26 究極の選択ですわね
「わたくしたち婚約することに決めましたの。ですから、生涯夫婦二人でクリストファー様のお世話をさせていただきますわ」
「すごいなおまえ」
一番始めに報告をしたクリストファー様が、感心したような声でブラッド様にそう言った。
「次はクリス様と私の番よね」
キャロラインが嬉しそうにクリストファー様の腕に自分の腕を絡める。
首を傾げて下から覗き込んだせいで、左側の一束分だけ短くなった髪が頬に落ちてきて邪魔そうだ。
それをキャロラインは上目遣いをしながら、もう片方の手で耳にかけ直す。その仕草にクリストファー様は目を奪われていた。
あれをわたくしがやっても、あんな風に可愛く見えるのだろうか。やるかどうかは別として、とりあえず覚えておく。
その後、クリストファー様の身体や、それに付随するもろもろを検証した結果、魔法水はわたくしの作り出したものでなければ、あまり効果がないことがわかった。
「私の水でクリス様を助けられたらよかったのに」
「キャロラインの水は魔力はなくとも、愛で満たされている。だから、これ以上の喜びはない。そんな悲しそうな顔をするな」
「本当、クリス様!」
「ああ」
愛があろうが、なかろうが関係ないのだから、盛り上がるのは他所でやってほしい。
頼みの綱のキャロラインが、何をどうやっても燃料にすることはできず、クリストファー様を動かすことはできなかった。
もし、他の者がわたくしの代わりをしようとするなら、魔力濃度の薄さをクリストファー様が量で補うしかなく、魔法水を飲み続けなければいけない。
効率が悪すぎるどころか、クリストファー様はほとんどの時間、水を飲む作業に追われてしまうだろう。
交代要員が欲しければ、わたくしまでとはいかなくても、尋常ではない魔力量を持つ誰かを探す必要があった。
「なあ、食べた物の処理はどうにかできないのか」
クリストファー様は食事でお腹が膨れる度に、それを排出しなければいけない。それが案外面倒なようで、ブラッド様に相談を始めた。
「考えてみたのですが、キャロラインさんの浄化魔法がうまく作用すればどうにかなるのではないでしょうか」
「私の浄化魔法? 使ったら駄目だったんじゃないの?」
「どういうことだ」
「現状は浄化魔法を殿下に使ってしまうと倒れてしまいますので、キャロラインさんは浄化しなければいけない物だけに、限定して魔法を掛けることができるようになってください。とても難しいことだと思いますが、それができれば、殿下の胃の中で腐敗した物を、消すことができます」
ブラッド様がキャロラインに視線を向ける。
「わかったわ。私、クリス様のために絶対習得してみせる」
「でも、俺がいないところで試すのはやめた方がいい。殿下が倒れたら、そのまま戻れなくなる可能性が高い」
やる気を見せたキャロラインにブラッド様は釘を刺した。
「ブラッド様が一緒にいる時だけね。それなら私も心強いわ」
ブラッド様に視線を向けた時に、キャロラインの髪が頬にさらっと落ちた。それを直す仕草をしながら返事をする。
キャロラインのゾンビまで面倒見られないから、わたくしの伴侶になるブラッド様に色目を使うのはやめてほしい。
これから先、なにか良い方法がみつからない限り、クリストファー様は三つの選択から選ぶしか方法がなかった。
『ひとつめ、食事をしない』
その必要はなくても食欲という、今まで持っていた欲求が満たされなくなるし、美味しいものを味わうこともできない。
しかし、その後の処理のことを考えれば一番楽な選択肢だと思う。ただ、周りから不審がられることは間違いないけれど。
『ふたつめ、入れたら出す』
本人は嫌がっているけれど、ちょうど、なくなってしまった生理現象を誤魔化すためにも、吐くためにトイレに行くことは悪くはないと思う。
『みっつめ、キャロラインに浄化魔法で浄化させる』
キャロラインができるようになれば、一見最良な方法に思える。
だけど、浄化魔法を使用するためには胃の中の物が腐敗した状態にならなければいけないので、たぶん、クリストファー様の口からはものすごい匂いが漂うことになるだろう。
「そんなクリストファー様とキャロラインは口づけができるのかしら」
「は!? 何か言った?」
「いいえ、独り言ですわ。お気になさらずに」
どれを選ぶかはクリストファー様次第。
わたくしたちは自分のやらなければいけないことをやるだけだ。




