8.賢也、ハンターになる!
隕石落下から3年が経過。ハンター達の活躍もあり、街の復興もほぼ終わっていた。
怪物に至っては、当初確認されていた怪物は、1対1であれば勝てるようになってきていた。しかし、より強い怪物の出現もあり、まだ被害は絶えないのであった。
協会は、怪物の強さに応じた7段階のランク付け、報酬。ハンターの討伐数に応じたハンターのランク付けの設定など、命の保障が無い危険な仕事となるハンターのモチベーションが下がらないように施策を行ってきた。政府においても、一般者が怪物から身を護るための武器所持を認める法令の作成など、怪物被害を削減する動きが取られていた。
「賢也、お前の家の近所って地域ハンターいたっけ?」
斎藤が賢也に尋ねた。地域ハンターとは、ハンターの住む地域の住人が怪物に襲われた際、優先でヘルプメールが届くハンターの事である。
「いや、家の近所にはいないんだよ。だから、護身武器所持の許可申請を出してるよ」
賢也は、答えると、
「そういえば、優は、地域ハンターいたんじゃなかった?」
「いますよ。ただ、あまりいい人じゃないんですよね。会った時に挨拶すると、いやらしい目で見てきたり、近所の人なんか護ってやるんだから、感謝の品を寄越せみたいなこと言われたらしいです」
「うわぁ。そいつ最悪だな。協会に苦情出したら?」
優の答えに斎藤が呆れた声で尋ねた。
「苦情出したのが、バレたら何されるか分からないんで、怖くて誰も出せないんですよ」
地域ハンターがいる場合、一般人の武器所持は認められていないため、弱者に対し脅す行為をする悪徳ハンターも増えてきており、優の地域ハンターもその手のハンターらしい。協会は悪徳ハンターに対し、取り締まりをするが、実質、優のように訴えることが出来ない人が大半なのであった。
「なるほどなぁ。あとは、マイハンター登録で、地域ハンターより優先ハンターを作るか、ハンターのいない地域に引っ越して、護身武器所持の申請出すかだな」
マイハンターとは、自分が護ってほしいハンターを指定する制度。地域ハンターよりも優先して、ヘルプメールが届く。また、マイハンターとして登録されたハンターは登録人数に対し、報酬が入る仕組みになっている。
「マイハンターもどんな人か分からないから、怖くて登録出来ないですし、護身武器は、そもそも怪物と戦うなんて無理です」
普通の女性が怪物と戦うのは確かに厳しい話しである。賢也も戦える自信は無いが、お守り程度にはなるだろうと、申請を出したのだった。
「護身武器も申請出してからもう半年経つけど、まだ申請おりないからなぁ。早く許可おりてほしいよ」
「賢也さん、ハンターになったらいいんじゃないですか」
「そうだな。お前ゲームでは、モンスター倒しまくってたんだろ。なんか凄かったらしいじゃないか」
「いや、ゲームとリアルじゃ全然違うだろ。ゲームみたいに動ければ、そりゃやれるかもしれないけどな。アバターは自分の好きなように能力上げられるけど、普通に無理だろ。」
(ただ、怪物が確認されてからは、家族を護るために、筋トレとイメトレは毎日欠かさずしてるんだけどな)
心の中で密かに付け加えながら、優たちの要望をあっさり断り、
「斎藤はどうなんだよ?」
人の事ばかり聞いてくる斎藤に聞き返す。
「あぁ、俺。俺は会社の在籍ハンターをマイハンターに登録したよ。そして、この間、そのハンターの近所に引っ越した。独り身だから出来る芸当だな」
笑いながら答える。この会社には在籍ハンターが7人居り、その内の一人はDランクだった。自分達の住む九州地区にいるハンターの最高ランクがDランクだったため、最高のハンターという事になる。
「優も引っ越すか、何なら俺のところに来るか?」
斎藤は、冗談を言って笑いながら、仕事に戻っていった。
「あいつ、自分が凄いわけじゃないが、マイハンターを自慢したかったんだな。」
「そうですね。でも、斎藤さんの手もありなのかなぁ」
優も考え事をしながら、仕事に戻っていくのだった。
仕事が終わり、帰宅した賢也を綾乃が迎える。
「おかえり。今日やっと許可証が届いたわよ」
護身武器所持の許可証が漸く届いたのだ。
「やっと届いたか。週末に買いに行くか」
