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かみひこうき

 一枚の紙。それを何度も折って開いてまた折って。そうして出来上がったのは、ただの紙。先ほどと違う点は二つある。一つは平面的な特徴しか持たなかった紙が立体的な特徴を手にしたこと。もう一つは、推進力を与える事で、空中を滑るように動く事。


「まぁ、何てことはない。ただの紙飛行機だ」


 投げた紙飛行機は勢いをつけた手から離れると、音も無く室内を飛び壁に当たって落ちた。床を見ると、片付ける気が失せるほど大量の紙飛行機が落ちていた。足の踏み場もないとはこういう事だろう。飛行機の墓場を生み出した張本人は、机に向き直る。墓場を見ても意味がないと知っていたが、滅入る気分を少しでも切り替えたかっただけだ。

 仕事を再開しようと考えるが、やはり手が動かない。やる気が出ない、と言ってしまっては自分の立場を失うだろう。やる気があるから仕事に取り組むのではない。仕事をこなす立場に居るから仕事に取り組むのだ。

 だが、しかしだ。そのように論理的に行動できるのであれば、人間は人間とは言えない。取り組みたくもない仕事に対し自分を説得できた者だけが、やる気に関係なく仕事に取り組むのだ。人間は無限の可能性があると嘯いた人物が過去に存在したが、ある意味で真理だろう。真面目に働く者もいれば、働かない者もいる。それは可能性の枝分かれの結果なのだ。

 怠けている? ああ、そうだ。怠けて何が悪い。それを非難する者は、自分の生涯において、一度も怠けたことが無いのだろうか。本当に、ありとあらゆる場面において全力で取り組んできたのだろうか。そうでないのなら、自分に都合のいい場面でだけ怠慢を非難してはいけない。


「まぁ、怠けた結果、怠けず働いたものに迷惑がかかるのであれば、被害を受けたものから非難を受けるのは当然ではあるが」


 その独白を聞いていたのだろうか。丁度タイミングよく、部屋のドアがノックされた。かと思えば、ドアを破壊する勢いで何者かが部屋に入って来た。


「ああ、もう! また部屋を散らかして! これ、誰が片付けると思っているんですか!」


「清掃担当だろう」


「私ですよ! この機密だらけの部屋に、一般社員は愚か幹部でさえ入れないんですからね!」


「機密など、箱を開けてプレゼント出す様に暴かれるものだ。守ることに意味はない」


「あります! 命に関わります!」


「そこまで言うほどの事かな」


「そこまで言うほどの事ですよ、テレーズ博士!」


 スーツ姿の女性は犯人の名を告げる探偵の様に指差す。その先に居たのは、新たな紙飛行機を手にした女性が椅子に座っていた。



 テレーズ博士。そう呼ばれた女性は白いワイシャツに紺のタイトスカート、上着に白衣を羽織っている。本人の趣味で、科学者らしい服装を好んで着用している。


「新しい設計図は出来ましたか?」


「これで良いのかな」


 スーツの女性が尋ねると、テレーズ博士は机に置いてあるファイルを差し出す。女性が受け取り、ファイルの中身に目を通していく。


「出来上がっているのであれば、問題は無いのですが」


「何か困った事でもあるのかな」


「部屋の片づけは自分でしてもらっていいでしょうか?」


「君の仕事が無くなるじゃないか」


「私の仕事は、博士の部屋を片付ける事ではないですよ!」


「そうだね。しかし、ファイルを受け取って新しい仕事を持ってくるだけ、でも無いのだろう」


 博士の反論に、女性は何も返せなかった。

 女性の仕事は、仕事の受け渡しも含めた博士の世話係だ。必要であれば命を差し出してでも博士の不満を取り除けと上役から命令されている。最初に女性が博士の担当に決まった日の夜は恐怖で眠れなかった。あらゆる要望に応えろ。死んでも応えろ。死んだら次は直ぐに用意できる。博士の機嫌を損ねた場合も、次の担当と入れ替える。全命をとして博士の機嫌を取れ。そう命令されたのだ。

