8話
「文才のある奴?なに、反省文の代筆でもしてもらうん?」
「反省文を書くような問題は起こしてねぇよ」
試しに、自分でストーリーを書いてみた。正直、小学生の絵日記の方がまだマシだ。そもそも喧嘩売られてばっかで、ヤクザなんていう特殊な家庭で育った俺に、ほんわかゆるゆるハッピーストーリーなんて書けやしない。
「文才ねぇ…試しに俺が」
「やめろ、武人の文章なんて読んだら、陽夏がバカになる」
「なにそれ理不尽」
俺の返答に拗ねたのか、武人はもう真面目に取り合ってくれなくなった。
「いーじゃんもう、兵助さんとかに頼んでみれば?」
「兵助ぇ?」
あいつが子供向けの本のストーリーをかけるなんて思わない。1ミリも想像できない。いや、ちょっと待てよ……確かじいちゃんが、兵助は中学校で毎年作文が表彰されてたとか言ってような……。まさか、まさか書けんのか?
あの口を開けば悪態しかつかない根っからの不良が?いや、ものは試しだ。まず書いてくれるとも限らないしな。
「で、陽夏の描いたこの絵本に、話を付けて欲しいわけ」
「なんで俺が」
「兵助ってなんか文章書くの得意らしいし」
「あれは教師が喜びそうな文、書いてただけだ」
「じゃあ今度は陽夏の喜びそうな文章書いてよ」
「ふざけんな、てめぇでやれ」
「俺の拙い文で陽夏の絵を汚したくない」
兵助は俺のしつこさに折れたのか、陽夏のためと言ったことに折れたのか、本を受け取った。全6ページと少ないページ数だが、陽夏が頑張って描いた作品だ。
「仕事もある、1週間ぐらい時間くれ」
「ありがと、兵助!」
「お前のためじゃねぇ、お嬢のためだ」
未だに俺と曽野さん以外は、ろくに陽夏と接することができない。じいちゃんはそばにいたいと思っているだろうけど、なにぶん忙しい人だ。ご飯の時にたまに顔を合わせるだけで、会話もそんなに出来ていない。というか、陽夏が警戒してる。兵助とは近くにいることは出来ても、顔色を伺うように見られているって言ってたな。
兵助も陽夏のことは何とかしたいんだろう。あんま笑わないし、怒ると怖い奴だけど、本当は良い奴。それは、一緒に育ってきた俺が1番よく知ってるし、何度も兵助の優しさに触れた。
陽夏にも、それが伝わるといいんだけどな。
兵助は、6日で話を書き終えたらしい。他の人から聞いたけど、兵助のパソコンには、いくつものストーリー案が残っているらしい。真面目にやってくれるあたり、やっぱ兵助は良い奴だと感じる。
さっそくその絵本を陽夏に読み聞かせることにした。
物語は青い服のおそらく少年と赤い服の少女の2人で進んでいく。表紙から最後のページまで、2人がご飯を食べたり、手を繋いだりという絵が描かれている。兵助は、ご丁寧にタイトルまで用意してくれたようだ。
『ハルちゃんのおにいちゃん』
明らかに、俺と陽夏を描いたものだ。もしかしたら、陽夏もそれを考えて絵を描いてくれたのではと感じてしまう。
『ハルちゃんには、おにいちゃんがいます。
いつもえがおで、ハルちゃんのとなりにいてくれます。
ハルちゃんはおにいちゃんがだいすきです。おにいちゃんも、ハルちゃんがだいすきです。
あたたかいごはんと、あたたかいおうち。
あたたかい、おにいちゃんのて。
ハルちゃんは、あたたかいものにかこまれて、とてもしあわせです。おにいちゃんはそんなハルちゃんをみて、しあわせです。
おにいちゃんはいつもハルちゃんにわらってもらおうと、たくさんのことをします。ハルちゃんがわらうと、おにいちゃんもわらえるから。おにいちゃんは、ハルちゃんがだいすきだから』
なんだかむず痒い。でも、俺の気持ちを全部詰め込んでくれたような気がする。全文平仮名で綴られた話を読み終えて、なんだか泣けてきた。
思わず鼻を啜った。本を濡らさないように、袖で目元を拭う。
「……ぃ、ちゃ」
か細い声だった。でも、確かに聞こえた。涙が急に引っ込んで、バッと陽夏の方を向く。陽夏は俺の腕を掴んだまま、また口を開いた。
「ぉ、にぃ、ちゃん」
戸惑いながら、恥ずかしがりながら、小さな声で、陽夏は俺を見て言った。
「いま、お兄ちゃんって……」
そうだと言うように、陽夏は抱きつく。せっかく引っ込んだ涙が、また溢れ出す。このまま泣いてちゃ陽夏の服を濡らしちゃうのに、俺の涙は言うことを聞いてくれない。
嬉しすぎて、その日は赤飯を炊いてもらった。じいちゃんに報告する時、また号泣して陽夏に心配された。でも仕方がない。それだけ嬉しかったんだ。
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