「そうね。でも、あくまでも護身用なんだから、ハンターさんみたいに怪物退治しようなんて思わないでよ」
「分かってるよ。何もしないで、お前達が怪物に襲われるのが嫌なだけだからな」
そう言うと、護身用の武器の販売サイトを見て、候補を探すのだった。
そして、週末になり家族で護身武器の取扱店に向かった。
「ハンターの武器とは違うけど、護身用の武器も種類がたくさんあるんだな。」
賢也は、店頭に並ぶ武器の数々を見ていた。小型のナイフ、日本刀、テーザー銃等。流石に、拳銃は置いていなかった。
ナイフを手に取ると振ってみる。
「何か違うなぁ。でも、皆が使えるようにするならこんな感じかなぁ」
VRの世界で、片手剣を使っていた賢也は、ナイフのリーチの短さ、重さがしっくりこず、悩んでいた。
「綾乃、これ振れる?」
そう言うと、先ほどまで振っていたナイフではなく、一本の刀を綾乃に渡す。
「私は無理だよ。ナイフだって無理。怖くて使えないよ」
「いや、俺がいない時はお前が子供たちを護ってやらないといけないんだから、お前も使えるものじゃないと」
「それはそうだけど…」
渋々、渡された刀を振ってみた。
「何か、長くて振りにくいな。やっぱり包丁に慣れてるから短い方がいいかな」
そう言って、一番小さなナイフを手に取る。
「うん。これなんかいいかな」
野菜を切るような感じで、ナイフを振る妻を見て、料理に使う気じゃないのかと疑問に思うのだった。
「じゃあ、それにするか?」
綾乃は頷き、果物ナイフほどの長さのナイフを購入し、帰宅するのだった。
30分程経つと渋滞していた。10分経っても全く進まない。すでに賢也達の後ろにも車が連なっておりUターンも出来ない。
「進まないな。事故か?」
後ろを向くと、買い物に疲れたのか子供達は寝ていた。
更に10分経っても進まない。何人かは、車から降りて前の様子を伺っている。対向車も全く通らない。やはりおかしい。
「綾乃、子供達を起こそう。何かおかしい。嫌な予感がする」
そう言うと、買ったばかりのナイフを手にする。
「まさか、怪物なの?」
不安そうな顔をする妻に優しく声をかける。
「大丈夫だ。俺が必ず護るから。心配するな。それにまだそうと決まった訳じゃないしな」
ドカーン!!
次の瞬間、かなり前の方で爆発が起きた。そして、前の様子を伺っていた人が走って逃げ出した。
「降りるぞ!」
急いで車から降りると、ドカーンと、また前の方で爆発が起きる。悲鳴も飛び交い出した。何かがどんどん近付いてくる。
「早く逃げるんだ」
急に起こされ機嫌の悪い子供を抱き抱え走り出す。パニックの中、振り向くと迫って来るものの姿が見えた。見たこともない怪物が人々を襲っていた。逃げながら、カメラで怪物の姿を撮り、ハンターアプリで怪物を照合してみる。照合結果は予想通り『Not Applicable(該当なし)』の表示だった。これまでに陸上で目撃された怪物は四足歩行の怪物しかいないが、迫ってくる怪物は明らかに二足で走っている。指先にはかなり長い爪があり、車を簡単に切り裂いていた。
切り裂かれた車が、大きな音を立て爆発する。その衝撃で吹き飛んだ人を襲い、また走り出す。
「ヤバい。あれはすぐに追い付くぞ。あれは、最低でもBランク以上なんじゃないか。何でこんな所に現れるんだ!」
叫びながら、綾乃達に言う。
「お前達は先に行け!このままじゃまずい。後で必ず追い付くから。振り向かずに走るんだ!」
「何言ってるの!一緒ににげましょうよ!」
「大丈夫。ゲームで沢山のモンスター退治をしてきてるんだ。お前達が逃げる時間くらい稼げるさ。だから、お前は子供達を連れて逃げろ!早く!」
綾乃は、賢也が自分たちを逃がす為に犠牲になろうとしていることが分かっていたが、
「絶対に帰ってきてよ!死んだら恨むからね!」
そう言って、走り出す。
「パパ、頑張ってねぇ」
応援する輝の声を聞きながら、怪物に見付かり易い、車の無い反対車線に賢也は走り出す。
賢也を見つけた怪物は、賢也目掛けて走り出す。
「あいつ、何やってるんだ?」
「あいつが襲われている内に逃げろ」
周りの人達も賢也を見ると、今がチャンスとばかりに走り去っていった。
(死んでたまるか!絶対に帰るんだ!)
