ペンキ屋
ペンキ屋の仕事は簡単明快。塗りつぶすことにある。今日もペンキ屋は仕事道具の入ったカバンを背負い、仕事に出掛ける。
今日の最初の仕事は、とあるお部屋。別の仕事をしていた数名がペンキ屋の到着を待っていた。
「あぁ、あんたがペンキ屋か」
そうだよ、とペンキ屋は答える。
「頼むぜ。この部屋の汚れを隠せるなら何だって良い」
そう言われても、とペンキ屋は返す。塗りつぶす色が分からなければ、仕事が出来ない。
「白だ。白で塗りつぶせ」
わかった、とペンキ屋が答える。仕事道具を取り出す前に、別の人物が慌てて注文を付け足す。
「壁と床、天井の汚れを塗りつぶしてくれ」
わかった、とペンキ屋が答える。カバンから刷毛とペンキが入ったバケツを取り出す。しっかりと刷毛をペンキにつけて、仕事を開始する。ペンキ屋もこの仕事をするようになって長い。ペタペタペタ。さっさっさ。はい、出来上がり。
「話に聞いていたが。仕事が速いな」
それが取り柄だ、とペンキ屋は答える。
「報酬だ。これでいいな?」
問題ない、とペンキ屋は答える。報酬を受け取り、部屋を出る。
さぁさぁ、次の仕事はどこだろう。
次の仕事は、中学校の教室。依頼主は中学生。
「貴方が、ペンキ屋さんですか」
そうだよ、とペンキ屋は答える。
「何でも塗りつぶしてくれるんですか?」
ペンキを塗れるなら何でも、とペンキ屋は答える。
「それじゃあ。これを塗りつぶして」
指さした先には、元中学生。1,2,3。合計三つ。色は何色が良いんだろうか、とペンキ屋は尋ねる。
「床と同じ色にして下さい」
わかった、とペンキ屋は答える。床の色合いを出すのは難しいけど、そこはそれ。長年の経験がものをいう。ペタペタペタ、さっさっさ。はい、出来上がり。
「ありがとうございます。おれいは、これで良いんでしたよね」
問題ない、とペンキ屋は答える。報酬を受け取り、教室を出る。
さぁさぁ、次の仕事はどこだろう。
次の仕事は、お家の中。包丁を持った女性と、元男性が一つ。何を塗ればいいんだろうか、とペンキ屋は尋ねる。
「これを、見えなく出来るなら、何色でも良い」
色が分からないと塗れない、とペンキ屋は答える。
「そう。それなら床と同じ色にして」
わかった、とペンキ屋は答える。フローリングの床もお手の物。ペタペタペタ、さっさっさ。はい、出来上がり。
「報酬は、これよね」
問題ない、とペンキ屋は答える。
「ねぇ。どうしてこれを報酬にしているのかしら」
集めているから、とペンキ屋は答える。
「こんなものを? いえ、人の趣味に口出しする気はないわ」
それでは、とペンキ屋はお家を出る。
さぁさぁ、次の仕事はどこだろう。
ペンキ屋は、今日もたくさん仕事をした。色々な物を色で塗りつぶした。報酬もたくさん。ペンキ屋はご機嫌だ。
ペンキ屋は家に帰る。家の中は狭くて広い。何時もの部屋に入る。狭くて広い部屋の中。チェストの引き出しを一つ開ける。報酬が入った引き出しに、今日の分の報酬を入れる。
報酬は形は様々だけど、本質は同じ。ペンキ屋は満足して、引き出しを閉める。
ペンキ屋は何でも塗りつぶす。ペンキ屋は、ペンキ屋であること以外を全部塗りつぶした。だからペンキ屋は、報酬を求めた。
名前。写真。指、髪の毛、目玉。何でも良い。人が生きた証を求めた。それらを集めれば、塗りつぶす前のペンキ屋が分かるかもしれない。
ペンキ屋は、気づいていない。ペンキ屋に顔はない。人の形をしているけど、目もない口もない色もない。真っ黒に染まった姿は、影の様。生きているか、死んでいるか。それさえも塗りつぶしてしまって分からない。
ペンキ屋は仕事道具を整理する。真っ黒なカバンから真っ黒な刷毛と真っ黒なバケツを取り出す。ペンキ屋は一度取り出した道具をカバンに仕舞い込む。満足したペンキ屋は、動きを止める。
また、明日。