2話
「じいちゃん産んだの!?」
「産めるか!馬鹿たれ!!」
扉を開けて一言目にとんでも発言をした俺を、じいちゃんは怒鳴りつけた。女の子はその声にびくりと体を動かした。
「ああすまなかったな陽夏、急に大声を出して」
女の子は陽夏ちゃんと言うらしい。じいちゃんが今まで聞いたことかないほど優しい声を出す。正直、鳥肌が立った。
「昂明、とりあえず陽夏の隣に座れ」
「はいよ」
ソファが沈む。陽夏ちゃんは横目で俺の事を気にしながら、動かない。なんか俺、怖がられてる?
「陽夏は昂明と同じ両親から生まれた、正真正銘お前の妹だ。そして、今日からわしの娘になる」
「……は、はぁあああああ!!!?」
叫んだ俺の口を兵助が塞ぐ。いつの間に入ってきたんだよ。陽夏ちゃんは、お手伝いの曽野さんに連れられじいちゃんの部屋を出た。おそらく俺のせいで落ち着いて話が出来ないと思われた。
「鷹場、もう離していいぞ」
「はい」
手が離れ、ぶはっ!と息を吐く。力が強かったから、口を開閉して顎を癒す。この様子からして、兵助は陽夏ちゃんのことを知ってたんだな。
「はぁ、わしの考えが甘かった。やはり別々に呼んだ方がよかったな」
「悪かったよ…とりあえず陽夏ちゃんのこと、教えてくれって」
じいちゃんはまたため息をついてから、陽夏ちゃんの話を始めた。
陽夏ちゃんが産まれたのは5年前。俺とは10歳離れていることになる。陽夏ちゃんは一時期よりを戻した両親の間に誕生し、2ヶ月でその手を離された。陽夏ちゃんは親の顔も覚えないうちに孤児院へ預けられた。じいちゃんも最近まで陽夏ちゃんの存在自体知らなかったようだ。それもそのはず、陽夏ちゃんは出生届も出されていなかった。預け先の孤児院は、それはそれは劣悪な環境だったようだ。しかし、この孤児院のおかげで陽夏ちゃんを見つけることができたと言っても過言ではない。
そこは、孤児院を装ったとある組の仕事場だったのだ。表向きは孤児院をやっているが、実際にそこでは麻薬の生産、売買、児童を使った映像撮影も行われていたらしい。鳳仙組がそれを見つけたのが1週間前、子供たちの保護や施設への移動、組織の排除、いろいろ終えたところでようやく陽夏ちゃんがやって来たようだ。
陽夏という名前は、孤児院にいた子供たちから付けてもらった名前らしい。陽夏ちゃんは今では戸籍も得て、晴れて自由の身、というわけだ。
「犯罪に加担したという意味で、いま紗良たちを探させている。もう我慢ならん、あいつらには今までの罪全部、精算してもらう」
紗良っていうのは母さんのこと。じいちゃんは怒鳴っている時よりも静かに一点を見つめている時の方が、キレている。それは、俺に向けられたことはないけど、何度か見た姿だ。
「陽夏は精神的な問題か声が出ないらしい。医者が見たところ外傷はないが、陽夏が何も話さんからわからないことだらけだ」
「それなら、家じゃなくてもっと静かなとこで療養した方が……」
「戸籍上わしの娘となったからには、組で保護するのが1番安全第一。陽夏はお前と違ってか弱い女の子だ。自分の身は自分で守れなどと、言えるわけがない」
確かに、俺は今となっちゃ平気だけど、昔は他の組の人間に絡まれたことがある。兵助とかほかの組員が助けてくれた。今の俺と比べれば、陽夏ちゃんの方が攫いやすいに決まってる。
「弱みは力で塞ぐ。それがわしのやり方だ。なら、陽夏はこの組で保護をする。昂明、陽夏と仲良くしてやってくれ」
仲良くって……そりゃあ妹だし言われなくても。とは思ったが、先ほどの様子をみるとそれも難しく感じる。陽夏ちゃんのこれまでの生活はまだ調査中みたいだけど、大声を怖がっていたから、きっと怒鳴られ続けていたんだろうな。
ノックをすると、曽野さんが扉を開けてくれた。俺の部屋の隣。そこが陽夏ちゃんに与えられた部屋だった。
鳳仙組は昔は武家屋敷みたいな作りだったらしいけど、じいちゃんの親の代に全焼し、10階建てのマンションを購入して新しく事務所としたらしい。じいちゃんと俺みたいな身内は最上階に、6階までが住居、それから下は仕事場で10階と7階に大勢で食事ができるスペースがある。8階までのスペースの住居は1人で住むには十分な広さの一室。トイレ風呂別、キッチンなども備え付き。9階は寝室とリビングも別になる。10階の部屋は寝室とリビングが9階よりも広いらしい。
陽夏ちゃんの部屋も俺の部屋と同じだけど、キッチンは動かないようにしてるみたいだ。でかい調理場があって、そこで食事を作ってもらえるから、俺もあまり使ってないんだけどな。
「陽夏ちゃん、会えそう?」
「難しそうです。私も、近付くと怖がっちゃって」
「そっか……」
曽野さんは帰宅時間だが、陽夏ちゃんにお粥など食べやすいものを作ってくれるみたいだ。俺は曽野さんと入れ替わりに部屋に入った。ドアを閉めようと思ったけど、もう一度全開にして、ドアストッパーで止めた。
「陽夏ちゃん、俺、昂明って言うんだ。陽夏ちゃんの兄ちゃん」
陽夏ちゃんはじっと俺を見つめて、部屋の隅で座り込んだままだった。心なしか、震えているように見える。
俺は玄関に座り込んだ。まだリビングには足を踏み入れない。
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