで納豆や玉子焼きに冷奴の追加は定番、最近では分厚いステーキが選択出来たりデザートを追加出来たりする。さらには店固有の(くじ)やガチャにより景品が当たるサービスも選択できる店もある。9割以上出来上がったそこそこ美味しい熱々の料理を、自分の好きな分量、好きな物を選択して食べる。つまり、今の時代では早くて美味しいのは当たり前。付加価値として自由度アップやランダムで何かが「当たる」射幸心の刺激が増えてきたのだ。


 今日も、サラリーマンが外食店で昼食を食べている。かくいう自分も、お決まりになったら唐揚げ定食を食べている。唐揚げ3つ、納豆、冷奴、玉子焼きにお味噌汁とご飯中のセットだ。2日に一度、唐揚げ以外の一品を千切りキャベツに変えて、ビタミン不足に対しささやかな抵抗をしている。仕事は辛く、料理はそこそこの美味しさ。それが今日も明日も5年後も10年後も続くと考えると、少し気が滅入る。

 だがそれ以上に気が滅入るのは、人々の心が摩耗している様を眺める事だ。料理は栄養、料理はおいしさ。それが許されるのは一定以上の給料の人だけ。多くの人は適度な栄養と美味しさ、手早く食べれて自由に選べる。それでいいのだ。だが、それも超えて次の段階に進んだのを目の当たりにしては、現実逃避の一つもしたくなる。


 二つ離れたテーブルに座るサラリーマン。年齢からすれば10年以上働いてきただろう。その男性が「ぜいたくランチ」で選んだセットが問題だった。あれを見てしまっては、普段は事なかれ主義で楽観的な自分でも、世も末だと思ってしまう。


 からあげ1つ、豆腐1つ。ガチャ20。彼は唐揚げを口に放り込み、ガチャを開けていく。ガチャの片手間におかずをつまみ、ガチャを開け終わる頃には食べ終わった。そしていい当たりが出なかったのだろう。彼は悲鳴のような大声を出してテーブルを何度も叩いた。

 そして、何度も店員に注意されたことがあったのだろう。店員が近付く前にカバンを持って店の外へと出て行った。後に残ったのは、ごみ同然に放置されたガチャと景品だけ。食欲が落ちたので、仕方なくスマホを取り出した。


 自分はああはなるまい。そう思いつつスマホゲームを起動して、新しいイベントが来たことを知り指を動かして、思わず硬直してしまった。瞬時に思い起こしたのは、今までの自分と、先ほど見たサラリーマンの荒れ具合。数秒遅れて、苦笑いの形に顔が引きつる。


 自分の指は、ガチャと言う文字の上にあった。

たまの贅沢は心のオアシス。


でも、何を贅沢とするのかは人それぞれ。


あなたはどんな贅沢が好きですか?(_’

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