心の中で呟くと、深呼吸をする。
「ふぅー」
VRゲームをしていたおかげなのか、いざ戦う決意をすると怪物を目の前にしても落ちていた。周りの悲鳴の声も聞こえなくなった。
(こんなに早く護身用の武器を使うことになるとはな。刀の方がやっぱり良かったかな)
リーチの短いナイフに不安を抱きながらも、怪物に向かって構える。もう10メートルくらいの所まで迫って来ていた。よく見ると、顔は猫のような感じをしている。賢也は怪物に向かって走り出す。一気に距離が縮まった。怪物が長く鋭い爪を振り下ろす。賢也はその攻撃を読んでいたため、怪物の横を通り抜ける。すれ違い様にナイフで怪物の横腹を斬りつけた。
(イケる?意外と動けるじゃないか、俺!)
怪物の初擊を躱し、カウンターで攻撃を与えることが出来、賢也は勝てるかもと思った。
横腹を斬られた怪物は、足を止め、賢也を睨み付けている。
「グルルルルッ」
傷を付けた賢也に怒りを感じ、威嚇を始める。
「ガァッ!」
怪物は唸ると、爪を突き出した。賢也は、これをナイフで弾き返し、カウンターを入れるつもりだった。下から、怪物の爪を弾く。ナイフが爪に当たった瞬間、
パキッ!
ナイフが折れた。
「なっ!買ったばかりだぞ!」
突き出された爪の勢いは止まらず賢也に向かって来る。ギリギリで躱そうとするが、左腕を掠める。
「ぐっ!」
左腕に激痛が走り顔が歪む。怪物を見ると何だか笑っているように見える。左腕の負傷は我慢するしかないが、武器を無くしてしまったため、どうすることも出来ない。逃げ出すかとも思ったが、怪物の方が足が速い。あっという間に追い付かれ、爪で斬られてしまうだろう。
「くそっ!死んでたまるか!」
賢也は叫び、自分を鼓舞する。そんな事はお構い無しと、爪を振り上げ、賢也目掛けて振り下ろしてきた。右に回り込んで躱そうと思った瞬間、ゾクッと何かを感じ一瞬、下を見る。すると反対の手が下から突き上げて来ていた。
(ヤバい。これは死ぬ!いや、絶対死んでたまるか!諦めてたまるか!何か、何か無いか!)
必死に上下から来る鋭い爪を防ぎ、生き残る方法を考える。
頭の中が真っ白になった。何だか周りがゆっくり動いているように感じる。
(なんだか手を掴めそうだな。ほら、捕まえた。下の爪はこれでガードして、このまま、こいつに突き刺すか…)
賢也は、そのまま意識を失ってしまった…
「おい、大丈夫か!」
賢也は体を揺すられ目を覚ます。
「良かった。生きているな。」
賢也を起こしたのは怪物出現に駆けつけて来たハンターだった。
「こいつはお前がやったのか?凄いじゃないか!」
ハンターはかなり興奮した様子で、賢也の肩をバンバン叩く。
「なんの事です?」
気を失う直前の事を全く覚えていない賢也はハンターに聞き返す。
「何って。ほら、こいつだよ」
そう言うとハンターは賢也の足元を指差す。指差された方を見ると、あの怪物が倒れていた。その胸には怪物自身の爪が刺さっていた。
「俺がやったのか???よく覚えてない…」
「俺も今来たばかりだ。状況を見る限り、お前しかいないと思うぞ」
「そうか、勝てたのか…」
ホッと安心した途端、左腕と胸に痛みを感じる。胸を見ると怪物の爪跡と思われる切り傷があった。その傷を見てゾッとする。もう少し傷が深かったら死んでいただろう。
「俺はこれから協会に連絡するが、お前はどうする?」
「どうするって?帰りますよ」
「いや、そうじゃない。こいつら怪物を倒すのはハンターの仕事だ。ハンターは討伐の報酬が出るが、お前はハンターじゃないから、こいつの報酬が貰えないぞ。だが、ハンターになれば別だ」
「俺にハンターになれって言うんですか?」
「なる、ならないはお前の自由だが、こんな怪物を倒したんだ。もったいないぞ」
「でも、ハンターになるには、養成所に行かないとなれないでしょう」
「もう一つ方法がある。怪物を倒すのさ。だから、お前は今、ハンターになれるのさ」
賢也は突然の事で悩んでいた。その時、賢也の元に戻って来る妻達の姿が目に入った。
(そうだ!俺は子供達を家族を護るんだ。それにはあんなすぐ折れるような武器じゃ駄目だ。もっと怪物と戦える武器が必要だ)
「分かりました。俺、ハンターになります」
協会に報告をしているハンターに返事をする。返事を聞いたハンターは頷くと、
