24 恋に堕ちるのは理屈ではないのですわよ
わたくしの目の前には、とても真剣な眼差しのブラッド様が座っている。
ブラッド様と、結婚をしたい、そうはっきり口に出したからだろう。わたくしは自分自身の気持ちを改めて自覚したせいで、彼の一挙一動から目が離せなくなっていた。
「オリビア・ローリット。君は本当に殿下と婚約破棄して俺と結婚するつもりなのか?」
「もちろんですわ」
「なんで俺なんだ」
「わたくし、ブラッド様と一緒にいると楽しくて仕方がないんですの。これほどはしゃいだことは今までありませんもの。これは間違いなく恋ですわ」
「いや、たぶん勘違いだと思う。自分で言うのもなんだが、俺のどこがいいのかまったくわからん。それに君が楽しかったのは、今まで知らなかった世界に触れたからだ」
「そうかしら。ブラッド様がキャロラインに絡むたびに腹が立ったのは嫉妬なのだと思いますけれど」
「それは子どもが玩具を取られた時の感情と同じだろ」
「もし、玩具だったとしても、お気に入りのものにしかそんな気持ちにはなりませんわよね。それにブラッド様は玩具ではありませんから」
「オリビア・ローリットは本当に俺のことが好きだっていうのか」
わたくしは立ち上り、ブラッド様のすぐ隣へ座る。乗り出すような体勢でブラッド様との距離をさらに縮めた。
「ええ。もしわたくしが、クリストファー様と同じように、身体から霊魂が離脱したとしたら、ブラッド様にだけはお応えいたしますわよ。ここまで言っても、わたくしの気持ちを信じられないとおっしゃるの」
クリストファー様が、大好きなキャロラインの呼び声だけに反応して現れたのは事実だ。わたくしのことは嫌いだから、無視する以前に、捕まらないように逃げ回っていたはず。
「君まで殿下のようになられたら困る。怖いこと言わないでくれ、それに近すぎる」
普通、わたくしがこんなことをしたら、怯えられることがほとんどだ。と言うのに、ブラッド様のその態度はどう見ても恥ずかしがっている。
「それほど本気だとわかってくださいませ」
「しかし急にそんなことを言われても、今まで考えたこともなかったからな」
「ブラッド様はわたくしといて、少しも楽しくはなかったですの?」
「正直に言えばオリビア・ローリットは面白すぎる。ここ数日はなんだかんだ言いながらも俺も楽しかったのは認める」
「まあ! それは恋ですわ」
「は!?」
「それでは、わたくしのことは女としてどう思われます? 見た目は好みではありません?」
ブラッド様がわたくしから目を反らした。
「氷結の薔薇、二つ名の通り君のことは――美しいと思う。他の連中だって敬遠せずに、本当の君を知る機会があれば引く手あまたなんじゃないかと思っているくらいだ」
美しい……言いにくそうだったけど、それはあまり女性を誉め慣れていないからだろう。だからこそ、本心だと思う。
とりあえず、わたくしの外見は問題ないらしい。そしてなぜか、中身も評価されているようだ。
「やはり恋ですわ」
「なっ!?」
「わたくし、社交辞令以外でそんなことを言われたのは初めてですわよ。そんな言葉が出るくらいですもの。やはり、ブラッド様、それは恋ではありませんの?」
「恋ってもっと純粋で尊いものじゃないのか?」
疑問形で質問してくるくらいだから、私と同じでブラッド様も恋に堕ちるのは初めてのようだ。
「夜、お一人になった時にわたくしを思い出すことはございませんでしたか?」
「そりゃあ、まあ、今の状況だからな」
「絶対に恋ですわ。それでは、ご家族以外で一番最初に思い浮かぶ女性は誰ですの」
わたくしをちらっと見るブラッド様。
「恋ですわ」
「いや、しかし……」
「きっとわたくしたちは、二人とも人とふれ合うことが少な過ぎて、恋に対しても初心者ですのよ。だから、自分の気持ちですら、気づけないことが多いのではないかしら」
「それは……そうかもしれないが……」
「どうせわたくしたちは、今後もずっとクリストファー様の面倒を見ていかなければいけないのですもの。これから先、一緒にいることは確定していますわ。ですから少しづつ二人で愛を育んでいったらどうかしら」
今のところ、蘇生魔法を使えるネクロマンサーのブラッド様とわたくしの魔法水はクリストファー様に必要不可欠だ。
「オリビア・ローリット、君のことは嫌いではないが、どうしても婚約や結婚とかが想像できない」
「それは他のご令嬢とであっても、そうではありませんか? それにネクロマンサーで投獄されていたブラッド様と、化け物のわたくしには、他に相手がおりませんもの」
「俺はネクロマンサーだが、君は化け物じゃない。自分で卑下するなよ」
少し怒りぎみで、そう言ったブラッド様。
「ほら、ブラッド様はさらっと、わたくしが嬉しくなる言葉をくれるではないですか。好きになるなという方が無理な相談ですわ」
わたくしは嬉しくなって、今までしたこともないような笑顔が自然とこぼれた。
そんなわたくしと目が合ったブラッド様。その顔はうっすら赤みを帯びる。言葉とはうらはらに、明らかに好意的な態度を見せるブラッド様を、わたくしが見逃すはずはなかった。




