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放課後の秘密

 チャイムの音が響く。秋の終わりが近付き、日没がじわりじわりと早くなる。グラウンドではサッカー部が走り、トロンボーンの音色は吹奏楽部の個人練習の過程を耳に届ける。校舎の部室では他にも生徒は残っているだろう。教室に残っている生徒もいるだろうし、図書室で勉強をしている生徒もいるだろう。

 ある女子生徒が、教室で本を読んでいた。夕日を嫌うように廊下側の席に座り、茶色紙のブックカバーを付けたまま、本を読んでいた。黒髪は長く腰まで届き、透き通る肌、幼さと怜悧さを混ぜた様な顔立ち。お嬢様、とあだ名がつくのも仕方がない程、彼女は凛と背筋を伸ばし、しかし他者と進んで関わろうとしなかった。

 チャイムの音が鳴り終わる。彼女は教室の時計を確認する。微かに驚いた様に目を開くと、本を鞄に入れて席を立つ。彼女は凛と背筋を伸ばし、教室を出る。廊下ですれ違う生徒がいたら、思わず振り返っただろう。喜怒哀楽に欠けたお嬢様は、廊下を歩きながら機嫌よく微笑んでいた。


 彼女は人気の無い廊下を歩き、階段を上る。校舎は4階建て。疲れる事も無く、4階に辿り着いた。


 さて。創作物でよく見かける話だが。屋上に出られる校舎が国内にいくつあるだろうか。景色の良さを歌う学校であれば、屋上からの眺めを売り文句にするかもしれない。しかし安全面から考えれば、屋上に上がれる設計ではいけないのだろう。


 彼女は、4階に辿り着いた。この校舎には屋上へ続く階段は、無い。彼女も、屋上には用がない。彼女の足は4階の廊下へは向かわない。90度、軽快に体の向きを変える。まるでまだ上る階段があるかのように、綺麗なターンをして。もちろん、この校舎には屋上への階段はなく、4階建てのため次の階はない。

 彼女の足が止まる。その場所は、存在しない5階へと続く踊り場。あるいは3階の天井の、その裏。待ち合わせをしていたのだろうか。彼女はスカートが汚れるのも構わず、その場に座る。

 しかし、待ち合わせの相手はいない。放課後の日が暮れる校舎、誰も足を運ばない4~5階の踊り場。転落防止につけられた、手すりの延長にある壁。その壁に背を持たれかけさせて、彼女は満足げに目を閉じる。それだけ。他には何もしない。


 彼女は、この何もない無駄な時間が好きだった。同じ時間に、運動部は汗をかき懸命に動きまわっているだろう。吹奏楽部は楽器を奏で、あるいは好奇心と好意から手をつないだ男女に恋が芽生えているかもしれない。友達とカラオケに行っている生徒もいるだろうし、将来に向けて塾の番所を書き写している生徒もいるだろう。

 多くの生徒が青春に時間を費やしている。それを耳で知りながら、事実として知りながら、無為に時間を浪費する。それが彼女の、ただ一つの趣味だった。将来のために一定以上の成績を維持する。興味のない人間とそつのない会話をする。全て全て、彼女にとってはくだらない時間だ。誰かのために時間を使っても、意味はない。その誰かは自分の事をどうとも思っていないし、彼女もまたその相手の事をどうとも思っていない。世間体、集団、群れるために行う無駄な行動、時間。彼女には集団に属するための行動すべてが、無駄にしか思えなかった。

 だから、彼女は時間を浪費する。幾らでも浪費出来るわけじゃない。時間は有限だ。だからこそ、彼女は、いまこの時を浪費する。他でもない、彼女自身の我儘で、彼女の時間を浪費する。

 受験生になれば浪費できる時間は当然に減る。しかし、彼女は時間を浪費するためだけに勉学に励み、推薦入学に受かっている。彼女は、だから、今もこうして時間を浪費する。群れに属するための最低限の行動をしながら、それ以外の全てを浪費する。


「あぁ、大学生になったら、どんな浪費をしようか」


 スマホのアラームが鳴った。幸せの時間が終わった。けれど、自分のためだけに使う時間は幸せだ。だから彼女は楽しげに笑う。学校と家との間に生まれる、ささやかな時間を楽しむため。くだらない家に戻るまでの間ずっと、彼女は新たな浪費の方法を、自分のためだけに考え始めた。

実際に屋上に上がれる校舎って、幾つぐらいあるんでしょうね(。。

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