22 わたくしも乙女でしてよ
「陛下たちは、わたくしが王家や国に対して敵対心を持つことがご心配なのですわよね? でしたらそれは大丈夫ですわ」
「まことか?」
「はい。わたくしの意思を無視して、無理強いをなさらなければですけれど」
陛下はわたくしの返事に息を飲んだ。
「クリストファーと婚約が決まった時に拒否をしなかったということは、オリビアもクリストファーのことを憎からず想っていたのではないのか? この大馬鹿者は教育し直すし、ちょっと他所に目が向いたしまったのも、諭せば目も覚目ると思うのだ。だから考え直してはもらえぬか」
「わたくし、生まれてからこれまで、クリストファー様のことをお慕いしていたことなど、これっぽっちもございませんわ」
「だったらどうして……」
その時に婚約者の打診を受けたのか、王妃様はそう聞きたいのだと思う。
「どうせ王妃になりたかたんだろう」
クリストファー様が口をはさんだ。
「それは違いますわ。わたくしは……」
「「わたくしは?」」
「結婚に憧れておりましたの」
「はあ? オリビアが?」
さっきまで、身の置き場がないような態度で縮こまっていたのに、突っ込むことはできすのね、キャロライン。
「ええ、そうでしてよ。わたくし、子どもの頃は特にそうでしたけれど、魔力が自分で制御できるようになるまでは、よく暴走しておりましたの。皆様もご存じだと思いますが、その度に人々は恐れおののいて、わたくしは化け物と呼ばれておりましたわ」
今ではそれを口にするのはクリストファー様くらいだけど。
「そんなわたくしの夫になろうと言う殿方は、当たり前ですが現れませんでしたわね。能力を隠して他国へ嫁ごうにも、わたくし、驚くほど名が知られておりまして、万が一機嫌を損ねたら恐ろしいからと、どちらからも良いお返事をいただけませんでしたの。ですから王家からの打診はわたくしが結婚するための、最後に残された手段でしたのよ」
「誰でもよかったのか」
「その時はそう思っておりましたわ。ですがクリストファー様は怯えながらもわたくしと対等に口をきいてくださったので、この先人生を共にする方として、ぎりぎり合格ラインにはいましたのよ」
「本当にいつも上からだな」
「クリストファー、やめないか!」
「そうよ、貴方はオリビアちゃんを傷つけたことに、頭を下げなければいけない立場なのよ」
陛下と王妃様の言葉にクリストファー様は、とても気に入らなそうに口元を歪ませた。
「謝罪は必要ありませんわ。だって、クリストファー様のおかげでわたくし、政略結婚ではなく、一生添い遂げられる伴侶を得られそうなんですもの」
その言葉に部屋の隅でじっとして、気配をできるだけ消していたブラッド様が肩をびくっとさせた。嫌がる彼を無理やり一緒に連れてきたのはその話をする必要があったからだ。
「伴侶ってまさか、そこにおる…………誰だお主は?」
「ラムジー伯爵家のブラッド様ですわ。クリストファー様から婚約破棄をされたとはいえ、まだ受理をされていないので順番が逆になってしまいましたが、すでに将来を誓い合っております」
「はあ!? 何を言ってるんだオリビア・ローリット!?」
あら? なぜブラッド様が一番驚いていらっしゃるのかしら?
「なんだよ。だったら私とキャロラインの結婚には何も障害はないではないか。父上、母上、オリビアもこう言っていることだし、どうかご決断を」
「しかし……」
「わたくし、この国でブラッド様と幸せに暮らしたいだけですの。王家がわたくしの力を欲しているのであれば、クリストファー様の参謀として仕えることもやぶさかではありませんわよ。それにキャロラインさんの面倒もわたくしがみますわ。ただし、クリストファー様がどうしてもとおっしゃるならですけれど」
クリストファー様は、わたくしの魔法水がなければゾンビとしても身体を保つことができない。代替え案がみつかるまで、わたくしの手を振り払うことはできないはず。
わたくしがへりくだることは矜恃が許さなかったから、王家直属で雇ってもらえれば、路頭に迷うことがなくて、きっと、誰よりも良い報酬がもらえるだろうけれど、クリストファー様から懇願されなければ、他の就職先を探すまでだ。
「それは……」
「クリストファー、頭を下げろ。それだけでオリビアが納得して国に忠誠を誓ってもらえるなら安いものだ」
「そうですわよ。貴方にはこの国の将来が掛かっているのよ」
「そう、そして、あの彼にもな……」
陛下と王妃様の視線の先、そこにいたのは、部屋の隅で魂が抜けたような状態になっているブラッド様だった。




