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スズメの友達

穏やかな1日が始まる。

 夜が来れば朝が来る。朝は人間を含めた多くの動物たちが行動を開始する時間帯。当然、スズメも夜明けと共に行動を開始する。巣から顔を出した。

 ちちゅん、ちちゅん。スズメは周囲を見渡し、巣の縁を動き回る。羽を繕い、跳ねて動き、周辺を警戒する。

 ちちゅん、ちちゅん。安心したのか、スズメはもう一度鳴いた。


「おーっす」


 がらりとガラス戸が空いた音の後、一人の男性の声がした。スズメは首の向きを変え、縁側に顔を出した彼に気づくと巣から飛び出す。スズメが降り立った先は縁側。スズメに到来を見た彼は、慣れた手つきで少量の(ひえ)が入った小皿を置くと、皿に乗った雀が稗を食べ始める。


「今日も元気そうだな」


 彼は何をするでもなく、朝もや煙る空を見る。学校を卒業してから何年も経っていない彼からすれば、まだまだ若いと思っている。癖のない髪の毛は彼の性格を表す様で、覇気のない顔立ちも相まって大人しいという印象を強める。彼は、湯気の立つコーヒーを冷ます様に一口飲む。


「そろそろ秋も終わりか」


 ふぅと息を吐くと、白い息が薄く広がる。彼は、雀が稗を食べる音を聞きながら、コーヒーカップを膝に置いてぼぅと景色を眺めていた。



 彼は、気づけば雀が居なくなっていることに気づき、小皿片手に家の中へと戻る。畳を歩き、板敷きの廊下を歩き、食堂を抜けて台所に辿り着く。軽く水洗いした小皿を洗い籠に入れる。

 今日は何をするかと呟く代わりに、冷蔵庫を開ける。作り置きの肉じゃが一皿、チーズにマーガリンにバターに白ワイン。キャベツに人参、きんぴらごぼう。後は幾つかの食材。冷凍庫を開ければ鶏肉豚肉、炒めた玉ねぎに1リットルのバニラアイス。後は幾つかの冷凍食品。


「夕方に買い物すればいいか」


 台所を出て、食堂を抜けて、板敷きの廊下を歩いて行く。歩いた先の和室に入る。壁掛けのカレンダーを見た後、彼はため息をつく。今日の予定は空欄だった。


「飯食べるか」


 特に何をするでもなく、また台所へ戻る。食堂にも戻らず、立ったまま炊けた白米と作り置きのおかずを食べていく。食べ終わると食器を洗い、洗い籠に入れる。


「寝るか」


 板敷きの廊下を歩き、万年床の布団に入り込む。ぬくもりが消えた布団を温める様に体を動かしている間に、動きは緩慢になり、やがて寝息を立て始めた。



 彼が起き上がる頃には、既に日は登り切っていた。二度寝の気怠さに目をこすると、彼は台所へ歩いて行く。


「昼は何にするか」


 冷蔵庫の中身を確認する。


「うどんにするか」


 うどんを茹でて、冷凍庫の残り物を混ぜる。解凍出来たタイミングで器に移して食べ始める。


「こんなもんか」


 味に不満が無かった彼は、ペースを変えずに食べていく。昼食が終わると、彼は縁側を抜けて庭に出る。特に何をするでもなく、彼は庭木の様子を見て、小さな菜園に水をやり、一通り庭を見た後は縁側に腰かけて日に当たる。


「今日はどうするかな」


 日の温かさを感じつつ足をばたつかせる。軽くあくびをしていると、スズメが飛んできた。スズメは彼のすぐそばまでやってくると、彼の膝の上に乗る。彼は慣れた手つきでスズメの背を撫でる。スズメは逃げるそぶりも見せず、目を細める。


「お前は大変だな。餌を自分で探さないといけないから」


 ちちゅん、ちちゅん。

 スズメの声を、彼の呟き。長閑な田舎町の一角で、のんびりとした空気が流れる。



 日が沈む。スズメは巣に帰っている。若者も夕ご飯を食べ終わり、自室で本を読んでいた彼は。


「今日もあと数時間で終わりか」


 時間の流れを柱時計の音で気づいた。視線を部屋の片隅に向けると、積み重なったカレンダー。その厚みは5年分どころではない。10年分はゆうにある。壁にかけてあるカレンダーを見る。10月の日付が並んでいる。


「来年はどんな生活をするかな」


 彼はこの家に一人で住むようになってから何年経過したか思い出す。10年以上。それは分かる。だが、カレンダーは年月の経過を知りたくなってから使い始めた。だから彼は少なくとも10年以上この家に一人で住んでいるという事しか明確ではない。


「どうせ死んだようなもんだ。別にいいか」


 気を取り直し、読書を再開しようとして。ふと、彼は思い出した。


「買い物に行くの、忘れてた」


 まぁいいかと読書を再開した。ここ数年、後回しにしたことを忘れる。少し困るが、生活には支障がない。缶詰を含めた保存食は最低1週間分は確保している。米も十分にある。物忘れが多い事が気になるぐらいで、問題は何もない。


 ふと、また時計の音が鳴った。今は何時だろうかと見ると、夜の10時だった。起きる理由もないので、寝るとしよう。そう考えて彼は歯を磨いて寝る事に決めた。

 板敷きの廊下を歩き、そう言えばどうして自分は一人暮らしをしたのだったか思い出そうとしたが、思い出すより先に洗面所に辿り着いた。明かりをつけて、歯を磨いて、口を漱ぐ。

 彼は鏡が嫌いだ。鏡を見る習慣が殆どなく、見るたびに別人が鏡に映し出されるような違和感がある。今も鏡を見ると、まるで別人のような姿が目に入る。


「誰だこいつ」


 言いなれた言葉を、今日もまた口にする。頭髪は薄く、殆ど白に染まりきっている。自分の姿はこんな風だっただろうか。いつから、自分の髪は白かったのだろうか。


「まぁいいか」


 彼は何時もの事だと軽く流す。



 そうして、一人暮らしの老人の1日が、今日も穏やかに過ぎて行った。

明日もきっと、穏やかな1日。

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