13話
初めて作ったクッキーは陽夏に好評だった。普段食べない陽夏がもりもり食べるもんだから、持っていたものをほとんどあげてしまった。夕飯が食べられなくなってじいちゃんに叱られたけど、陽夏が喜んでくれたから良しとして欲しい。
余ったクッキーは兵助にあげた。無言で食べていたから美味いのかどうかわからなかったが、たぶん大丈夫。全部食べきっていたし。
その翌週だった。そろそろ学校に行かなければと、カバンを肩にかけた時だ。
「おにいちゃん、これ、あげる」
「ん?なんだ?」
陽夏が差し出したのは、四つ葉のクローバーが挟まったしおり。庭に咲いていたものだろうか。
「昨日まで頑張って作っていたんですよ。何度か練習して上手になってから四葉を使ったんです」
「そっか……。陽夏、兄ちゃんのために作ってくれたのか?」
「うん!おにいちゃん、いつもいろんなこと、してくれるからっ、陽夏、おにいちゃんに、ありがとうって」
言葉を繋げる度に顔が赤くなる。俺に伝えようと必死なんだ。嬉しさが込み上げて、溢れ出す。感動しすぎて、何も言葉が出てこない。少し勢い付いてしまったが、目の前にいる陽夏を抱きしめた。もらったしおりを壊さないように持ちながら、ぎゅーっと陽夏を閉じ込める。
「ありがとう、ありがとうな陽夏」
「おにいちゃん、うれしい?」
「ああ、めちゃくちゃ嬉しい!!」
抱きしめたまま立ち上がり、部屋の中をクルクルと回る。呆れた兵助に呼ばれるまで、陽夏の楽しげな声を聞きながら、俺ははしゃぎまくっていた。
「へへへ」
「うわ、気色悪い。飯が不味くなるからやめてくれ」
昼飯に買ったパンにも手をつけず、陽夏からもらったしおりを眺めた。押し花になったクローバーが心なしかみずみずしく思えてくる。いや、幻覚なんだけどさ。
「妹ちゃんの初めての贈り物が嬉しいのはわかるけどさ、あまり顔を作画崩壊させんなよ。まだお前を不良だと思ってる大半の生徒が驚いてんぞ」
「まぁ不良ってのは間違ってないけどな」
本はあまり読まないけど、このしおりを使うために、なんか買ってみるか。
コンビニに寄ると言った武人を外で待つ。その間も陽夏から貰ったしおりを眺めていた。
シワひとつない綺麗なしおり。本当にたくさん練習したんだろうな。どうせなら、陽夏にとっての失敗作も貰いたい。俺にとっては全部最高傑作になるし。
ふと、自分の足元に複数人分の影がかかった。ここは邪魔だったかと、顔を上げると、機嫌が良さそうに笑う男たちが4人立っていた。なんの用なのかはすぐにわかった。いつも通り、無視しようと俺はその場を立ち去る。
『わり、絡まれそうだから離れる。先帰れ』
スイっと武人にメッセージを送り、なるべくコンビニから離れる。男たちは煽りながら俺のあとをついてきているようだ。だが、それにイラついたのだろう。男が背後から俺の腰あたりを蹴り飛ばした。転びはしなかったが、路地に入り、しおりが手元から離れる。
手を伸ばそうとしたが、そのしおりは狙ってか偶然か、男に踏みつけられた。
「無視してんじゃねぇよ鳳ぃ……」
「狂犬くんが、ずいぶん大人しくなっちゃったじゃねぇか」
動きを止めた俺を、男たちが囲った。しおりは依然、男の足の下だ。殴ってその足を退けたい。こいつらを蹴散らしたい。そんな考えが頭をよぎるが、陽夏のため、いい兄貴であるため、その欲望を必死に抑えた。
「足、退けてくれよ」
「はぁん?」
「どけろって」
男はちらりと足元を見た。はみ出たしおりが見える。男は、それを確認してニヤリと笑い、再度踏みつけぐりぐりと地面に擦り付ける。
「こんなゴミが大事なのか?」
「可愛いもん持ってんじゃねぇか」
「お前の高校のやつに聞いたぜ?妹が出来たんだってな?」
「その妹が傷つけば、すこしはやる気がでるかぁ?」
拳が、最後に喋った男に飛んでいった。無意識に動いたそれは、恐らく本能的なもの。かなり勢いがあったのか、男は塀に背中をぶつけて顔面を押さえながら蹲った。
「てめぇ!!」
殴った男の右隣にいた男が俺に向かってくる。身をかがめ、拳を避ければ、ガラガラな腹が目の前に来る。短く強く、男の脇腹に拳を打ち付けたあと、足を払う。男は勝手に地面に頭をうちつけた。
ブンっと音がして、体を左にずらしてギリギリで音の正体を避けた。細長い警棒のようなもの。どこで買ったのか、それが男の武器らしい。振り回し降ろされた右手の手首をめがけて拳を下ろす。衝撃で落とされた警棒は蹴飛ばし遠くへ。右腕を抑えるために低くなった男の頭に踵をおとし入れる。ぐっという短い呻きをあげて、その男も倒れた。
しおりを踏みつけていた男はあまりのすばやさに思考が追いつかず、その場から動けないようだ。男をどけるため、左回りで一回転して勢いをつけ男の胸あたりを蹴り飛ばした。吹っ飛びはしなかったが、男の体は後ろへ行き、尻もちを着く。汚れてしまったしおりを拾い上げる。それはボロボロで中のクローバーも離ればなれになってしまっていた。
陽夏が初めて俺にくれたプレゼント。わざわざ練習をして、綺麗なものをくれた。大切に使うと約束した物。
「……クソ野郎」
気絶していない座り込んだ男の肩を押し倒すように踏みつける。いつもより足に力が入る。男は何とか抜け出そうと藻掻くが、1発殴ると、それが弱まった。
こいつらは、陽夏のくれたこのしおりをゴミといった。踏みつけて汚して壊した。陽夏を喧嘩に巻き込もうと考えた。
許さない。
陽夏を傷つけたヤツらも、陽夏を傷つけようとするヤツらも……誰一人許さない。
何発目の拳だろうか、気付けば男は気を失っていた。こいつは放り捨て、最初に殴り飛ばした男の元へ行く。まだ痛むのか、体を縮こませている。その横顔を蹴り、無理やり顔を上げさせた。
「ひぃっ!?」
「お前だよな?陽夏のことを言ったのは」
暴力を振るうのは、陽夏を傷つけた奴らと同類。だが、こいつらは陽夏を傷つけようとする。苦しめようとする。なら、俺が止めなくちゃいけない。二度と陽夏の話題を口にできないように……
「いいか?俺の妹に近付いてみろ、お前もお前の仲間も、楽に死なせてやらねぇからな……」
殴りながら、俺は男に告げた。呻き声も聞こえなくなるほど、殴り、自分の手が赤く染っていることに気がついた。シャツにも血が飛んでいる。こんなんじゃ陽夏に会えない。
心配して駆けつけた武人の声も聞かず、俺はふらりと家へ帰った。
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