第5話 奉仕活動
「さあ、ボランティア部の活動をするわよ」
「......えっ?」
「何がえっ? わよ」
いきなりの宣告に拍子抜けだ。
「だって、五十嵐先生はボランティアみたいなことはしなくていいって言っていたよな」
「確かに言っていたわね。でも、校長にボランティア部が気に入られたから、活動せざるおえない状況になってしまった。と、言っていたわ。今さっき」
いい迷惑だな。
そもそも、五十嵐先生が部なんて創らなかったら、こんなことにはならなかったけど。
「こうなったら仕方ないな。で、活動って何するだ?」
***
真っ白なグラウンドの端に、緑色の大地が広がっている。
そこにある草を一つ一つ抜いていく。
「で、何で草刈りなんだよ」
「精神を鍛え上げられるんだから、いいじゃないの」
「何その補欠野球部員の言い訳みたいな感じ」
「あっ、そういえば、言い訳で思い出したけれど、柊君、今日、男子に話しかけていないよね」
そうだった。
今日の課題では、男女一人ずつ話しかけることだったな。
でも、何故か女子には話しかけることができていた。
「一ノ瀬さんに話しかけたことに満足してしまった」
「意外と正直なのね。でも、柊君が美咲ちゃんに話しかけていたのは、すごいと思うわ」
「それはどうも」
頭を掻きながらそう言った。
純粋に嬉しい。
「美咲ちゃんは優しいから、柊君みたいなタイプは相性がいいかもね」
趣味が合っていただけだと思うが。
「一ノ瀬さんって、猫野といつも仲良さそうだよな」
「まあ、それは同じグループということもあるけど、美咲ちゃんは中学校から仲良かったのよ」
中学生からか。
当然だが、俺にはそのような友達は一切いない。
「それにしても、教室入ったときのあの挨拶は何よ」
猫野は馬鹿にしているような笑みを浮かべる。
「今日から頑張っていこうと、気持ちを表したが、見事すべってしまった」
「うふふ。柊君らしいわね」
今の笑顔は素なような気がした。
こんな嬉しそうなら、OKです。
「で、明日の課題は何だ?」
「今日と同じ課題だわ。特に最初は男子と仲良くしたほうがいいかもね」
「話したことない人に、話しかけるの結構メンタルがやられるだよな......」
俺はそんな弱音を吐いてしまう。
今日の経験から分かったけど、よく陰キャから、陽キャ人っている人って、メンタルが計り知れないと思う。
きっと、かなり勇気がいることだろう。
「美咲ちゃんに話しかけられてる時点で、男子と仲良くできないわけないわよ」
「そ、そうか」
たまたま、一ノ瀬さんがアニメが好きだから、会話ができたと思うけど......。
でも、それがきっかけで一ノ瀬さんと仲良くできるなら、人生にとって大きな影響になると思う。
「話変わるんだけどさ、猫野が声優を始めたきっかけって何だ?」
高校生で声優という職業を勤めていることは、かなり前からアニメ業界に詳しいのだろうか。
猫野は少し真剣な眼差しで言い始める。
「実は私の父親は、中学一年の頃に交通事故で亡くなってしまって、父さんはラノベの出版社に働いていていたの」
そこで俺は話を遮った。
「あっ、ごめんな、辛いことを訊いてしまって」
猫野は首を横に振り、「大丈夫わよ」と言い、続ける。
「それで当時の私はアニメとか一切興味がなかったのよ。でも、父さんが亡くなったあと、アニメを見てみようと、気軽な気持ちで見たら、見事にハマってしまったのよ。当時の感動は今でも鮮明に覚えているわ」
猫野は段々と嬉しそうに語りだし、終いには、目が輝いていたように見えた。
猫野の父さん天国で喜んでいるんだろうな......。
中学校の時に親が亡くなることは、かなりのショックだっただろうな。
そこで、「アニメ」という無限な可能性がある世界に救われたということか。
「そこからは、アニメの続きが知りたくて、ラノベにも手を出して、徐々にオタクが形成してしまったという感じね」
俺と同じような経緯だったのか。
「そのおかげで、私は今一番幸せなのよ」
吐息混じりの声だった。
天国の父さんに言い聞かせるように......。
「......なんか俺みたいな奴に付き合わされているのが申し訳ないな」
心の底からの思いだった。
今、猫野寧々にとっても、猫野一夏にとっても、一番大事な時期だと思う。
輝いていると言ってもいいだろう。
「まあ、たしかに迷惑でもあるわ」
ストレートに言うな。
「けど、柊君の成長が楽しみだから、付き合って見る価値はあるかもしれないと、今日の学校生活を見て思ったわよ」
俺は猫野の期待に応えなくてはならない。
リア充という類に入らなくてはいけない。
猫野の話を聞かされ、改めて本気で取り組んでいかないといけないと思った。
「なんか、ありがとうな猫野。俺みたいな奴を見ていてくれて」
「別に、見たくてみているわけでもないんだからね。五十嵐先生の約束だから、仕方なく付き合っているだけ」
これを文字で打ってみると、王道ツンデレヒロインになるんだろうけど、猫野の場合は冷めた声で言うから、とてつもない冷徹さがある。
これが声優の力なのだろうか。
......いや、どんなキャラでも演じられる猫野一夏なのだろうか。
それとも、猫野本心だろうか。
......本心の声だったら、普通に悲しくなってくるな、畜生。
「何よ、私のことを長々と見て」
「いやあ、猫野って、美人の中にある、可愛さがなんとも表現できない美しさがあるなと思って」
ついつい口走ってしまった。
「あっそ。よく言われるわよ」
時々来るこの強烈な冷たさ。
「猫野は何でこんなにも完璧なんだ?」
運動をしても学年一位。
勉強をしても学年一位。
誰もが羨むメインヒロインだろう。
「それは自分で考えることね」
「自分で?」
思わず訊き返してしまった。
「そこに人生の答えがきっとあるはずよ」
そこに答えが?
......そうか、猫野は全て1から自分で考えてきて、今、頂点に君臨しているのか。
「まあ、今は目の前だけのことをするしかないな」
「その通りね」
先のことを見据えすぎて、目の前のことにコケては、効率が悪い。
「あの、一ついいですか」
「何よ」
「この作業いつまでやるんだ?」
この作業というのは、草刈りのことだ。
「最終下校時刻の7時までよ」
......えっ?
今、5時なんですけど。
これ、あと2時間もやるの?