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彼女を取られた

作者: イオ

彼女を取られた。

どうしたって憎い思いは変わらない。

許せる訳がないだろう。

なので俺はあいつに復讐する事にした。

彼女を取った男に?ノンノン、女にだ。…俺を愛したあの女に…。

これは俺が俺による俺の為のThe・ストーカーの始まりの日、である、イエス。


平日、午後4時過ぎ、駅の近くにある商店街の古びた喫茶店にいつも彼女はカフェラテを飲みにくる。お洒落だぜ。

それに合わせて、本日の大学での講義を終えた俺はその喫茶店「GIN・GIN」に来店して珈琲を飲んでいた。必然というような偶然なので(体裁)勿論、待機ではない。そう、計画的なる偶然である…。

就職活動に合わせたSPI試験の対策の為、新聞を読みながら入店する客をチラチラと見ていると、斜め隣の席で話している高校生達の会話を聞く。

「俺達の人生の中でうざかった事、ベスト3を言おうぜ。」

実に馬鹿らしいワーストランキングである。

「まず俺から。コンビニのバイト中に肉まんとあんまんの袋を分けて下さいって言ってきた奴!」

それは常識的な事だ、客が全うだろう。

そこまで聞いて会話を拝聴するのに苦しみ耳の一部を遮断した。


カラン。


店から入店する小さな鐘の音が響いた。彼女だ。


「いつもの、アイスカフェラテをお願いします。」


彼女は店内の二人掛けのテーブル席に案内され、店員にそう注文した。やはり本日もカフェラテの注文をしている。彼女を言い表す言葉には安定という言葉が似合う。憎いぜ。

清楚な黒髪に肩まで伸びたストレートな髪型。小柄で細身の彼女は可憐の一言で簡単に片付く。葉子ちゃん。彼女の名前は白石葉子。同じ大学で同じ学部の同期だ。


トレ―から運ばれてきた冷たいカフェラテが彼女のテーブルに置かれた。彼女は顔なじみの店員と軽く笑って一言二言話しをする。店員が去るとブラウンの皮で出来た鞄からマックの薄型パソコンとノートを取り出し何やら作業を始めた。おそらくレポートの作成だろう。

俺達が別れたのは2年の夏休みの最中だった。秋学期になってから、俺と彼女はわざと必須科目でもない限り同じ講義を受けるのを避けた。

なので、何のレポートをしているかは把握出来ない。


「追加のご注文はよろしいですか?」

「え?」

先ほど彼女と話していた店員が俺の前でそう尋ねた。

「あーはい、はいはいはい、じゃあこのコーヒーゼリー。」

咄嗟にテーブルに立てかけられたメニュー表を指差して注文した。その瞬間、声に反応して彼女が俺の方に顔を向けた。

「あ。」

「啓次郎。」

間抜けな顔を出した俺とは対照的に、葉子ちゃんは怪訝な顔をして冷たく言い放つ。

「なんでここにいるの?」

「何でって、客だから……。」

「わたしがいつも此処にくるって知ってるじゃん……。」

と、葉子ちゃんは意地悪く笑った。これこれ、これが俺弱いんです…。

店員の方を見ると後ろ姿で僅かに肩を揺らしている。これは笑っている。


葉子ちゃんはカフェラテをストローで一気飲みして、一言。

「わたし、帰る。」

「待って。」

俺は彼女より早く立ち上がって彼女に懇願した。

これはストーカーになっていない。

言葉は何も考えないのに口が勝手に続いた。

「ちょっと、話そうよ。」

カラン、と氷が解けて位置がずれる音が店内に響いた。まるで、俺と葉子ちゃんの運命のようだった。

「いいけど。この後、彼が来るよ……?」

「……。」

そうだよね。

最近いつも此処であいつと落ち合うらしいね……。

「俺が帰るよ。」

おかしいな、こんな筈じゃなかったのに。

葉子ちゃんは見通したような笑顔でニッコリと送り出した。

「ばいばい。」


午後5時を半分過ぎた頃、秋口の早い夕暮れを浴びながら帰り道、茫然と口を半開きにして歩いていた。

俺がストーカーになれる筈無かったんだ。多分。

白い長袖のポロシャツが少し寒い。心が寒いんじゃない、冬の顔がちらちらと空中を覗いているんだ。10月の中旬、彼女と別れてから3カ月も経っている。

此処に来て何故急に俺が彼女への復讐(多分出来ない。)を決意したかというと、新しい男が出来た事による。

冒頭に、彼女を取られた、と書いているが別段、略奪愛という訳ではない。俺と別れた後に彼女が新しく交際を始めただけだ。許せない。

そう、許せなかっただけ。

吹っ切れて忘れてしまえれば、そんなの出来ない。ちょっとした事で言い合いになって喧嘩別れをした。些細なすれ違いだったような気もする。

もう一回時を戻せれば、首を縦に振って今も隣に彼女がいたんじゃないか。変な話だ。


「大好きだったんだ。」


ポツリと俺は呟いていた。

交差点を過ぎた一直線に続く道が、夕暮れの太陽に続いていた。

今日もお役目を終えたお日様の下に、ふらふらと帰っている。全部を飲みこんでくれるみたいだな。悲しみも、憂鬱な加減も。


大好きだったんだ、という言葉も、全部聞いてくれたのかな。

そう思って、勝手に救われた気になったりした。



俺のストーカー日記、~FIN.~


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