「今、報告した怪物を倒した一般男性がハンターに志願しました。はい。分かりました。伝えておきます」
ハンターが協会に報告を終え、賢也に協会からの連絡を伝える。
「明日でいいから、最寄りの支部に来てくれ。登録とライセンスの支給をしてくれるそうだ。あと、ハンターは討伐した怪物の素材を使って、武器や防具を作ることが出来る。こいつから使いたい素材はあるかい?」
「そうなんですか!だったら、こいつの爪を使って剣を作って欲しいです」
「へぇ。剣かい。変わってるねぇ。皆、銃火器を使ってるよ。怪物に近づきたくないからね。まぁ伝えておくよ」
ハンターとの話しが終わる頃には、綾乃達が賢也の元に到着したのだった。
ハンターと別れ、綾乃に報告する。
「俺、ハンターになる事にしたよ」
「え?何、冗談言ってるの?」
綾乃が凄い剣幕で反対する。
「お前達を護るためだ。決めたんだ」
真剣な顔で答える賢也に、綾乃は、
「ずるい。そんな言い方。ハンターになったら、命がいくつあっても足らないじゃない!」
強く言い返すが、賢也の決意が揺るがないのが分かると折れたのだった。
「分かったわ。でも、絶対に死なないでよ」
「当たり前だ。俺が死んだら、誰がお前達を護るんだ」
そう言うと、賢也は妻達を優しく抱きしめた。
次の日、ハンター協会の支部に賢也は向かった。
「連絡が行っていると思います。龍崎賢也です。ハンターライセンスを貰いに伺いました」
「はい。少々お待ちください」
受付を済ませ、しばらく待っていると、女性が近付いてきた。
「龍崎さんですね。こちらへどうぞ」
その女性に連れられて、部屋に案内された。部屋の入口には、支部長室と書かれていた。
「失礼します。龍崎さんをお連れしました」
「どうぞ」
部屋に入ると一人の男性が椅子に座っていた。
「私がこの支部長の阿部です。そして、貴方の隣にいるのが秘書の結城です。」
支部長の阿部が自己紹介をする。合わせて秘書の結城も賢也に会釈をした。
「今回は本当にありがとうございます。貴方が倒した怪物は貴方が倒す前に、Eランクのハンターを返り討ちにしていたのです。あれの解剖は今していますが、私の見立てでは恐らくAランクの怪物だと思います。まだ、Aランク以上に認定された怪物の到着した、しばらく、討伐報告はないんです。ランキング1位の甲斐でも、まだBランクまでですから、凄い偉業なんですよ。ですから、貴方がハンターを志望してくれて本当に有難い」
「いえ、私自身どうやって倒したのかも覚えてないので、運が良かったんだと思います」
「それでも凄いことなんですよ。これからよろしくお願いします。これが貴方のライセンスです」
そう言うと、一枚の電子カードを渡された。
そこには、
『Fランク 龍崎 賢也 討伐数1 ランキング外』
と書かれていた。
「ライセンスっていうから免許みたいなのを想像してたんだけどな」
「このライセンスは、ハンターの証であると同時に必要不可欠なものだから、無くさないように。怪物の発生連絡や救援要請の連絡などもこのライセンスで行われるからね」
「あぁ、それと貴方が言っていたあの怪物の爪を使った剣だが、武器開発局が話しをしたいと言っていたから、この後行ってくると良い」
「分かりました。失礼します」
支部長室を出ると、言われた武器開発局に向かう。そこには、様々な怪物の素材が置いてあった。
「失礼します。龍崎です」
「はい。あー、君かい。あの爪を持ち込んだ人は」
「はい。支部長の阿部さんに伺ったんですが、話しがあるそうですが?」
「うん。あ、僕は、梶だ。よろしく。君の要望する剣がどんなものが良いのかな?」
「直刀?曲刀?この爪なんだけど、切れ味が凄すぎて、加工が難しいんだよね。爪2本くらい使ってとりあえずの剣を作ってみようとは思うんだけど」
「1本は溶かして他の金属に混ぜて、もう1本は、曲がっているのをどうにか真っ直ぐにしてみようかなって」
賢也はすぐに答えた。
「VRで片手剣を使っていたんで、片刃の直刀が良いです」
「Ok。じゃあ、試作品が出来たら連絡するから、その時また来て」
「はい。楽しみにしています」
賢也は、梶に会釈をし、退室すると支部局を後にした。
(さて、これで俺もハンターの一員だ。気を引き締めていかないとな)
賢也は、ハンターとなった自分に、これからの怪物との戦いに備え、自分に言い聞かせながら帰宅する。