 しかし蓋を開けてみれば、ややこしい事には変わりないが肩透かしでもあった。博士は確かに変わり者だ。仕事をしたくない、遊び相手になれと命令されたこともあった。ボードゲーム、カードゲーム、コンピューターゲームなど。博士が求めたならそれを用意して、女性はその遊び相手として何時間もこの部屋で過ごすこともあった。ピザとコーラを用意して二人で映画を見たこともあった。博士の無理難題は多かったが、女性が当初感じていた命の危険は全くなかった。

 だから、部屋の片づけ程度で文句を言ってはいけない。それは理解しているが、博士のこの、嫌がらせ染みた量の紙飛行機を片付けろと言われると文句の一つも言いたくなる。それが女性の言い分だ。


「わかりました、わかりました。一応尋ねますが、全て捨てていいのですよね?」


「ああ。ただ、設計図の失敗作ばかりだから、上に戻る前に処分しないと処分されることになるぞ」


「ひぃいっ! ゴミじゃなくて危険物じゃないですか!」


「ああ。だから真っ先に伝えた。問題ないだろう」


「ええ、ええ。ご配慮有難うございます。ついでに片づけを手伝っていただけると嬉しいのですが」


「それは、ふむ。どうなのだろうか」


「椅子から降りたくないのですか?」


 女性が苛立ちを込めて睨む。博士はしばし言い澱んだ後、試い息をつく。


「あとで席に戻してくれよ」


「また、横着して」


 追加の怒鳴り声を上げようとして、女性は目を開く。博士は椅子ごと前に倒れ込んだ。慌てて駆け寄り博士を抱きとめる。


「なんで倒れるんですか!」


「そうは言われてもね」


 困ったように博士が笑う。女性は怒鳴り声を飲み込んで。


「私はこの部屋の博士だからねぇ。まぁ、歩けなくても問題ないという事なのだよ」


 女性は怒りを抑える自制心とは別の理由で、何も言えなくなってしまった。理解したのだ。博士がなぜこの部屋に居るのか、なぜ自分が世話をするために毎回この場所に来ているのか。それを思い出した。

 博士は国の重要機密の塊だ。軍事機密を知り、新たな軍事機密を生み出す研究者だ。だからこそ窓一つない地下の一室に監禁されているのであり、だからこそ研究を進めるために命さえ犠牲にする世話役を用意している。そして、だからこそ、博士の逃げる手段を奪ったのだろう。


「さて。こうして抱き合うのも嬉しいのだが。片づけを始めるのだろう」


「そうですね」


 女性は腹に溜まった感情を飲み込み直して、乱雑に捨てられた軍事機密を拾い始めた。



 紙飛行機の形をした軍事機密を全て処分し切った後、女性が部屋を出ていく。ドアが閉まり、きっちり1分経った後。博士は机に向き直る。


「彼女は、やはり知らないのだろうな」


 ファイルに記載されている数多くの設計図には意味がない事を。あの女性が持ち運んでいるのは軍事機密の設計書ではなく、軍事機密そのものであることを。博士がまた一枚、紙飛行機を折る。そして、壁へと飛ばす。壁に飛んで行った紙飛行機はまっすぐ壁へ飛び。


 破壊音が一つ。紙飛行機が当たった壁は砲弾を受けた様にひしゃげた。


「私が研究しているのは、如何に本物らしい機密情報を作るのかと言うだけなのだがね」


 博士は、博士と呼ばれているが博士としての仕事は何一つしていない。引き出しから名刺ほどの紙を一枚取り出し、ひしゃげた壁へと投げる。紙飛行機の様に飛んだ紙が壁に当たると、奇怪な音を立てて壁が元の形状に戻る。


「彼女は、私が彼女の倍以上の年齢だと知れば驚くだろうか。彼女は、私が博士では無く巫女だと知れば驚くだろうか」


 紙に神を降ろす巫女。その奇跡を軍事利用するためだけに偽名と偽の仕事を演じてきた。しかし、もう誰かに話す事も無いだろう。博士が博士として演じ続ける限り、あの女性は博士の遊び相手になってくれるのだ。これ以上は、もう望まないと博士は決めていた。


「さて。また1週間。実につまらない日々を過ごすとしようか」


 博士は、また。かみ飛行機を折り始めた。

実は紙を使えば、宙を浮いて移動出来る

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